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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第九章〈二度目の戴冠式〉編

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9.13 ジャンヌの町歩き(1)仕立て屋

 時間を少しさかのぼる。

 ジャンヌとアランソン公はトロワ凱旋の最前列にいたので、一足先に司教館に到着して武装を解いていた。


「陛下は、町との良好な関係を重視しておられる。この意味がわかるかい?」

「なんでしょう?」

「ようするに、カネを使ってこいという意味だ」


 アランソン公は分厚い財布を見せつけながら、妻を一目惚れさせた魅力的な灰色の瞳を片方だけぱちりとつぶった。


「さあ、ジャンヌ! 食事でも欲しいものでも何でも言ってくれ。好きなものを買ってあげるからね」


 オルレアン公の娘婿として、妻のジャンヌから十分な軍資金をもらっていた。

 行軍の前半はなかなか町に入れず、少し前に訪れたサンフロランタンは小さな町だったが、トロワは大きな商業都市で、行き交う人口も賑わいも桁違いだ。


「お金がたくさんあるなら教会に寄付してください」

「いつもしているし、今日もするよ。だけど、私個人の気持ちとしてジャンヌに思い出の品を買ってあげたいんだ。何か希望は?」


 アランソン公は、ジャンヌの手を取ると上機嫌で市街地へ繰り出した。


「じゃあ、仕立て屋さんへ連れてってください」

「いい考えだ。トロワは毛織物の町だから布屋と服屋は絶対に外せないね」

「あ、布はあるんです。こないだ、王太子さまにいただいたやつ」

「あ、そう……」


 町一番の仕立て屋で、ジャンヌは採寸するために奥の控室に案内された。

 さすがに中まで付き添うことはできないので、アランソン公が暇を持て余していると、仕立て屋の下僕とたまたま居合わせた客が近寄ってきた。


「お兄さんさー、さっきの子の従者なの?」

「従者とは失敬な! 私の名は……」

「あの子、男の格好だったけど女の子だよね? ってことはさー、例の魔女?」

「失敬な! 聖女と呼びたまえ!」


 一瞬、警戒しかけたが、


「じゃ、本物なんだ! お兄さんは奇跡を見たことあるの?」


 魔女であれ聖女であれ、ジャンヌ・ラ・ピュセルの話は想像以上に拡散されていて、民衆の好奇心をかき立てた。


「神は、シャルル王のために道を用意しておられる。王とともに行き、戴冠式へ導くために、神はかの少女を遣わされた。少女の名はジャンヌ・ラ・ピュセル。天国におられる聖人たちと同じく、神の神秘を体現する力を持っている……」


「おおー!」


「ジャンヌがそうしようと思えば、王の軍隊はまるごと城壁を越えて、自由に町に入ることができる。このことは、あなたたちトロワの住民もご存知でしょう」


「確かに!」


「現に、私たちがここトロワにいること自体が、ジャンヌの奇跡の証明なのだ。他にも様々なことをいくらでもすることができる。私はオルレアンで共に戦った戦友だから何でも知っている」


「うおおおお、ジャンヌ万歳!!」


 採寸が済んで、ジャンヌが戻ってきたころにはまた信者が増えていた。

 たまたま仕立て屋に居合わせた人間の他にも、噂を聞きつけた好奇心旺盛な聴衆が集まってきていた。


「何してるんですか」

「あ、ジャンヌ! もういいの?」

「はい。戴冠式までに仕立ててランスに届けてくれるって……。ところで、何ですかこの人たちは」


 仕立て屋の入り口は人だかりができていた。


「ジャンヌを慕っているトロワの人たちだ」

「えぇぇ……」


 中には、短い滞在期間中にお近づきになろうとして早々に貢物を持ってくる信者もいた。ジャンヌは戸惑いながらも、そういう人たちを無下にせず、誰であろうと親切に応対した。


「ジャンヌさまにご加護がありますように」

「ありがとうございます。あなたも……」


「贈り物を受け取ってください!」

「ありがとう……」


「握手してください!」

「祈ってください!」

「サインください!」

「あたし、字はちょっと……」

「助けてください!」


 ジャンヌは信者の人並みに揉まれながらも、かすかな声を聞き逃さなかった。


「ちょっと、ごめんなさい」

「ジャンヌ?」

「誰かが助けを求めてる。行かなきゃ!」


 市街地を通り抜けて、セーヌ川に通じる町の北部へ。

 そこには、今まさに退却しようとしているイングランド軍がたむろしていた。


「行っちゃダメだ!」

「だけど……」

「騒ぎを起こさないようにと命じられている」


 アランソン公は、仕立て屋で騒ぎの発端になったことを棚に上げてジャンヌを引き止めた。


「でも、誰かが『助けて』って言ってた」

「気のせいだよ。それに彼らは敵だ」

「そんなの関係ない。あたしを必要としてる人がいるならどこへだって行く」

「何かあるとしてもイングランドの問題だ。私たちが介入するべきじゃない」


 何か問題が起きる前に、アランソン公はジャンヌを連れて立ち去ろうとしたが。


「フランス軍の人ですか?!」


 イングランド軍の行列の中から上ずった声が聞こえた。

 やつれた男が二人を見ていた。


「気のせいじゃなかった!」


 男には足枷がつけられている。

 どこかの戦いで捕らわれて、トロワの駐屯軍に捕虜として連れてこられたのだろう。


「助けてください!」

「そこの人質、列を乱すな!」

「あんたたちと一緒に連れてって……! あぁっ!!」


 捕虜の男は怒声にめげず、ジャンヌとアランソン公に近づこうとしたが、足枷の鎖が引っ張られて後ろに倒れた。


「許可なく、勝手に動くな!」


 完全武装したイングランド兵が出てきて、倒れた捕虜を足蹴にして列に戻そうとしたが、そこへジャンヌが食ってかかった。


「何をするの!」

「ああん? 誰だ貴様は!」

「あたしはジャンヌ・ラ・ピュセル! この人はあたしの仲間よ。ひどいことをしないで!」


 頭から爪先までプレートアーマーで覆われているが、目元の細いスリットの奥からするどい眼光が覗いていた。


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