9.8 トロワ包囲戦(3)シャルル七世の手紙
7月5日の早朝、トロワの町では緊急議会がひらかれ、「イングランドとブルゴーニュの過去10年にわたる忠誠心に報いるため、自称フランス王シャルル七世と戦う」ことを議決した。
しかし、ロンドンから派遣されたという援軍は当てにならない。
シャルル七世率いるフランス軍は、わずか四時間ほどの場所にいるのだから到底間に合わない。そこで、ランスへ援軍を要請する急使を送った。
「我々トロワが敗北すれば、次はあなたたちランスの住民が同じように蹂躙されるでしょう。イングランドとブルゴーニュの援軍が来るまで持ち堪えられれば十分です。どうか同胞を憐れみ、救いに来てください」
なりふり構ってなどいられないのだろう。ひたすら憐れみを乞うた。
緊急議会が解散する直前、ランスに送った急使と入れ違いで新たな手紙が届いた。
*
同時刻——。前日にサン・フロランタンで寝坊した分、私は早起きして準備に取り掛かった。
「善良な陛下らしくありませんぞ!」
めずらしく、ラ・トレモイユが私の前で自己主張していた。
裏ではさまざまな派閥闘争を繰り広げているが、少なくとも私の前では卒のない大侍従らしく振る舞っていたのに、今は邪魔ばかりする。
リッシュモンを長期間排除して余裕が出てきたのか、あるいは余裕がなくて焦っているのか。
着替えが進まないので、デュノワを呼びつけた。
普段の着替えなら一人でもできるが、完全武装となるとそうもいかない。
「戦闘や流血を好まない優しいご気性はどこへ行ってしまわれたのですか? 陛下みずから攻勢に出るとは……!」
「私は何も変わってない。王の義務として必要なときは戦うよ」
プレートアーマーを着付けてもらいながら、革手袋に包まれた両手を祈るように組み、ぎゅぎゅっとにぎって肌に馴染ませた。
「やむを得ず、人を殺したこともある」
ひらいた両手を見つめながら、思いを馳せる。
自らの手で殺すのと、家臣に命じて殺させるのは、どちらの方が罪深いのだろう。誰かを犠牲にして自分だけが清廉潔白でいることは罪ではないのだろうか。
何が善良で、何が正しいか、そんなことはわからない。
ただ、最善を尽くすのみだ。
「包囲戦は莫大なコストがかかります。数ヶ月はかかるでしょう」
「本気でやればそうなるだろうな」
「ベッドフォード公がロンドンから援軍を呼んだという話も……、時間がかかればリスクが……」
いいかげん、ラ・トレモイユの小言がしつこい。
リッシュモンも大概しつこいが、ラ・トレモイユの場合は私欲が絡んでいるのでうんざりしてくる。
(さては、トロワの町から先に上納金をもらったな……?)
そう皮肉を言いかけたがやめた。
不用意につついて疑念を持たれるのは悪手だ。
「トロワ条約の復讐にこだわるより、ランスに向かうことが先決です」
「そうだね、大侍従の言うとおりだ」
「わかっていただき光栄です。そのためにはトロワでの戦いを回避するべきかと……、ご進言申し上げます」
説得がうまくいったと思ったのか、ラ・トレモイユはうやうやしく一礼した。
「心配無用だ。ロンドンからの援軍が来る前に全部終わらせるから」
「陛下! 私の話を聞いていたのですか……!」
「聞いてたよ。でも、もう行かないと」
私は颯爽と軍馬にまたがり、ラ・トレモイユをサン・ファル村に残したまま、ローマ街道に沿ってトロワに出陣した。
*
トロワに届いたのは、私が自ら署名し、封印した手紙だった。
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親愛なるトロワの住民のみなさんへ。
私は家臣たちの助言を受け、ランスのノートルダム大聖堂で正式な戴冠式を挙行するために、慣例にしたがい行軍している。すでに知らせている通り、まもなくトロワの町に到着する。
過去1000年にわたって続けてきた慣例に従い、私の祖先である歴代フランス王と同じように開門して出迎えることを要請する。
特別なことは何もない。
私たちの祖先がやってきた慣習を受け継ぐだけのことだ。
この行軍は、過去の復讐のためではない。
神に誓って、私に復讐の意志はない。
私はただ、正当な君主と善良な民衆を和合させたいだけである。
すべてを水に流して、打ち解けたいと願っている。
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トロワの住人は恐れおののき、使者を町に入れなかった。
手紙だけが緊急議会の場に運ばれて、町の評議員や傍聴人たちの手に渡った。
文字が読めない者のために、手紙の内容が読み上げられた。
午前九時。
熟慮の末、使者に返信が託されたが、すでに私はトロワの門前に来ていた。





