1.10 逆臣だらけの宮廷(3)やかましい宮廷・改訂版
シャステル追放の件で、リッシュモン大元帥は宮廷で猛烈に嫌われた。
ブルターニュ公をフランス陣営に繋ぎ止めるために良い関係を築きたいのだが、どうやらリッシュモンにその気はないらしい。
「君側の奸は、全員この宮廷から立ち去るがいい」
リッシュモンの辣腕は止まることを知らない。シャステル追放のみならず、「これまでの重臣たちを全員罷免する」とまで言い出した。
「諸君らは陛下の側近にふさわしくない」
リッシュモンは側近たちの悪事を次々と暴き、そのつど糾弾した。
「諸君らは陛下から賜った権限を何だと思っているのか。立場を利用して私腹を肥やし、自分の既得権を守ることしか考えていないではないか!」
怒る者、戸惑う者、嘲笑う者、様子を見る者。
重臣たちの反応は人それぞれだが、リッシュモンの追求には敵わない。
一矢報いようと、リッシュモンが若くて新参であることと、無礼さ、無神経さを責め立てるが効果はない。
「無礼であることと明らかな悪事。罪深いのはどちらか、言わずともわかると思うが?」
リッシュモンの言い分は正しいかもしれないが、普通の人間は「良心」と「欲望」のはざまで揺れ動くものだ。また、人それぞれの事情もある。一方的に責められては、立つ瀬がない。
私は大元帥に任命したことを後悔していた。
王侯貴族は聖職者ではない。清濁を併せ持つ。
リッシュモンは潔癖すぎて、あらゆる不正・悪事が許せないようだった。
このまま放置していたら、新たな宮廷闘争が勃発する。
裕福な貴族は自前の軍隊を持っている。
騎士道らしい忠誠心など建前だ。たいていの貴族は名誉とカネのために王に仕えている。王に仕える「利点」を奪い、義務ばかり押し付けたらどうなるか。
人心は離れ、王は見限られ、最後には裏切りと反逆というしっぺ返しを食う。
リッシュモンが暴いた悪事のいくつかは、私も把握していたが、個人的に忠告することはあれど、公的な処罰は最終手段として取っておく。私の宮廷はつねに財政難で人材難だったから、人手を失いたくなかった。それが「力なきフランス王シャルル七世」のやり方だった。
「あなたがたは、本気でフランス王国を立て直す気概があるのか!!」
私が放置する代わりに、リッシュモンは頻繁にブチ切れていた。
腹に響くような怒声に、宮廷がしんと静まり返る。アジャンクールで負った傷、眉間に刻まれたしわに加えて、近頃はこめかみに青筋が浮かんでいる。
おお、怖い。横から口を挟むと、怒りの矛先がこちらに向きそうだ。
「一人ひとりはわずかな不正、腐敗、悪事だとしても、王国全体、年単位で悪弊が積み重なれば膨大な損失だ!」
数字と理屈を交えた告発が延々と続き、名指しで非難された者はリッシュモンと激しい口論を繰り広げた。追放された者もいれば、みずから出て行った者もいる。
「諸君らは陛下の王国を食いつぶして、イングランドに明け渡すつもりなのか!!」
リッシュモンの言うことは正しい。
だが、少し前までイングランド軍に与していたのはリッシュモン自身だ。
宮廷での信用はマイナスから始まっている。どれほど正しくとも、今のリッシュモンの言葉は誰の心にも届かない。まったく、頭の痛くなる問題だ。
「それはいけません」
はっとした。
「えっ」
「今、頭が痛いとおっしゃいました」
「私の心を読んだのか?」
「確かに、陛下の声が聞こえました」
うっかり、思考の一部をつぶやいていたようだ。
忠誠心の熱いリッシュモンは、私の何気ないつぶやきを聞き逃さなかった。
「侍従長、ただちに頭痛に効く薬を」
「結構だ。大したことではない」
「これからさらに耳に痛い話をします。予防として服用なさってはいかがです」
「断る。耳に痛い話とはいったい何のことだ」
痛くもない腹を探られるのは不愉快だった。
私は食生活も身なりも質素で、王侯貴族としてはかなり地味な部類だ。
「恐れながら申し上げます。陛下の優しさゆえの甘さが、重臣たちの——いえ、逆臣たちの不正と悪事を誘発していると考えられます」
リッシュモンの正義の矛先は、ついに王へ向けられた。
まさか私まで責められるとは思わず、つい、ぽかんと呆けてしまった。
「……陛下、気付け薬をご用意しました」
刺激臭を鼻先に突きつけられて、我に返った。
まさか、本当に薬を用意するとは思わなかった。
気が利くのか、嫌味なのか、判断しかねる。何なのだ、この男は!
「いよいよ、私を断罪する気になったか?」
つんと刺激臭のある気付け薬から逃れるため、そしてこの険悪な雰囲気を少しでも和らげようと——少しふざけて驚いて見せると、顧問会議の末席にいるデュノワ伯ジャンが「ぷっ」と吹き出した。
「断罪ではありません。ご注進を申し上げたまで」
リッシュモンはそう答えてから、笑い声を立てた方向を見据えた。
「なぜ、何の役職にもついていない小僧がそこにいる」
「はっ、我が兄オルレアン公シャルルの代理として顧問会議に参加するようにと、王から赦しをいただきました」
冷徹な問いかけに、ジャンは慌てず卒なく答えた。
幼少期のジャンは騎士道物語にあこがれて、伝説のアーサー王の子孫ともいわれるリッシュモンを尊敬していたが、当のリッシュモンは何の感慨もないようだ。二人は親交があると聞いていたが、どうやらジャンの片想いだったらしい。
近年、デュノワ伯ジャンは私の世話役を離れて、騎士として鍛錬を積んでいる。
そうは言っても、年配の重臣たちに囲まれているせいか、幼なじみのジャンは私にとって一服の清涼剤のような存在だった。だから、いつでも宮廷に出入りできるように特別に取り計らっていた。「兄の代理」というのは口実だ。本来、庶子の身分では顧問会議に参加できない。
正式にデュノワ伯に叙されればいいのだが、ジャンはまだ22歳。実績が足りなかった。
「王弟の庶子にしては破格の待遇を受けているようだな」
「はっ、おかげさまで! 王から寵愛されてます」
リッシュモンはめずらしく反論できず、まだ居残っていた重臣たちはジャンを称えて拍手した。
*
ジャンの天然のおかげで一瞬だけ和んだものの、あまり長続きしなかった。
リッシュモンがもたらした最悪の事態に、私はもはや苛立ちを隠そうともせず、こつこつと机を叩いた。
「リッシュモン大元帥、貴公は自分が何をしたか分かっているのか」
広い会議室はがらがらで、いまや私とリッシュモンの二人きり。
リッシュモンは「王にふさわしくない奸臣」を名指しで謹慎処分とし、ジャンまでも追い出し、ついに誰もいなくなってしまったのだ。
「陛下は、顧問会議の人選を考え直すべきです」
この期におよんで、まだ言うか! 私は持っていた羽ペンでびしっとリッシュモンを指した。ペン先を向けるのは危ないので羽根の方で。
「この私が! パリを離れて、何もないところから作り上げた宮廷の人選がそれほど気に入らないのか!!」
腹立ちまぎれに、羽根でリッシュモンの鼻先をつんつん、こしょこしょしてやった。鼻筋、小鼻、鼻腔……、鼻毛の一本でも出ていたらいじってやるところだが、あいにく何もない。鼻の穴を狙ってさんざんこしょこしょしてやったのに何の反応もしない。こいつ、不感症か。
「……そろそろ気は済みましたか」
「ふん!」
私は羽ペンを放り出すと、何も書かれていない羊皮紙の巻紙をリッシュモンの胸に押し付けた。
「いっそ、貴公が全部決めればいい! ほら、任せるからな!」
最後に「不愉快だ。今日はこれで解散とする!」と宣言して会議室を後にした。しばらく行くと、背後で小さくくしゃみする音が聞こえて、少しだけ溜飲が下がった。ざまーみろ!
(※)宮廷の顧問会議メンバーになったリッシュモンが、「王に相応しくない」家臣たちを追い出して誰もいなくなり、シャルル七世がブチ切れたエピソード(実話)は、何度読んでも笑ってしまいます。





