三、出発
「キョウ」
ハナの声がする。
声のする方に顔を向けるとハナがいた。
「ハナ、お前助かったのか…」
ハナのもとへ一歩踏み出すとハナはキョウを制止するように左手を前に出した。
その掌は赤く光っている。というより赤く光る何かがハナの掌で輝いていた。
次第にその光は強くなり、キョウはあまりの眩しさに顔をそむけるしかなかった。
赤い光が落ち着いたのを感じ、顔を上げる。
するとあたりはいつの間にか暗闇に包まれていた。
「ハナ、こっちに来い。俺と帰ろう。」
得体のしれない不安に襲われたキョウがそう声をかけるもハナはその場を動こうとしない。
ハナの表情はひどく悲しげだった。
「キョウ、―――――――。」
「なに、聞こえな―――」
キョウがもう一度ハナのもとへ足を踏み出した時だった。
ハナの後ろで何かがむくむくと湧き起こりだした。
闇だ。
あの時の、どす黒い雨雲のような闇である。むくむくと広がり始めた闇は上に上に細長く蛇行しながらゆらゆら伸びていき、ふと止まると今度は急降下を始め、下にいたハナを丸ごと呑み込んだ。
「ハナ!」
キョウは走り出した。
しかしどんなに走っても闇には届かない。
「キョウ」
ハナの声だけが聞こえる。
「キョウ」
「キョウ」
「キョウ!」
突然ミヤマの顔面が視界いっぱいに広がった。
日が昇っている。ミヤマの顔をしばらく眺め、
ああ、夢だったんだな
と気づいてホッとした。
「起きた?」
ミヤマの問いかけに答える代わりに両手で大福のようなほっぺたを挟んでムニムニした。
体を起こす。まだ朝のようで辺りはひんやりと涼やかな空気に包まれていた。
「眠れた?」
昨日の男が笑いかけた。
「意外にも。」
「じゃあ早速だけど出発しようか。」
男はそういうとキョウに水と手ぬぐいを渡した。
「キョウ、汗すごいよ。」
それを受け取ったのはミヤマで、その手ぬぐいで今日の額を押さえた。
「これから僕たちはとりあえず街へ出る。そこできちんと旅の準備をしてからグロウスタインへ向かうよ。このままじゃ少なくとも僕は鯉ノ国を通過できないかもしれないからね。あ、それからニトリとあの子はとりあえずグロウスタインについたようだ。あとは可能性を信じるしかない。」
なぜそんなことがわかるのか。
怪訝な表情のキョウに気づいた男は言った。
「ああ、少々”眼”がいいもんでね。」
こうして一行は鯉ノ国手前、虎ノ国南東の街、ガンデンに向かうこととなった。