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ウロボロス・パラドクス  作者: ロストチャイルド
3/16

一、現れた錬金術師(2)

目が覚めてもまだ日は昇っていないようだった。


代わりにすぐ近くで焚き火がパチパチと音を鳴らしてあたりを照らしていた。


「大丈夫?まだ苦しい?」

キョウの顔を覗き込むように男が様子を伺っていた。


「い゛だっ…!」

意識がはっきりするとともに右手に激痛を感じた。


「ああ、毒気にやられちゃったね。ちょっと待って。」

男は腰の小さな鞄から小さな紙と小瓶を取り出した。小瓶を開けるとそれはなにやら塗り薬のようなものであった。これも草や木の実などではない嗅いだことのない匂いがした。それを指で紙に塗り、キョウの掌と手首に当てた。そして男は大きく息を吸って紙の上からそっと傷口に息を吹きかけた。


超沁みた。

沁みると同時に気を失う前に見た黒い煙が微かに掌から上がった。


少し痛みが引いた。

頭もすっきりしてきて周りが見えてきた。

「ハナ!」

自分の隣で横たわるハナに駆け寄る。意識はなく、呼吸も浅い。何より首から下の、闇が覆っていた箇所が部分的にひどくただれている。キョウの掌よりひどいものだった。その傷口からは今もなお焼けているような煙や蒸気が放たれていた。一部は腐り始めているのか、体液が滲み出ていた。

キョウは勢いよく男の顔を見た。男は少し首を振って言った。

「この子は毒気どころじゃないよ。正直言って今の時点では助からないと言う他ない。おそらくあと1、2時間だろう。」


「さっきみたいに、俺の手みたいに治してよ!」

キョウの叫びにも似た声に男は残念そうに眉を下げた。


「君の怪我とは比べ物にならない…とてもじゃないけど効き目はないよ。」


「じゃあせめて療養所に」


「連れていきたいのはやまやまだが、この子は全身から毒を放出していてとてもじゃないけど僕たちが触ることもできないんだ。ここまで運ぶだけでも右腕が痺れて動かなくなってしまったんだ。」

男の外套とその下に着ていた服は右腕のあたりが溶けきっていて男の右腕は火傷のように真っ赤だった。おそらくキョウの手当と同じことをしてあの程度なのだろう。


ハナが横たわる地面の草木は毒のせいか腐ってしまっている。


しかしキョウにとってはそんなことはどうでもよかった。

「連れてけばまだ間に合う!?」


男は困った顔をした。

「この国の療養所じゃおそらく無理だ。僕たちは山脈を越えた隣の国から来たんだけど、そこならまだ可能性があるかもしれない。…でもこのままでは運べないし運べたとしても数時間じゃ辿り着けない。」


キョウはハナの頬に触れた。

「おい!」

男が制止するもキョウはその手を振り払ってハナを抱きしめた。

ハナの体が熱い。まるで焼け石を抱きしめているかのようだ。



「大丈夫だハナ。俺がお前を生かす。」

言霊のように繰り返す。






するとその時、ハナがうっすら目を開けた。全身から発していた蒸気も勢いを弱めていく。

「ハナ!」

キョウの声にハナの目が微かに笑った。


その様子に一番驚いたのは男たちであった。

特にキョウを助けた男はなにやら感ずるところがあったようで腕を組んで考え込み始めた。



そして、

「おい少年、その子を本当に助けたいか?」

そうキョウに尋ねた。


キョウは大きく頷いた。


「ならば条件がある。僕がその子を助けるためにすることに決して後悔するな。今も、このあとも、その先も。いつ、何を知ってもだ。いいな、なぜなら君がそれを望んだからだ。それでも本当に助けたいと思うか?」


キョウは力強く頷いた。

「ハナが俺の全てなんだ。」


その言葉を聞いた男は

「これだけは覚えておいてくれ。君が彼を生かすんだ、君が彼をつなぎとめたんだ。わかったね、それを忘れてはいけないよ。」

そう再度念を押すのだった。



それまで黙っていたもう一人の男がキョウを助けた男に心配そうに囁いた。

「僕たちの国でも治す方法はないじゃないですか…まさかあなたがあなたの意思で賢者の石を使おうというんですか?仮に使ってもどうなるかわかりませんよ?普通の祟り神ならまだしもあれは本物です、とても完治なんて。」


それを聞いた男は顔を渋くした。

「僕には考えるところがある。その考えが正しいのなら一命は取り留めるだろう。確かに完治は難しいところだが。」


「それに」

男は続けた。

「僕はこの先の希望のために今もう一度絶望したいんだ。」

その目はひどく揺れていた。


しかしそれも数秒のことで、すぐさま男は力強い眼差しを取り戻した。

「ニトリ、僕が山脈を越えて行くのとお前が迂回して鯉ノ国経由で僕たちの国に行くの、どちらが早いかな。」


「どうですかね、あの山脈は山頂付近の靄に入ると能力、体力ともにかなり削られますし今日は新月なので所長が彼を連れて移動し続けるは難しいかと。それに所長は先程かなり祟り神の毒気を浴びたはずですからなお山脈を越えるのは無理に近いです。」

ニトリと呼ばれた男は険しい表情で言った。


「ではお前が行くしかない。七日森に沿って鯉ノ国を迂回し、僕たちの国まで走り抜けろ。」


「それは構いませんがいずれにせよ1、2時間での到着は困難です。それに鯉ノ国を何事もなく通過できるでしょうか。」


「時間については大丈夫だ。見てみろ、呼吸も落ち着いているし僅かではあるが意識もある。毒の放出も今のところ止まっている。これなら少なくとも24時間は余裕ができるし運ぶにも難はない。問題は…」


ニトリに所長と呼ばれる男は額の汗を手で拭った。

キョウは彼らの会話の内容がまるでわからないのでただ黙って見つめているしかなかった。その手は耐えずハナの頬に触れていた。滲み出ていた体液も治まり、広がっていたただれも進行を止めていた。


「鯉ノ国だな。あそこは最近特に僕たちへの警戒を強めているからな…。

仕方ない、これを持ってけ。もし鯉の使徒に会ったら、これで擬態しろ。」

所長と呼ばれた男は何やらかなり小さなものをニトリに渡した。

時々キラリと光る。金属だろうか。


「これ、やっとできた完成品じゃないですかあ…。」

ニトリは受け取りつつも残念そうに眉を下げた。


「大丈夫だ、もう要領は得た。僕を誰だと思ってる。」

所長と呼ばれた男がニヤリと笑う。





ニトリは呆れた顔をしながらも

「わかりました。では早速。」

そう言って立ち上がった。


「少年。」

所長と呼ばれた男がキョウに声をかけた。

「その子は彼とともに僕たちの国へ先に行く。僕と君は足手まといになるだけだ、なにより一刻も早く治療しなければならない。だから今だけ僕たちを信じて彼にその子を託してくれ。」


迷う必要はない。ハナが助かるかもしれない選択はこれしかない。

「わかった。でも俺も後から必ず行く。」

そうキョウが答えるとニトリはハナを抱えて左手を前に差し出した。掌に赤い何かが光るのが見えた。


「緋輪の磨狼」

そう呟いた瞬間、焚き火を凌駕する炎がニトリを取り巻いた。青かった髪が炎のように赤く染まりその目は狼のように鋭く金色に染まる。


一瞬、ハナは無事かと息を呑んだが、熱さに苦しむ様子はなかった。

「では。」

そしてニトリはそう言い残すとまるで狼のように消えた。




キョウはただただ呆気に取られていた。










「ミヤマは?」

しばらくして我に返ったキョウは目の前の男に尋ねた。


「ああ。」

男はキョウの背後を指差した。


振り向くとミヤマはすぐ後ろで眠っていた。


「ニトリが助けたときには泣いてたけどここについたときには安心したのか急に寝始めたよ。」

ミヤマらしい。




ハナを送り出し、ミヤマの無事を確認したキョウは一息ついた。

と同時に先程の鮮烈な記憶がフラッシュバックした。


「さっきの化け物は…何?」

悪夢のような出来事を思い出し、体が震える。

得体のしれない……化け物。そして現れた禍々しい黒い手……。


「あれは、祟り神といってね。……まぁ見ての通り、化け物だよ。僕たちも調べてはいるんだけど正体がなんなのかはまだわかっていない。ただ、ものすごい瘴気を放っていて、人間にも神族にも有害なことは間違いないんだ。今までにも多くの者があの化け物に襲われて命を落としている。目撃報告がある度に討伐に向かってはいるんだが祟り神にも種類があってね、僕たちの力で倒せるものもいれば倒せないものもいる。自我を持つものもいればただ狂ったように暴れるだけのものもいてやっかいなんだ。」


祟り神……。

あんな化け物がたくさんいるなんて、そんな話今まで聞いたこともなかった。


「そんな化け物の話、聞いたこともないし本で見たこともない。」

あのような恐ろしいモノがいるならばどこかで見聞きしてもいいはずだ。


「そう、最近になって、突然現れたものだから僕たちも困っているんだ。」


最近になって突然…

今まで存在しなかったものが?何かが起きているのだろうか。



それから、


「あなたがたは神族?」

キョウは二人が助けに来てくれた時を思い出して尋ねた。彼らは神族みたいな不思議な力を使っていた。


二人とも外套を着ていたが下にちらりと見えた服装は同じだった。軍服だ。助けられたときは外套と帽子で見えなかった顔が今ははっきり見える。


キョウを助けてくれた男は柔和な面持ちだった。目元に並ぶ2つの黒子が印象的だ。キョウよりいくぶん年上で大人の雰囲気があった。




「違うよ。僕らは人間さ。」

男はにこやかだった。



しかしそれよりもキョウは二人が人間だということにひどく驚いた。

このような人間を一度も見たことがなかった。

不思議な力を使う人間など見たことがない。


「人間?俺と同じ人間?そんなわけない、人間はそんな力使えない。」



「そうかな。どうしてそう思うの?」

男は微笑みながらそう言った。


「どうしてって…。」

そういうものだからだ。神族は特別な力を使えて人間はそれを使えない。逆に特別な力が使えればその者は神族なのだから。



「君は考えたことがある?」

言い淀むキョウに男は続けた。



「神族にできてどうして人間にはできないのか。それこそ本当に人間にはできないのか、考えたことある?そもそも見た目は同じなのに、同じ言葉を話すのに神族と人間って別の生き物なのかな。それにあの不思議な力はいったい何なのか。君は考えたことある?」

キョウの右手を握る男の手が温かい。ジンジンと痛んでいた掌がじわりじわりと温まる。


キョウはうなずくことも首を振ることもできずしばし呆然とした。




「誰が言ったの。誰が決めたの。それは紛れもない自分自身だ。だけどその根拠なんてどこにもない、だってなぜ特別な力が使えるのか、あるいは使えないのかわからないから。でもわからないはまだ答えじゃない。わからないの先には可能性がある。考えて調べて考える、そうしてだんだんと答えに近づいていくし当たり前が当たり前じゃなくなっていくんじゃないかと僕は思う。」

男はキョウの掌を優しく包んでいた自らの手を開いて当てていた紙をゆっくりと剥がした。


禍々しくただれていたキョウの掌は綺麗に治っていた。


驚異的な治癒スピードに再びキョウは驚きのあまり呆然とするしかなかった。


「見て。」

男は焚き火を指差した。

焚き火の炎はパチパチと音を立て揺らめいている。男は例の鞄から今度は手袋を取り出し右手にはめると炎に手をかざした。


すると焚き火の炎はピタリと揺らぎを止め男の手の周りに漂うように移動して巻きついた。そこで再び取り巻きながら揺らめいたのだ。


そして男が手を強く握ると炎は消えていった。


神族の不思議な力のようだ。信じられない。



「これは再現と言ってね、君は狼の神族に会ったことあるかな?」

男の問いかけにキョウは首を振った。

「そう、狼の神族は炎の魔力に特化してるんだ。あ、僕たちの国では神族の特別な力を魔力と呼んでるんだけどね。じゃあどうして狼の神族が炎の魔力に特化してるかというと、彼らの血液が炎と親和性を持って作用しているからなんだ。」

男の説明にキョウの顔は難しくなった。


「まぁ簡単に言えば彼らの血液の中の目には見えない物質に炎が反応するってことだね。」

男の話す新しい世界にキョウは興味がむくむくと湧いた。


「となると、その物質を持ってさえいれば誰にだって炎を自由自在に扱えるってことさ。」


「もちろん、人間にもね。」

男の声は希望的だった。


「まぁ残念ながら、その神族の血液にある物質ってのは今のところ神族の血液にしか存在してないってことになってる。」

男はしょんぼりした。表情豊かな人だ。


「でもまだ諦めることはできない。いつか誰かがどこかでその物質を発見するかもしれないからね!」


「と、それは置いといて。とりあえず今はまだ、その物質は発見できていない。その代わり、その物質と同じような反応をする物質は発見できたんだ。その見つけた類似物質を作用させて、神族の炎の魔力と似た効果をもたらすのが”再現”なんだ。」

男は手から外した手袋をひらひらさせて

「これ炎に作用する類似物質でできてるの」

と言った。





「今までは不思議だなで片付けてしまっていたこともちゃんと調べれば不思議なことじゃない。考えて仮説を立てて試してその結果を見てまた考える。そうして答えにたどり着く。不思議なのはそれ以上考えようとしないからだ。なぜ不思議なのか、そこにある可能性を見ようとしてないだけだ。」


男の言葉にキョウはただただ唖然とするばかりだった。


考えたこともなかった。可能性だなんて。

信じて疑わなかった、神族は特別で人間は平凡な生き物なのだと。目に見えたものだけが真実だと、その全てだと思い込んでいた。


諦めるしかないのだと、

決めつけていたことは


諦めなくていいのだと、

キョウの心に新しい風を吹き込んだ。


その昔、ハナに言われた言葉を思い出した。

「それからだんだん生きる意味ってのをを見つければいいんだ。」


今はまだ、ハナがキョウのすべてだ。しかしその中に新しい光が差し込んだのもまた確かだった。



「あなたは、何者なの?」

意図せずこぼれた言葉に男は優しく、けれども力強い眼差しで答えた。





「僕は"錬金術師"さ。」









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