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ウロボロス・パラドクス  作者: ロストチャイルド
2/16

一、現れた錬金術師(1)

虎ノ国。


その北東一帯に広がるのは硬い岩盤に草木が繁る七日森である。

この森、侵食力が凄まじく、放っておけば七日で国全体を木々と岩盤で覆い尽くしてしまうと言われていることからその名がついている。


それを防ぐためには毎日の丁寧な手入れが必要となる。生えかけた草木を根っこから引き抜き、土は石化しないように耕さねばならない。


この重労働の大部分を引き受けているのが森の麓に位置する七日森養護院の子どもたちであった。



身寄りのないキョウもこの養護院で日々労働に従事していた。




今日もキョウは同じ養護院のハナとミヤマとともに土を耕し終えて大量の草木を刈り取っているところである。



「え、おまえ十二国神話を知らないの?」

木やら枝やらを大量に積んだ籠を軽々と背負ったハナが言った。ハナはキョウと同い年でキョウが養護院に来たときには彼はすでにそこで二年を過ごしていた。


「うん、知らない。みんな知ってる話なの?」

細い草ばかりの籠をよろよろと持ち上げながらミヤマが答えた。ミヤマはつい先日新しく養護院に入ってきた少年だ。歳はこの春で十一になった。


「みんな知ってるってなあ、親だかどっかの爺婆に何度も聞かされるだろうよ。」

ハナは先程引き抜いた木の枝でミヤマをつついた。


「俺、親いねえもん。」

ミヤマがうつむく。大福のようなほっぺが赤く染まっていく。


十二国神話はどの国でも有名な、世界の始まりを描いた昔話だ。


「ちっげーよ、親じゃなくたってよぉ、誰かに聞いたことあんだろってことだよ。泣くんじゃねえ。」

ハナはミヤマの様子に焦りを見せ始め、助けを求めるようにキョウを見た。


「ミヤマ、あんま気にするな。ここは養護院だ、親のいない奴なんかいっぱいいる。俺だって話を聞いたのは家族でもなんでもねえ知り合いのジジイからだったんだから。知らないなら俺達が話してやるよ。」


キョウの言葉に顔を上げたミヤマは大きくうなずいてにっこりと笑った。





十二国神話。


この世界が始まった時、そこには十二の神がいた。神々は自由に過ごしていたが、ある日のいさかいをきっかけに棲み分けを行うことになった。


まず地を十二に分け、話し合いの末にそれぞれ使いの動物を用いた勝負を行い、勝った者から選びとった地に国を創った。


各地に元々住んでいた人間は大変困惑したものの、神のその強大な力を目の前にひれ伏すしかなかった。


神がそれぞれの地に定住してしばらく経った頃、神の如き不思議な力を操る者が現れた。

人間たちは彼らを神の血縁者だと信じるようになり、「神族」と呼んだ。






「虎ノ国は虎の神が創ったんだ。虎の神がいるからこの国も平和なんだってよ。」

籠を降ろし、中の草木を溜まり場にあけながらハナが言った。


「都には今も本当に虎の神がいるって話だぜ。」

ハナの言葉に興味深くミヤマが耳を傾けていた。


キョウが溜まり場の手前に設置してある煌々と燃える松明を手に取り、草木に火を放った。細々とした煙が空に上がっていく。

「虎の神様は岩盤を耕してはくれないけどね。」

キョウがぼやいた。




「でもおいら神族にいいイメージねぇなあ。いっつもおっかねえんだもん。いっつもおいらをその不思議な力とやらで脅かしてくんだもん。」

再び大福が赤色に染まった。


「俺らは人間だからなあ、神族様にはなす術なしさ。」

ハナが帰り支度を始めた。


パチパチと音を立てて草木が燃える。煙は随分太くなっていた。


「それよりキョウ、もうそろそろ俺らここ出なきゃなんねえけどお前どうすんだ?」

ハナが来た道を戻りながら問いかけた。


七日森養護院は歳が十七になる年の秋に出ていかなければならない。森の手入れだけでは確保できる食いぶちに限りがある。


「正直、本当に十一も国があるんなら全てを回ってみたいけど、金も食料もないから街か都に出て働き口を見つけるよ。たまに本が買えるような生活でいいさ。」

高い日差しに目を細めながらキョウが言った。


森から降り注ぐ秋の枯れ葉が地面に色鮮やかな絨毯を作っている。


「お前、本読むの好きだもんな。暇さえあれば院の図書読んでるもんな。」

ハナの皮肉ったような言い方にキョウは口の端を上げた。


「なんだハナ、本に興味あったんだ。言ってくれればいつでも読み方を教えたのに。」


キョウの言葉にハナは顔を真っ赤にした。

「うるせえ!お前、俺が字読めないの馬鹿にしてんだろ!そもそもキョウはどこで字なんて覚えたんだ!」


ハナが落ち葉を蹴散らした。ミヤマが笑いながら同じように落ち葉を蹴散らしながら歩く。


「馬鹿になんてしてない。俺はたまたま習う機会があっただけだしハナにとっては今がその機会ってことさ。」

余裕そうに話すキョウにハナはますます納得がいかないようだった。


「もういい!…それより…俺も…一緒に街か都に行く、そんで働くとこ見つける……つもりだけどよぉ、働くとこってどうやって見つけんだ?」


「うーん…そこは習ったことなかったけど、街や都は俺達が想像するより遥かに華やかでいろんな仕事があって、人間にもいろんなことができるらしい。だから一つぐらいなにか見つかるんじゃないか?」

キョウは足下に目を落として考え込んだ。

落ち葉の絨毯に足が心地良く沈む。


「ったく、今まで出てった奴らも一人も帰ってこねえもんだから何もわかんねえよなあ。まぁ俺もちゃんと働けたらこんなとこに帰ってきてえとは思わねえけどさ。それでも一人ぐらい顔見せたっていんじゃねえの?去年出てった奴らもたまには帰ってくるとか言ってたのによぉ。」


「まぁここは都や街からも遠いからね。」


養護院が見えてきた。錆びついた茶色い建物は一見紅葉とマッチしている。


キョウは半年前の見知らぬ来客と養護院の先生とのやりとりを思い出した。





雪が降るくせに見栄をはって草履で出かけ、動けなくなったハナの雪靴を取りに帰ったときのことだった。

「随分とさっぱりしてますなあ。まるで収容所みたいだ。」

都から来たのか、身なりのいい小太りなおじさんが言った。


「ええ、この方が効率がいいもんですから。」

先生はそう答えるとおじさんと共に職員室の中へ消えていった。













爽やかな秋晴れ。

養護院を出なければならない日が来た。かと言って特別なことは何もなく、夕方になるまでいつも通り草の根を引き抜き土を耕した。


夕方になるとハナと共にキョウは職員室に呼ばれた。

「日が沈むと一本木のところに街からの迎えが来るわ。よかったら街まで連れてってもらいなさい。」


それだけを言われた。一本木とは溜まり場より先にある草木の引き抜きと土を耕す際の目印となる細くて高いモミジの木である。この一本木だけは一年中緑の葉がついている。



「意外だったな、迎えがあるなんて。」

出発支度をしながらハナが言った。



玄関の扉を開けるとひんやりとした風が室内に入ってきた。一歩足を踏み出すと枯れ葉の絨毯が音を鳴らした。


空は濃い橙色に染まり、太陽は既に右手に見える山脈にその姿を隠しているようだった。

黒黒とした山脈がくっきりと浮かんでいる。







特に話すこともなく、黙々と歩くキョウとハナであったが、

溜まり場を越えたあたりで二人の後に続く影に気がついた。


キョウは立ち止まって振り向くと木の後ろでちらちら動く影に声をかけた。


「ミヤマ、ついてきたらだめだって言っただろ。」

呆れたようなため息を漏らす。


しばらくの沈黙の後、ミヤマが隠れていた木からひょっこり顔を出した。


「俺も一緒に行く。」

口を尖らせてそう言い放った。

ミヤマは妙に二人に懐いていた。


「帰れ帰れ。お前なんてなんの役にも立たないだろ。」

ハナが手でミヤマを追い払うようにした。


「ミヤマ、俺達は当てもないのに街に行って仕事を探さなきゃいけないんだ。食べていけるかもわからない。ミヤマがついてきても危ないだけだよ。」

キョウが諭す。


しかしミヤマは大きく首を振った。


キョウは困った顔をしたもののそれ以上何も言わず、先に歩き出していたハナの後を追い、続いてミヤマがその後を追った。







一本木に着いたとき、ちょうど日が沈んだ。

「今日は新月なのか。」


お互いの顔もわからないほどの暗闇に包まれていた。

「真っ暗だ…」

ミヤマがキョウにしがみついた。


「少し火を持ってくればよかったね。」



一本木の下で三人はじっとしていたが時間が過ぎても暗闇は暗闇のままで、ただ上高くからモミジの葉のさらさらと風に揺れる音が聞こえているだけだった。





「俺達騙されたんじゃねえの。」

ハナが言った。

「そもそもこんな夜に出発っていうのが変だ。」

キョウが答えた。

「何何?何か待ってるの?」

ミヤマが尋ねた。




その時だった。


風の向きが変わった。それまで三人の左から右にゆるやかに流れていた風が急に勢いよく前方に追い風。


目の前の、距離はどれくらいか、風が一点に引き込まれていく。


「なんだ?」

暗闇で何も見えない。しかしやはり前方の方で木々がバキバキと軋み、折れるような音が聞こえる。風は轟々と歪な音を立てる。



「おい、なんなんだ!」

ハナが叫んだ。三人ともあくまで感覚的にそこに何かがいるのがわかった。そしてその何かがこちらに近づいてくるのがわかった。


音がどんどん大きくなる。


「わからない!何も見えない!とにかく明るいところに行かないと!」

キョウも叫んだ。もはや普通の大きさではお互いの声は聞こえない。

何も見えないものの、キョウは自分の服を強く掴む腕にミヤマがそこにいることを確かめた。



「溜まり場まで一旦戻ろう!あそこの松明は夜通し点いてる!」

キョウはミヤマの腕を掴み元来た道を走り出した。




ところがハナの気配が感じられない。

「おい!!ハナ!返事しろ!」

一度立ち止まって声をかける。



「っ…おう!」

かなり後方で微かにハナの声が聞こえたのを確認し再び走り出した。


月の出ない夜はまさに暗中模索状態で、何度も枝が腕をかすり、葉が頬をはたいた。


落ちた枯れ葉の絨毯のおかげで足元が確かなことだけが幸いだった。






どれぐらいか、しばらく走った。

元来た道を戻っているつもりだが正直合っているのかわからない。


風は今だ自分たちの後ろへ勢いよく吸い込まれていく。





前方に小さく灯りが見えた。溜まり場の松明だ。

キョウはちらっと繋いだ手の先、ミヤマを見た。一言も喋らず、青い顔をしてひたすら懸命に走っている。持ち前の大福ですら今は真っ青だ。



溜まり場についた。松明を手に取り振り返って今来た方を照らす。しかし灯りが照らすのはせいぜい数歩先までだ。

右手の溜まり場を見るも草木はとうに燃え尽きて灰になっている。


キョウは左手の一番近い木に火を放った。

赤いモミジが太陽のようにさらに紅く燃える。


キョウの顔が見えると安心したのかミヤマが掴んでいた手を緩めたが、あることに気がつきまたギュッと力強く握った。

「ハナは……?」

ハナがいない。


風は松明の炎を消し去らんばかりに今だ音を立てながら前方に流れている。


「ハナ!!!!」

真っ暗な今来た道の奥に向かって叫ぶ。

返事はない。


少し後ずさりながら暗闇に目を凝らす。


ほんの数十秒して人影が現れた。



ハナだ…。

キョウもミヤマも胸を撫で下ろした。

ハナは異常に息を切らしていた。彼にも二人の姿が見えたのか安心したように息を大きく吐いて膝で腕を支えた。


「ハナ」

キョウがハナに駆寄ろうと

一歩踏み出したとき

ハナの後ろに大きく影がうごめいた。



「ハナ!」

次にキョウが叫んだときにはそのうごめく影は燃えるモミジの灯りに照らされてその姿を現していた。



しかし、姿がはっきり見えてもキョウには、いやミヤマにもそれがなんなのか判断することはできなかった。



それは一言で言うと闇の塊だった。

いや、どす黒い雨雲のようにも見える。

時々バチバチと稲妻のようなものが走り抜けている。


やはり風はその物体に吸い込まれていっている。先程まで赤赤と燃えていたモミジの木はその力を弱まらせていた。



そしてその闇の塊には見上げるほどの高い位置に禍々しく赤黒いギョロ目が2つあり、そられがいっそうキョウとミヤマを恐怖に染めた。


赤黒いギョロ目はその目を絶えず動かしていた。何かを探すように。




そして瞬間的ににハナを見つけてしまったのだ。


キョウの声に顔を上げたハナの額は汗に濡れ、表情は恐怖に染まっていた。


ハナは後ろを振り返ることもなくキョウ達の方に手を伸ばした。


足は動かないようだ。見ると足はすでに闇の中に呑まれていた。


キョウはハナに駆け寄り手をとった。互いに手首を固く握った。右手はハナの右手を、左手は燃えるモミジの幹をしっかり掴んで全力でハナの手を引っ張る。しかし闇から引き抜こうとするもビクともしない。


足首から膝、今ではハナの腰の辺りまでどす黒い靄が覆っている。

ここまで近づいて気づいたのだがこの得体の知れないモノ、かなりの異臭がする。


頭がぐらつくような強烈な、嗅いだことのない匂いだ。

獣のような匂いでも死臭でもない。



そしてその匂いを嗅ぐと、

呼吸をすればするほどどんどん息が上がっていくのだ。




バチバチと音が鳴って闇に稲妻が走った。

途端にハナが苦痛に顔を歪め叫びだした。


キョウの手首にハナの指が食い込む。

闇に走る光が稲妻なのかはわからないがその音はかなり大きなものであったにも関わらず、ハナの苦しみに発する声はそれ以上にキョウの鼓膜を揺らした。


闇はどんどんハナの体を呑み込んでいく。

ハナは痛みに叫びながらもその顔は間違いなくキョウに助けを求めていた。


闇はハナの首まで達し、キョウとつながった彼の腕の方へ伸びてきた。


すると闇は黒い煙を放ち始めた。




人の手だ。


キョウは驚いた。黒い煙の中から真っ黒な人の手が現れた。まるで焼け焦げた炭のような、ボロボロの黒い手が同じく黒い塵を撒き散らしながら現れた。


咄嗟に見上げると変わらぬ赤黒いギョロ目が真っ直ぐにキョウを見つめていた。


呼吸は辛いままだったがさらに喉の奥が締まった。


黒い手はハナの手首まで来ると、そっとキョウの手まで包み込むように触れた。


「い゛ッ」

溶けるような熱い痛みが手に走った。思わずハナの手首を掴む力が緩んだが、ここで離すわけにはいかなかった。

すでにハナの意識はないようでキョウか掴む手だけが命綱だった。


意外にも手が触れ合って影響があったのはキョウだけではなかった。あの真っ黒な手もキョウに触れた途端に灰のように崩れ去りハナを覆うその闇も腰の方まで薄れていった。


まさにハナを引き抜くには奇跡的なチャンスであったがキョウは燃えるように熱い手と異臭による息苦しさで頭はまともに働かず意識は朦朧としていた。立っているのが限界だった。



手が熱い。熱いなんてもんじゃない、静かに燃えている。皮膚がぶくぶくと泡立ち煙を放っているのが見える。




諦め始めたキョウは振り返ってミヤマを探したがその姿はどこにもなかった。



ミヤマが逃げてくれたことに安堵しつつ左手をモミジから離した。


自分も闇にのまれる…



そう思った束の間モミジの幹を離れた左手を誰かが力強く掴んだ。その手は次にキョウの腰をがっちりと抱えた。


ぼやけた視界の中で何かがハナの下半身を取り巻く闇を断ち切ったのが見えた。


それまでとは違う新鮮な風が舞い込んで、軽々とキョウとハナを抱えてその誰かは高く飛び立った。

そしてどうやら二人組のようで、もう一人がミヤマを抱えていたのが目の端に見えた。


ミヤマ…いたのか…。


二人が飛び立った瞬間、ゆらゆらと動いていたはずのそれが勢いよく闇を伸ばして追いかけてきた。


しかしその闇を遮るように背後で瞬間的に温かな光が弾けたのを感じた。

キョウの頭上で助けてくれた誰かが安堵のため息をついたので、


あぁ、もう大丈夫なんだな。


そう思いキョウは意識を手放した。





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