5 同居系ラブコメは全て嘘でした。上
病院を出て、楓と昼ご飯を近所にあるファミレスで食べた。そのあとスーパーで買い物にも付き合わされたため既に時間は午後の二時半。
ここは幕張駅から割と近めの閑静な住宅街。そして我が家の目の前。
「寂しくなったらいつでも来なよ?」
隣の家の玄関先から楓が実家のおふくろ感満載で心配してくる。買い物袋を提げている様子は、まさにそれだ。
「じゃあ、また今度」
そう別れを告げると自宅の鍵を差し込み、俺は誰もいない静寂の家に入っていった。
まっすぐ洗面台に向かい、手を洗い終えるとリビングへ行く。
「どうしよ」
俺は誰にも届かないと知っていながら呟いた。
また、このだだっ広い我が家へ帰ってきたのだが……。やはりやることがない。アニメは――あー、昨日のはとってないんだわ。じゃあ、新刊のラノベは――昨日の昼に全部見たんだった。二回目ってのもあるけど、正直今はそうしたい気分じゃない。
後は――ただ『神の御加護』を待つだけか……。うん、それに決定。
暇だしまだ『神の御加護』も届かないし、テレビでも見るかな。
リモコンの電源ボタンをおしてスイッチオン。
そこには昨日の事故のニュースが流れていた。
『昨晩、千葉県千葉市の〇〇町大通り交差点で大型トレーラーが通行人をはねる事故がありました。トレーラーは男子高校生一人をはねた後、工事現場にぶつかり間もなく停止。男子高校生と作業員は軽傷でしたがそのあと搬送されました。警察の調べによるとトレーラーの運転手は「意識を失って何も覚えていない」と供述しており、今も警察は捜査を続けています』
死者がいなくてよかったなぁ、と心からそう思う。
いや、そんな慈悲が深いとか俺の性格が超いいとかじゃなくて。もしいたら自分だけ生き返っちゃって申し訳ないし。
追突した先が工事現場ではなかったら……。考えるだけでも身震いがする。
今度はピンポーン、と俺の過去の思い出を邪魔するように、空気の読めないインターホンが鳴った。
ああ、神の御加護が届いたんだな。というか俺の魔法陣説は余裕で消えたな。まさか普通に運送してくるとは。裏の裏を返してくるあたり、さすが神様。マジリスペクト。
ちなみにこんな広い家に住んでおきながら映像付きインターホンではなく、音を鳴らす機能しかついていないものなので外の様子は確認できない。
スマホの画面に表示された時間は『14:45』。ってまだ十五分早いじゃん。でもまぁ、そんなもんか? 一応早いに越したことはないからな。
「はい、今行きまーす」
急いで玄関の方へ小走りする。自慢じゃないが家が広いと、こういう時大変だったりする。あと掃除とかね。
えーと、受領印に押すハンコを準備して、と。
『神の御加護』に期待しながらゆっくりドアを開ける。
「……ぅえ!?」
思わずそんな気持ち悪い声を出してしまった。ついでに俺には全くの予想外のことが起きて一瞬凍りつく。
配達会社がク〇ネコヤマトでなく日〇郵便が来た驚きでもない。いつもネットショッピングはAm〇zonなのに伝票を見たら楽〇市場だったという驚きでもない。というかいちいちそんなことで驚かないけどな。
玄関開けたらサ〇ウのご、ゴホン、……女の子がいた。
「柊城聡馬さんですね? 初めまして、アンジェと申しますっ!」
アンジェという名前の彼女は俺に名刺らしきものを渡してくる。多分何かの勧誘だと思えわれる。うーん、推測するにヤバい店。こんな真昼から接客とは……えげつない業界だな。
てっきり『神の御加護』かと思ったわ、そう言えばまだ配達時間でもないな。
しかし、この子は俺んちに何の用だ?
オレンジ髪のボブカット、そしてアニメのコスプレ美少女らしき女の子が玄関に立っています。……ついでに言うと結構かわいかったりする。そしてデカいスーツケースを持っている。もちろんコスプレパーティーの開催をしたわけでもありません。さて、なんて答えれば正解なのでしょうか。
とりあえず、人違いっぽいので断りましょうか。ちょっと残念ですけど。
「あ、そういうサービスは頼んでないんで、お帰りくださーい」
そのまま玄関の扉を閉めようとする。しかし、無理やりにでも入ってこようと、扉を引っ張る女の子。
なんでなんで? ってか、力つよっ!
「か、『神の御加護』をしに来たんですっ!」
「へっ……?」
思わず驚きでドアノブを離してしまった。そしてその反動で大きく後ろへ飛ばされる女の子。
なんだって? 今『神の御加護』って言った?
「いててぇ」
「ま……まさか『神の御加護』って君自身!?」
倒れてしまった女の子に手を貸し、「ごめん」と言いながら起き上がらせる。
「はいっ!」
そう言うと女の子はまた名刺っぽいものを差し出してくる。胡散臭いものの、彼女の名刺を受け取った。そしてそれを確認してみる。
「ええと、『役職:天使 名前:アンジェ』」
て、てんし? ああ、設定ってやつ? うんうん大事だよね、そういうの。俺は否定しないぞ……。かわいいなら全然許せる。
「はいっ! 天使のアンジェですっ!」
アンジェは元気よく返事をする。
うん、どっから見ても人間なんだけど。ほら、天使特有の羽とかついてないし。こだわるならそこもだなぁ。見てて……ちょっと、いや、だいぶ痛いかも。とりあえず一緒には歩きたくないくらいかな。
「……んまあ、とりあえず上がって」
贈り物がまさか人だったとは……。神様は一体何考えてるんだか。
いやしかしかわいい女の子が家に転がり込んでくるこの超展開は、まさか。いや、きっとそうだ。
――――同居系ラブコメの予感きたぁぁぁぁ!!
「失礼しまーすっ!」
「ごめん、散らかってるけど、好きなところに座って?」
「おおお、ソーマさんの家は広いんですねぇ」
キョロキョロともの不思議そう見回す女の子。そして言われた通り、ソファーに腰かける。
椅子に腰かけてもなんというか、かなり落ち着きがない。多分俺と同い年くらいなんだろうが小学三年生を見ている気分だ。
「粗茶ですが、どうぞ」
お茶を差し上げるときのテンプレート用語を少しかしこまって言ってみる。ちなみに粗茶と言っても冷蔵庫にあった市販のウーロン茶をコップに注いだだけなのだが。
しかしこんなところで頭の良さをアピールしているあたり、非常に残念なのは言わずもがなである。
女の子はウーロン茶をごくりと勢いよく飲んだ。
「えーと、アンジェ、だっけ? どんなご用件で?」
てっきり青春に役立つアイテムだとばかり思っていたため、これはまったくの想定外だ。
「神の御加護です!」
彼女は鼻高々と言い張る。
「いや、それは知ってるんだけどさ、例えばどんなことをしてくれるの?」
「祈ることですっ!」
即答。
「……は?」
そう言うしか選択肢はないだろう。それってポ〇モンの『はねる』並みに使えないんじゃ。しかもそれ俺でもできるよ。俺も小学校で七夕の短冊に『友達が欲しい』とか書いたもん。……あ、今の無しね。
「…………。食事、掃除、洗濯は?」
「全部できないので、ばつばつばつです!」
アンジェは手を交差させて、俺の目の前でバッテン印を作ってみせる。満面のどや顔で。いや、今どこに誇れるポイントがあったんですかね。教えてほしいです。
「じゃあ他にできることは?」
「ソーマさんの家に居候することです!」
居候……? なんて美しい言葉の響きなんだ。もちろんオッケー……なわけがない。ただのニートじゃねえか。なんで『祈り』だけで居候させなきゃいかんのだ!
「やかましいわ! 神様に電話する!」
一度でも『かわいい女の子と同居系ラブコメ来たぁぁぁぁ!!』とか思った自分をぶん殴ってやりたい。無理無理。何もできないニートと同居とか……。さすがの俺でも可愛さだけでコロッと行くわけじゃないからな。って何故俺は向こうが自分を好きって状態で話を進めているんだろうか。いつのまに俺はイケメン財閥御曹司に変貌していたんだ。あー恐ろしや。
急いで携帯を取り出し、神様の電話番号にかける。
「ソーマさん、ひどいですっ!」
アンジェは今にも泣きだしそうな顔をして目をウルウルさせている。
いやいやいや、なんで俺が悪いみたいな雰囲気になってるの? ちょっと待って俺が悪いの? やめて、そんな純粋な眼差しで見ないで、失明しちゃう!
なにこの幼稚園生を泣かせちゃったときみたいな気分。
「……わかったよ、もう。その期限はいつまでなんだ?」
あきらめて電話を切る。アンジェさんよ、この御心に感謝したまへ。
「神様からはソーマさんが楽しい青春を送るまで、って言われたんですけど」
ってことは下手したら一生ついてくるの? 神様どんだけ雑に設定してるんだよ。せめて高校終わるまでとかさぁ。
深いため息をせずにはいられない。
「ふぅぅ、とりあえず自己紹介でもしてくれる?」
いや、もう大体何を言うのか推測できるけど一応な。
「はいっ! 天使のアンジェです。ここへは神の御加護で来ました!」
ですよね。トイレの音声案内並みに全く同じセリフ入りました。
しかし最初に聞いた情報とまるっきり同じなのだけれど、疑問が多すぎてどこから手を付けていいのかわからん。とりあえず最初から聞いてみよう。
「はい質問。天使ってなんだ?」
「はい! 天使とは天界に住む神様の遣いのことで、アンジェたち天使は神様に代わって『神の御加護』を遂行するのです!」
天界に住む、作りこまれた設定っぽいんだけど神様の存在を知っちゃっているからなぁ。信じられないとも言えないわけで。
「じゃあ、その『神の御加護』、さっき『お祈り』って言ってたやつはなんだ?」
「それはですね、願いを叶えるお手伝いをするんですよ! ソーマさんの場合は『楽しい青春を送る』でしたよね。この場合だと、アンジェはソーマさんが楽しい青春を送れるように手伝う、ってことです!」
うーん。わかるような、わからないような。嘘です、全然これっぽっちもわかりません。
そもそも楽しい青春を送るための手伝いってなんなんだよ。こればかりは謎のままだ。
「えぇ、うんわかった」
思わず伝家の宝刀『うやむやな回答』が口から滑り出てしまった。
「はい! だからこれからお世話になります!」
嫌です、と言いたいんだけれど今更なんだよな。どうせ出ていけって言っても家に戻ってくるだろうし。これが『詰む』ってことなんだなきっと。
仕方ない……。諦めるしか選択肢がないのか。
「で、早速なんですが、シャワーを借りてもいいですか? 走ってきたので疲れちゃって」
なんかもう勝手に話し進んじゃってるし。早速お世話になる気満々だなおい。
「廊下にでて右にまっすぐ行ったところだ。バスタオルはお風呂場にあるからそれ使え」
「ありがとうございます!」
そう言うとアンジェはお風呂場へ小走りで向かっていった。
さてと、うるさいお荷物さんがいなくなったところで状況整理でもしましょうか。
プリンターからA4の白紙を取り出し、今まで起きた事象を書き出してみる。
《死にました、神様に会いました、生き返りました、天使が来ました》
あれ、俺っていつ変な宗教に入信したんだっけ。……じゃなくて。
だめだ意味が分からない。加えるならば自分が何を考えているのか意味が分からない。しかも頭悪い子みたい。というかまずツーフェイズ目で常識外なことが起きているんだが。
というかまずあれは天使なのだろうか。新手の詐欺だってこともあり得る。だって常識の範囲外だし。そうだよきっとそれ。ただのアニメのコスプレした女の子にしか見えなかったし。
とりあえず、神様に電話しとくか。
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