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俺の人生初ラブコメが、想像以上に非常識で前途多難な件について。  作者: 小林歩夢
episode2 脳内に、幼女が寄生しているんだが。 
13/16

5 俺と天使と脳内寄生幼女の夜 下

「フクっち――えーと、この幸福ゲージの名前なんだけど……こいつの話してる言葉は俺にしか聞こえてないぞ?」

「ええ、もちのろんで知ってますよ」


 何の変哲もない表情で俺を見るアンジェ。神様から教わったのか、そもそもの常識なのかは知らないが、幸福ゲージの基礎知識を理解しているような素振りを見せる。


「そんな時はーーーー!! チャッチャラ―。《ソーマさんの脳内にいる幸福ゲージの声が聞こえるようになるハイレゾスピーカー!》」


 アンジェはハイテンションで猫型超高性能機器の物まねをしながら、ズボンのポケットの中からごく普通に売っていそうな小型スピーカーを取り出し、リビングテーブルに置く。


 天界にそのアニメ文化は定着していないのか、似ていなさすぎる。しかし、製品名の名前が長すぎるのはいかがなものか。最近のライトノベルのタイトルかよ。


「どうしたんだこんなもの」

「天使総会に行く前に駅前の電化製品屋さんで低価格で購入いたしまして、それを天界に持ち込んでちょいと魔改造させていただきやした」


 天使アンジェはヤンキー口調で何とも怖いことを言う。最初は良かったのに、最後のセリフが問題だ。魔改造ってなにそれ怖い。てっきりその単語は車やバイクにしか使われないものだと思っていたよ。しかももうそれはスピーカーではなくないか? なんて言えばいいのかはわからないが……。


「そういうことなんで、幸福ゲージ……ではなく、フクっちさん。声を出してもらってもいいですか?」


 アンジェはスピーカーの電源をオンにすると、音量のつまみを回す。


『あー。あー。え? すごい! 声が出てる! 口だけがスピーカーについてるみたい!』


 それはいったいどんなグロ画像ですか? ちょっと気になるじゃないか。


「どーも初めまして。天使のアンジェと申します」


 アンジェが俺の頭に向かってではなく、スピーカーに向けて自己紹介をささやく。


『ちわっす、あたしは幸福ゲージのフクっち。よろしく!』


 それに合わせてフクっちも簡潔な自己紹介をした。


「自己紹介終えたところ悪いんだけど、ちょっと整理させてくれないか? 起きてることが混とんとしていてよくわからん」


 俺はその二人のやり取りを見つつ、今まで使っていたスプーンを置く。そして口をはさんだ。


 今のところ完全に把握しているのは、堕天使アンジェが任務交代されることのみ。というかそれが歓喜すぎてその他もろもろの情報が入ってきていない。むしろ、来た情報を受け流してしまっている可能性がある。


「確かにそうですね。ではではフクっちさんも含めたところで今後のことについてまとめてみましょう。……それにしてもこれフクっちさんの顔がわからないってかなり不便ですね、これじゃ聞いてるのか聞いてないのかわからないです」


 アンジェはスピーカーをまじまじと覗く。しかしその黒のプチプチの先に何もいないと悟ると、すぐに自席に戻って箸をとった。


 確かにそれは悩みどころだ。実際、脳内にいても顔はわからないのだから。もちろんスピーカーが顔になる、とかいう超魔改造はされていない。


 しっかしアンジェさん、なんであなたが仕切っているんだ。普通苦情ばっかり来てたら再発防止に勤しむってのが定石だろうに。あ、ごめんなさい、一般常識が通らないんでしたねあはは。は?


『はいはい、聞いてます。始めていいですよ』


 遅れてフクっちの返答。


 そして柊城家のリビングテーブル上で人間一人、天使一匹、スピーカー一台の会議が開かれる。


「まとめるとですね――」

『うんうん』

「私は早く天界に帰りたい。そしてソーマさんは私を天界に追い返したい。なので利害関係は一致してるんですね」

「まぁそうだな」


 できれば、というより早急に帰ってほしいかな。


「しかし天界のルールで私はソーマさんの目標を達成するまで帰れません。――そこで一つ方法があります」


 アンジェが天高く人差し指を突き上げる。


『フクっちの出番ってわけね』

「そうです。幸福ゲージをマックスにすれば『なんでも願い事が叶えられる』。どんな夢でも不可能はないんです。だって神様補正ですから」


 だったらその神様補正で天界のルールを捻じ曲げればいいのに。


「んで願い事を『アンジェの強制送還』にすれば――」

「万事解決ってわけです」


 アンジェが俺のセリフを奪って、鼻高々と言い張る。


『ちなみにあたしはその後自動消滅するからねー』


 脳内寄生幼女が『消滅』だなんて怖いことを言うが、まあそうだよな。いる意味がないか。


「それでソーマさんの幸福ゲージは今何パーセントなんですか?」


 神様補正でもそれはさすがにわからないのか。スカウターとかあるような気がするけど。


「五パーセントだけど?」

「ん、違うみたいだよ聡兄。今表示させるね」


 フクっちはそう言うと、俺の視野の左下に緑文字を浮かばせた。


「ちょっと待て――あれ、七パーセントに上がってる。なんで? 上がったら自動表示にしてくれるんじゃないの?」


 確かに数字で『7』と書いてある。でもおかしいぞ?


『さっきそれでびっくりしてたからその機能消しておいたんだった。どうする、またつける?』

「一緒にあの効果音がついてくるのは嫌だな……、そのまんまでいい。で、どこで二パーセントも上がったんだ?」


 そんな幸せになるようなことあったかな……。


『履歴によると、スーパーの特売セールって書いてある』

「そんなことでも上がるのね」


 そう言えばあったな。おかげでアンジェに貢ぐ食費が軽く浮いたけれども。


「意外と上がるのが早いんですね、これなら一週間足らずで行けるはずです――だからソーマさん。即刻幸せになってください!」


 そんな狂気じみた「お幸せに!」は人生で一度も聞いたことがない。


 アンジェはテーブルに身を乗り上げる。顔が近いし、興奮しているのか分からないけどすごい熱気だな。


「努力するよ」

「あぁソーマさん。今日はもうごちそうさまにします」


 するとアンジェは勝手に手を合わせてそのまま席を立つ。


「どうしたんだよ。お前が食べたいっていうから買ってきてやったのに、全然食べてないじゃないか」

「……お腹一杯なんですよ。明日の朝ごはんに回しますんで冷蔵庫の中にでも入れといてください」


「お菓子の食い過ぎだな?」

「まあそんなところです」


 アンジェはそう言うと急いで自分の部屋がある二階へと戻って行ってしまった。


「ああ早く撮りためたアニメを消化しなくては」


 そんな声がしたが、いちいち俺はツッコまない。もう大人だからだ。


『ただアニメが見たかっただけみたいだね』

「アンジェのやつ……まあいい」


 明日から学校なのだ。アンジェの昼ごはんの作り置きということでいいだろう。


  ***


「風呂は本当に沸かしてくれたみたいだな」


 俺は風呂桶を開けて、湯加減を見る。どうやら一番風呂のようだ。


 あれ、でもさっき自分が先に入ったって言ってなかったっけ。見た感じ誰も入っていないんですが……。天使には垢ってもんは存在しないのかよ。


 当然興奮などするわけもなく、俺はゆっくりとお湯に浸かった。いやー、日々のストレスが蒸発していくようだ。最近肩こりも腰痛もひどくなったし、あいつはどこまで俺の身と心をずたずたに壊してしまうんだ。


 神様からのプレゼントが過酷な試練だとは……。あの時の俺に教えてやりたい。


 それにしても、

「ふぅ……幸せにって言われてもな」


 毎日こんなしょぼい幸せを積み重ねていくのかよ。もっと沢山上がるようなビッグイベントはないものか。例えば宝くじとかさ、くじ引き一等とか。


 俺は体中から巻き上げられたストレス体を放出するため、ため息を吐く。そしてそのまま下を向いた。


『小っちゃくね?』

「まぁ、幸せも小さなことからコツコツと……ってフクっちか。何の話?」

『ほれ、視線の先の』


 俺は今、風呂に浸かっている。足を延ばして座っている状態だ。さらに下を向いている。さてそこで問題です。俺の視界に映るものはぁぁぁぁぁっ――


「っだぁぁぁぁぁっ!」


 顎に強烈なパンチを喰らったときみたいに、思いっきり頭を真上に向けた。あまりの瞬間的な速さだったため、首が少々痛い。


『視覚共有って言ったじゃん』


 フクっちの嘲笑が脳に響き渡る。いやなんでテレビで俺のリトル聡馬を鑑賞してるんだよ。


『人が気にしてることをさらっと言うんじゃねぇ。そもそもなんでそんなのが分かるんだよ⁉』


 俺は落ち着くと、直接脳内に話しかける。このままだと風呂で一人でしゃべっているとんでもない奴になってしまうからね。


『基本データに載ってた』


 なんでそんなものが掲載されてるんだよ、なんの役に立つんだよ、もっと重要なことあっただろ。


 くそ、アンジェがいなくてもフクっちがいるんだった。あああ疲れるぅぅぼごぼごぼごぼ。


 またストレスが溜まってしまったため、俺は顔をお湯につけて消沈。


『じゃああたしも風呂入ってくるねー』

『風呂まであるんかい』


 どこまで俺の脳はいい物件なんだ。普通に住みたい。ごぼごぼごぼ。


『あ、忠告しとくけど覗いちゃだ、め、だ、ぞ?』

『誰が覗くか!』


 ってそもそもどうやって自分の脳内を覗くんだよ。ごぼごぼごぼ。


(二話終)


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