第15話 閑話
春野めぐるの記憶
4月×日(AM)
神様にお願いした、過去のすぐるとの再会。
いつ会えるかなんてわからない。
けれども、神様は約束してくれた。必ず会えるよ、と。
その言葉通り、私は何度も過去のすぐるに会った。
最初は小学生の時。
やんちゃそうなところが印象的だった。
お互いに小学生同士で、何の気兼ねもなく一緒に遊べた。
次に高校生の時。
中学生の姿になっている私が話しかけたら、恥ずかしがって逃げていってしまった。
人見知りが激しいのは変わらなかった。
でも、それからだろう。
彼には少し強引なくらいがちょうどいいと感じた。
何度か話しかけていくうちに彼も心を開いてくれて、ほんの数日だったけど、充実した日々を送れた。
そして、今。
眩い光に包まれて、気が付けば、見覚えのある電車内に座っていた。
朝のラッシュ時で少し混んでいる。
ここはどこだろう、と外を眺めると、見覚えのある風景が広がっていた。
そうか。
ここは大学時代に利用していた電車の中なのか。
私は瞬時に悟った。
今の私は大学生なのか。
慌ててバッグの中にしまっていたマニュアルを読む。
時間を超えるタイミングはランダムで、いつどこに飛ぶかはわからないと書かれていた。
そして、彼との出会いもいつになるのか。
と、そこで電車が揺れた。
その反動で目の前に立っていた人が急に接近してくる。
顔を上げてびっくりした。
接近してきた相手は、過去のすぐるだった。
私と出会う前の、大学生の彼。
まさか目の前にいるだなんて思っておらず、固まってしまった。
大学時代の彼。
私のまだ知らない、彼。
「え、と……」
声を発すると、彼はすぐに姿勢をただして「すみません」と謝ってくれた。
ああ、本当に彼だ。
声も、仕草も、何もかも。
神様は必ず会えるよと言ってくれたけど、まさかこんなに早くだなんて。
いそいそとマニュアルをバッグにしまい、呼吸を整える。
まずい。
いきなりすぎて声が出ない。
どうしよう、どうしよう。
慌てふためいていると、駒大駅に到着した。私が通っていた大学の駅だ。
私は即座に立ち上がり、目の前の彼を見た。
やっぱり。
やっぱり、すぐるだ。
昔のすぐる。
ヤバい、顔が赤くなる。
すぐに電車を降りて、顔をあおいだ。熱い。心も身体も。
こんないきなりだなんて、神様も人が悪い。
せっかく会えたチャンスを棒に振ってしまった。
あー、どうしよう。変な女だと思われたかもしれない。最悪だ。
4月×日(PM)
大学まで追いかけるのはまずいと思って、駒大駅で彼が電車の乗って戻ってくるのを待つ。
なんだか、ストーカーみたいで引かれそうだけど、でも、やっぱり会いたかった。
大学生の彼。
初々しくて、かわいかった。
見つけられるかな? と思ったけど、すぐにわかった。
すごいぞ、私!
慌てて電車に飛び乗ったはいいものの、やっぱり緊張する。話しかけられず、向かいのシートに座った。
まずい、変な女だと思われてるかな?
ドキドキした。
彼がどこまで行くのかわからない。とりあえず降りたら声をかけよう。そう思った。
けれども、彼はいっこうに降りる気配はなく。
どこまで行くんだろう、と思っていたら、終点についてしまった。
それでも、動かない。じっと座ったままだ。
なんで?
どうして?
もしかして私が追いかけてることに気づいた?
じっと見つめていると、彼は急に立ち上がって電車を降りた。
慌てて私も降りる。
駅には人はいなかった。
私は……
思い切って彼に声をかけた。
4月〇日(AM)
うあああああ!
今日は彼と初デート。
いきなりすぎたかな?
肉食系と思われてるかな?
どうしよう、緊張する。
何、着てこう。
服は神様が指ぱっちんでなんとかしてくれるけど、やっぱり悩む。
二十歳の頃、何を着ていたかなんてもう覚えてない。
とりあえず、子供っぽい服装でのぞんだら、彼は一気に大人っぽい服装でやってきた。
ヤバい、裏目に出てしまった。
子供っぽく思われたらどうしよう。
でも、彼はたくさんたくさん褒めてくれた。
「惚れちゃうよ」と言ってくれた。
すごく嬉しい。
やっぱりすぐるは、最高の人だ。
4月〇日(PM)
なんてこと!
告白された!
すぐるに。あのすぐるに!
嬉しい。
人生で同じ人に2回も告白されるなんて、私は幸せだ。思わず泣いてしまう。
でも、すごく不安だった。
私はもうじき、いなくなる。
私は彼の思いを踏みにじってる気がする。
そう思うと、すごく切なくて……悲しかった。
でも今は……。
残された時間を彼と共に過ごそう。それが私の最期の願いなのだから。
4月△日
彼に、ばれた。
私が未来の妻だということが。
どうして彼があの公園にいたのかなんていうことは置いておこう。
問題はこれからどうするか、だ。
幸い、マニュアルでは人にばれても問題はないそうだ。なぜなら、私が死んだらすべての記憶が消えるから。それを未然に防ごうとした場合にだけ、私は消される。
けれども、彼は怒らなかった。
優しく抱きしめてくれた。
「何かしたいことはあるか」と聞いてくれた。
いつも。
いつもいつもいつも。
彼は優しい。
本当は怒ることなのに。絶対、怒るはずのことなのに。
なんで、そんなに優しいの?
泣けてくる。
さらに彼は言った。
「私の手料理が食べたい」と。
普段の彼なら、絶対に言わなかった言葉だ。それが余計に嬉しかった。
すぐる。
私はあなたと出会えて、本当によかった……。
4月…日(最期の日)
ふと、目が覚めた。
すぐるの温もりに包まれたベッドの中で、私は目が覚めた。
空はまだ暗い。
床の上では、すぐるが眠っている。その頬に、涙が伝っているのが見えた。どんな夢を見ているんだろう。
よいしょと起き上がり、部屋の掃除をはじめる。
昨日の食器も洗わなきゃ。
おいしくないカレーを作って、ごめんね。
いろいろと片づけていくうちに、ものすごい不安が押し寄せてきた。
そうだ。
私はあと半日で……
死ぬ。
そう思った瞬間、私の中で何かが弾けた。
私は今、何をやってるんだろう。
死ぬ前の身辺整理?
彼のための、最後の奉仕?
私は、いったい……。
何をしてるんだろう。
彼の記憶に一切残らない私。
私との想い出がすべて消される現実。
私の存在意義はどこにあるのだろう。
そう思うと、すべてが虚しくなってきた。
私は、死ぬ。
存在していたことも、なくなる。
私は。
私は……。
気が付けば、私は書置きを残して彼のアパートを飛び出していた。
死にたくない!
生きていたい!
今になって、死ぬのが怖くなった。
すぐるとの未来、まだまだ続くであろう未来は、永遠にこない。
そう思うと切なかった。
絶望しかなかった。
なんで……。
なんで……!!
誰か、助けて。
すぐると初めて歩いた桜並木公園。
そこでぼんやりと池を眺めていたら、すぐるの声がした。
はじめは幻聴かと思った。
けれども、顔を向けた私の目に飛び込んできたのは。
すぐるだった。
いなくなった私を追いかけてきた、すぐるだった。
「めぐる!」と彼は叫んでいた。
必死に走ったであろう顔を見て、私は心が張り裂けそうだった。
「すぐる!」
思わず、叫んでいた。
走って駆け寄ってくる彼に、全力でぶつかりたかった。
すぐる。
すぐる!
すぐる!!
彼の胸に飛び込んだ瞬間、私は悟った。
私は虚しくなんかない。
彼がいる。
こうして胸の中で抱かれている。
虚しくなんか、ない。
私は、すぐるのおかげで旅立つ覚悟ができた。
ありがとう、すぐる。
本当にありがとう。
大好きだよ。