第11話
それから、僕らは毎日のようにデートを重ねた。
それこそ、何度も何度も。
大学の講義は必修科目だけ出て、選択科目はほとんど無視した。もともと、卒業単位は必修科目だけで十分足りている。大学4年ともなれば必修科目も少なくて、僕は1日の大半をデートに費やせた。
めぐるのほうは、不思議なのだがほとんど大学に通っていないようであった。
大学1年といえば、一番大事な時期だろうに。
僕は何度も何度も「出たほうがいいよ」と言ったけど、彼女は「大丈夫」と答えるだけだった。
そうそう、肝心の夏目。
あいつにもめぐるを紹介した。
夏目は彼女を見た途端
「秋山なんかより、オレと付き合え!」
とのたまった。
あの野郎、あれだけ「とるわけがない」と言っておきながら。
思わずチョークスリーパーをかまそうと思ったら、めぐるは毅然と言い放った。
「私はすぐるのことが好きなので付き合えません」
その一言に、僕は全身を真っ赤に染めながら、逆に夏目にヘッドロックをかまされた。理不尽極まりない!
でも、本当に僕のことが好きなのだとわかって、嬉しかった。
そんな幸せな日々が、2週間ほど過ぎたある日、
事件は起きた……。
その日はたまたま、遅くまで大学に残ってゼミの資料集めをしていた。
宮沢賢治の代表作『銀河鉄道の夜』。
その作品についての論文を作り、みんなの前で発表することになっていたからだ。
大学の図書館でいくつかの資料を読み漁り、必要だと思えるものを借りる。普段はほとんど空っぽの鞄も、この時ばかりは分厚い本の束でパンパンになっていた。
残念ながらめぐるとは今日は会えなかった。
いや、数日は会えないだろう。論文の発表日は近い。
それを書くため、しばらくはアパートに缶詰状態になってしまう。
それでも、今日1日会えなかっただけで胸が苦しくなるほど切なかった。
昨日会ってるにも関わらず、何年も会ってない感じがした。
1日でこの調子なら、数日会わなかったらどうなるんだろう、とちょっと不安になってくる。
「ちゃっちゃと終わらせよう、ちゃっちゃと」
ちゃっちゃで終わるわけもないのだが、僕ははやる気持ちを抑えつつ、帰りの電車に飛び乗った。
30分ほどでかしわ駅に着き、改札を出る。
いつも彼女と別れる場所で、めぐるの姿を思い浮かべながら北口に目を向けた。
「いるわけないか……」
時刻はすでに18時。門限のある彼女がここにいるわけがない。
そう思った矢先、駅前のコーヒーショップから出てくる彼女の姿を見つけてしまった。
「……?」
なんで? と思った。
なんでこの時間にここにいるの? と。
門限は18時じゃなかったのか。
彼女は僕の存在に気づかず、北口を目指して歩いて行く。
僕はなんだか言いようのない不安にかられてあとをついていった。
めぐるは、いつもの軽快な足取りとは違い、かなりゆっくりと歩いていた。
そして僕に気づかないまま、どんどん進んで行った。
僕は北口へはあまり行かないため、具体的に何があるのかよくわからない。
彼女はそのまま、人気のない公園まで来ると、公衆トイレの中へと入って行った。
僕は物陰に隠れて様子を伺っていた。
時間にして、5分くらいだろうか。
ずいぶん長いな、と思っていたら、僕は信じられないものを見た。
ひょっこりと公衆トイレから出てきためぐるは、急激に大人の女性へと変わっていたのである。
大人、といっても30歳くらいの美女。それもとびきり美しい姿だった。
とはいえ、20歳くらいの彼女が、突然30歳くらいの美女に変わっていることに、僕は驚愕していた。
なんだ?
どうなっているんだ?
呆然と立ち尽くしたまま、トイレから出てきためぐるを目で追う。
彼女は、近くの公衆電話に入るとどこかに電話をかけた。
僕にかけてくるのか、と一瞬焦ったものの、僕のスマホは沈黙したままで、電話ボックスに入る彼女は何やら誰かとしゃべっているようだった。
彼女は何か重大な秘密を隠している。
僕はそう直感した。同時に、めぐると出会った頃の記憶を思い出す。
彼女は初めから僕のことを知っている風だった。
いや、全然そうとは気づかなかったけれど、今になって思えば僕のことを知った上で声をかけてきたのだと思った。
でも、だとしたらなんで隠す必要がある?
知られてはいけない何かがあるのか?
それも、突然、大人びたことに関係があるのかもしれない。
僕はどうしても確かめたくなって、電話ボックスから出てくるめぐるを待った。
ほどなくして彼女は受話器を置き、電話ボックスを出る。
「めぐる」
声をかけた僕に、彼女は「ひっ」と声をあげた。
「す、すぐる……!?」
「やっぱり、めぐるだ」
「ど、どうしてここに?」
「それは、こっちのセリフだよ。どうしてこの時間に君がここに……。ううん、その姿は……なに?」
他にも言いようがあるだろう、と思いながらもその言葉しか出なかった。
正直、少しキツイ言い方だけど、頭がうまくまわっていない。
「え、と……。その……」
めぐるは目をキョロキョロさせながら、困った顔をしていた。
「ごめんなさい」
逃げ出そうとした。
すぐにその手をつかまえて、そのままグイっと引っ張る。
その勢いで、僕の胸の中におさめた。これで、逃げれらない。
「ごめん、別に言いたくなかったらいいんだ。でも、僕は知りたい。めぐる、君は本当は最初から僕のことを知っていたんじゃないの?」
「……」
彼女は答えなかった。
ブルブルと肩が震えている。
怯えているのか、何かを恐れているのか、それが余計に切なかった。
でも、それでもよかった。
この胸の中にいる彼女からは、甘いバラの香りがした。
どんな姿でも、たしかに彼女は春野めぐるだった。
「すぐる……」
しばらく抱き合っていると、彼女の肩から震えが消え、そしてポツリと言葉が発せられた。
「ごめんなさい、私、隠してたことがあるの」
そのあとの一言に、今度は僕の肩が震える番だった。