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Hopeless hope in Hope 9

「……女が部屋にいるのに、ノックもしないで入ってくる。ゲスな行いだとは思わないか」


 僕が気絶している間に着替えたらしく、修道服に身を包んだ顔を赤くしたままのシスターは、不機嫌そうに絶賛土下座中の僕を見下ろしながら両腕を組んでそう問いかけてきた。


「思いますぅ。僕はゴミカスですぅ」


「ああそうともクズめ。百歩譲って部屋に入るのは仕方がなかったとしても……神の教えによれば、淫らな気持ちをもって女を見れば、それはその女を犯した事になる……即座に目を逸らさなかったのは君の下劣な本性によるものではないか?」


「美しいものからは目を逸らせないものなんですぅ」


「そんな言葉で誤魔化せると思うなよ」


 ほんとですぅ。あまりに綺麗なお尻だったんでついじっくり見ちゃったんですぅ。

 ホクロ一つなくてびっくりしちゃったんですぅ。


 ……『じっくり見た』なんて言ったらまたモノか拳が飛んできそうだし、流石に口には出さないけれど。


「……どちらにせよ、二度目はないぞ。重々気を付けなさい」


 ぷいと横を向いたシスターの顔はまだちょっぴり赤みが残っていて、今までの印象を覆す程度には可愛かったが、いかんせんまだ顎がガックガクなため余計な事は言わないでおく。

 意外とチョロそうな気がしないでもないが……こりゃ単純に貞操観念が強いだけっぽい。

 僕に対する嫌悪感はどうも大層根深そうなので、これ以上つっこめば痛い目を見るのは僕の方だろう。


「しかし……何故この時間に帰ってきている。ソプラノには会わなかったのか?」


 ……誰さ、ソプラノって。

 聞いた事の無い名前であるから、正直に――そうさ、僕は正直な男だ――問いかける。


「……どなたですか、そのソプラノってのは」

「……」


 当然の疑問を口にしたつもりだ。

 しかし彼女は眉根を寄せて、いまいち納得がいかないというような表情を浮かべたまま暫く瞑目して。


「因果がれたか。蛇の仕業か、それともカイネか……こんな事はそうそうありはしないのに、面倒な話だ」


 とだけ零した。

 その唐突に出てきた単語、『蛇』と『カイネ』……これは確か、あの謎子供たるヤヌスちゃんが言っていた事と合致する。

 聞き覚えがあったこれらについて、シスターは何か知っているのだろうか……そうであるならば、と、ちょっとばかし追及してみたい。

 土下座を解いて正座の姿勢に移行した僕は、彼女に問いかけてみる。


「あの、シスター。お伺いしたい事がございまして」

「黙れ」


 黙れだとさ。まあいいけどさ。

 ……また今度、ご機嫌がよろしい時にお伺いいたしますぅ。


「まあいいさ。さて……この街に来てから暫く経った。己と人間を知れと言ったが、少しは何か掴めたか?」


 その言葉を聞いて、即座に思い出すのはフラウトちゃんとのディスコミュニケーション。

 あんな小さな、それも僕と同じか、それ以上のハンデを抱えている娘でも、自分の道というものをしっかり持っていて……そして僕は、その事実に嫉妬した。

 何も持てないまま、僕はここにいるという存在を再認識した。

 ……バッカスさんは、自分が自分であるために胸を張れる何かを探せと言ったけれど。

 既にそれ・・を持っている相手を見つけた時に僕が自分の中に感じたのは、誰かを妬ましく思い、こちら側に引きずり降ろそうとする醜い本性だけだった。


 ――何か掴めたかって?

 自己嫌悪だよ。それだけだ。


 ……正直に、思った事をシスターに伝える。なあ修道女やい、僕の悩みってのは一般的なものかね。

 神様とやらは、こんな惨めな僕の事を許してくれるもんですか?


 すると彼女は。


「ハッ……なんだ、百点満点じゃないか」


 ……先ほどまでの照れや恥じらいなどは全くなかったかのように、予想通り、希望通りだと言いたげに。

 表情を笑みの形に歪めて、シスターは満足げにそう言った。


「そうさ……良く分かったね、偉いぞ。他人ってのは綺麗に見えるものだ。そして自分と比較しては、落ち込む……それは、とても自然な事なんだ」


 アルカイックスマイルのままシスターは、そっと優しく正座をしている僕の頬をさすり、耳元に口を近づけてくる。


「人間は、君を傷つけるために存在している。すべからくだ。そうあるべきだ」


 耳たぶを軽く撫でられて、鳥肌が立ったのを見て満足したのか、ス、とすぐに僕から離れるシスター。


 ……どっかしらに、慰めの意味やそれに類する何かが彼女の言葉の中に込められちゃいないかと、そんな期待をもって、彼女の目を覗き込んでみたけれど。

 そんなものは一切なかった。

 彼女は、ただ、僕が傷ついた事を喜んでいた。

 まるで、上手い事復讐が果たせたような顔で、彼女は僕の心の傷を歓迎していた。


「君が人間でいたいのなら、よくよくその事を覚えておくがいい。君以外の人間は皆美しく、その中にあって君だけはひたすらに醜い。常にその劣等感を感じていられるなら……君はまだ、人間でいる事が許される」


 そして、いかにもわざとらしく聖職者の様な表情をその美しい顔に無理やり形作って。


『主は無垢なるお方。全てに平等に愛を注ぎ、全ての民に平等にお叱りをくださり、真っ直ぐな道を進ませてくださるのです』

『その痛みに感謝しなさい。貴方は許されることが無い。主の言葉をその身に預かるまでは決して許されることが無い』

『主の御心を体現する、救世主がこの世に現れるまで、その身に降りかかる鞭を喜んで受け入れなさい』

『その痛みは、主のお叱り。喜んで受け入れなさい』


 聖典を説く教父のように、内心の僕に対する憎悪を隠そうともしないで、そう言った。

『私の叱り』を喜べと、そんな狂気を孕んだ目付きで。


 ……今までになく、自分の内面を晒すシスターは、今までで一番美しかった。




 ……寝る前にぼそりとそれを伝えてみたら、蹴っ飛ばされた。

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