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Hopeless hope in Hope 6

 ……フラウトちゃんとのお話タイムの途中で、司祭さんが彼女の事を心配したのか顔を出してきて、ようやく僕は彼に御挨拶することが出来た。


 優しそうな顔をした、顎髭を蓄えたそのお爺ちゃんは、不審者丸出しの僕を見ても嫌な顔一つせず。

 ただ、傍らにいたフラウトちゃんの表情を見て、何故か頭を下げてくれた。


「今日は暖かいが、身体が冷える前に戻りなさい」


 ……それだけ言って、僕らから離れていったのが印象的だった。


 頭を下げたいのは僕の方だってのに。

 自分がどれだけ卑しいか、綺麗なものを前にしてしまえば否が応にも気づいてしまう。


 ……別に、彼女は神様になんかなりたくないだろうし。

 僕にそう思って欲しくもないだろうし。

 僕自身、そこまで、こんな子供に対して歪んだ情念を向けるほど思いつめているつもりも……ない。


 ただ、尊いものがあまりに近くあるのは……汚れた人間には、ちょっとばかり堪えるって、それだけの話だ。


 結局、とうとう、彼女もこちらの気分の落ち込みに気付かないふりをするのに限界を感じた様子を見せたので。


「……そろそろお暇します。今日は、なんか、ごめんね」


 そんな僕の言葉を素直に受け入れてくれた。

 ……全くもって、申し訳ないにも程がある。こんな小さな少女に気を遣わせて……僕は、本当に真人間になんかなれるもんだろうか。

 彼女の綺麗な目標より下も下、まず僕は、人に誇れる何か一つもない。

 それどころか、蔑まれるような要素を潰していくのが精々だろうってのに、それすらもまっとうできないってのか。


 どこまでもみっともない事である。



 ――よく分からない何かに……勝手に自分から這い出した醜い中身に、僕は無為にショックを受けていた。

 ちっちゃな彼女のおっきな目標に、それを掲げる事の出来た彼女の心の強さに、僕は何故か、ひどく打ちのめされていた。


 去り際にフラウトちゃんが、そんな情けない僕の背中に向かって声を掛けてきた。


「……発表会が上手く行ったら、私はこの街から出て行っちゃうから、もう会えなくなるよね」


 いつもの、「またね」とは違う……だけどきっと意味は同じで、より切実なその言葉。

 彼女と会う事が出来るのは、きっと明日が最後になるだろう。

 ……僕は何も言えずに、片手を上げて挨拶に代えた。


 それ以外の事をする気力なんて、残ってなんかいなかった。



 ――教会を出てからは、ふらふら、ふらふらとあちらこちらを意味もなく歩いて回った。


 普段だったらついつい見るだけで涎を垂らしそうな定食屋の看板も、ボロボロすぎて買い替えたい靴や肌着、それらを売っているお店も、ただ目の端を通り過ぎていく。

 なんの感慨もわかない。


 ただあれだけの……思わずフラウトちゃんに言ってしまったあの一言が、思いのほか僕自身の心を叩きのめしていた。

 いや、今もだ。すりこぎで念入りに磨り潰すかのように、まるで誰かに自分の罪を延々懇切丁寧に説明されつつ説教されているかのように。

 あの言葉が……言ってしまったからには取り返せない、あのどこまでも恥ずかしい発言が、僕の頭の中でリピートしている。


 ……嫉妬だ。

 どこぞの誰かに指摘されるまでもない、僕は自分の不実さを棚に上げて、彼女にあんな事を言ったんだ。

 なんでかって、決まってる。

 彼女に……あんな小さな子供に、自分のいる惨めな場所まで降りて来い、落ちて来いと、そう言ったに等しい。


 ……恨めと。

 形の無い神とやらを恨んで、そのたまった欝憤を吐き出してみろと、僕はそうやって、あの綺麗な子に縋ったんだ。

 そうすれば、まるで自分は救われるんだと言わんばかりに。


 そんな切実な本音があんな事を僕に言わせた。


「……最低だ」


 どうしようもなく最低だ。あんまりだ。酷すぎる。


 ……あーあーあー。


 惨めすぎるだろ。

 なあ神様。どこまでもしょっぱい、駄目な自分を慰めちゃくれまいか。ねえ神様。

 あなたを讃えてみれば、こんなくっそくだらない、だけどどうしても頭から振り払うことが出来ない、切実な苦しみから逃れさせてくれるもんですかね。

 なんなら本気で入信してやろうか。それとも、こんなきったない人間は門前払いでございますか。


 へん。


 ……ねえシスター。自分を知れと貴女はそう言ったけど。

 僕はこんな自分の本音、知りたくなんかなかったよ……。


「――いと高くおわしませ、主は尊く……ってか」


 ぽつりと、拍子をつけて呟いてみたが。

 ……やっぱり僕にゃガラじゃなかった。

 神様なんか。そう思う。


 軽く頭を振って、舌打ちしようとしたけれど……自分の惨めさが増す気がしちゃって、結局それすら横着をして。


 猫背のまんま、とぼとぼと宿へと戻った。







 ――貴方は聖歌が好きですものね。旧世界の物真似をしたあの憎らしい歌が――


 ――……好きになってしまったものはしょうがないから、私も何も言いませんけれど――


 ――別に、感情まで納得している訳じゃないのよ? その点は分かっておいてほしいわ――


 ――縋る相手を間違えているのではないかしら。ねえ、私の愛しい坊や――?


 ――そうやって最後に辛い思いをするのは、自分なのよ――?

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