Hopeless hope in Hope 2
『ここはホープ、希望の街さ』
『……人々から前を向いて生きる心が失われていた第一次フォルクス戦役後、人々の希望になる事を願って付けられた名だ。ここは最初に復興した場所だったんだよ』
『そんな時だったからね、サリアの介入をこの国は到底防ぐことなど出来なかった』
『ため込んでいた物資を、サリアは……我々は惜しげもなく寄付したのさ。してくれたとも。そりゃあ……民衆はサリアに傾倒するよ。何せ、あの時代の王は無能だった』
『それまでは、魔族らに蹂躙されるのを見て見ぬふりをしていたくせに、安全なところにいたままで……誰が仕組んだ戦争だったかなんて、フォルクスの民はすぐに忘れたのさ。暗黒時代に自分達が、セネカとどれだけいがみ合っていたのかも忘れて……ああ、口が滑った』
『……そういう経緯があったからね。この地方を区切りとして、首都から離れるほどにこの国ではサリアの影響は強い。教団の指が住民の心をむしり取っていったんだよ、ここから北東……教団の本拠である国、セネカの方向に、土を抉るかのように』
『さて、君の進む行程だが。一つ目の街がここホープ、二つ目がステイシスプール。三つめがナラカを予定している。寄り道せずに、真っ直ぐにセネカに向かうルートだ』
『……国境沿いには、アヴィーチがある。フォルクスの王の弟が治めている領地だ』
『そこを過ぎれば、セネカに入る。近くには、勇者の生まれ故郷もあるから、見学していってもいいかもね』
『……君にはぴったりの旅程だと……そう思うよ』
宿で朝ご飯を食べながらそんな事を言った後、案内人たるシスターは、僕をホープの中心部に放り出して行った。
慌ててどこへ行くのか聞いてみても、背を向けたまま片手をひらひらして歩き去ってしまうのみだった。
……いや。
聞こえるか聞こえないかの声でぼそりと、「神の導きがありますように」……だってさ!
酷い話だ。
職務怠慢である。
育児放棄の体である。こんな事は許されますまい。
ネグレクト! ネグレクト!
……どこへ行こうか、と一瞬悩んだものの、まずは何よりこれまでの疲れを落としておきたい……そう思う。
ウルスラからここに到着するまでは割とあっという間だったけれど、何せずっと野宿だったのだ。
そも、僕は物乞いであった。ウルスラにいた頃から野宿だったのだ。
昨日の宿で漸く湯船に入れたけれど、せまっ苦しくて本当に野菜でも洗うかのような気持ちで自分の身体を流したものである。
人間の嗜みとして、日頃の垢を思う存分に洗い流しておきたい。
そう思って、お風呂屋さんを探し求めて一刻程ふらふらするが……無い。
どこにもお風呂屋さんが無い。
そんな馬鹿な。
「ええ……お風呂の気分なのにお風呂が無いってどういう事……? なっとらんね。なっちょらんよこの街は。それとも、国ごとにそういうのって文化が違うのかしらん」
……おっかしいなあ。インディラにはあったのに。
前に、片腕で上手い事体も洗えない僕を見るに見かねて、リリィさんが背中を流してくれ
――メインの通りをある程度見て回ってみたけど、お風呂屋さん、やっぱりないなあ。
しょうがないね、どこぞとは文化が違うんだろうからしょうがない。
昼間っからおっきな湯船につかるのは最高の娯楽だろうに、それが叶わないとなれば……いかにすべきか。
バッカスさんだったらお酒でも飲むんだろうが、僕はそんなにアレが好きではない。よって酒場は却下。
もう宿屋に戻ろうかな、なんて考えていたところ……ふと、耳に優しい歌声が聞こえた。
どこかで聞いた事のあるような……まるで、お母さんがいたとしたら、子供を寝かしつける為に子守唄を歌ってあげるような、そんな声。
微かに聞こえてきた歌を頼りにそちらの方へ向かっていくと、必然的に段々と、耳に届く声は大きくなっていく。
最後の垣根からひょっこり顔を出してみると、一人の女の子の横顔が目に入った。
彼女は胸に片手を当てて、もう一方の片手を誰かに届けというかのように脇に開いて、歌に没頭するかのようにそっと目を閉じていて。
楽し気に体を揺らしながら、優しい声で、美しい歌を歌っていた。
「――いと高くおわしませ、主は尊く」
彼女は、何度かこのフレーズを、同じような拍子で繰り返していた。
――いと高くおわしませ。主は尊く。
我が身より離れがたき原罪を、肉に食い込み血まで侵す罪の鎖を、その一滴の雫で洗い流してくださいますように。
罪深き我々が迷わぬよう。
主よ、我々が迷わずあなたの御許にまかり越すことを、お許しくださいますよう。
喜んでくださいますよう。
主よ、無垢なるあなたの従僕に相応しくあるようこの身を正されんことを。
あわれんでくださいませ。
あわれんでくださいませ。
あなたにまつろう子羊のなき声を聞き入れてくださいますよう――
どこかで聞いた事のある『ような』――じゃなかった。
間違いない、僕はこの歌を知っている。だって……。
――あなたの杖が指し示す先に向かい――
ああ、ほら。
やっぱり……。
「「真っ直ぐな道が敷かれますように――」」
歌詞の続きが、自然に頭に浮かぶんだ。
……思わず口ずさんでしまったが、当然というべきか。
「だ、誰……?」
今まで気持ちよさそうに歌っていたその女の子が、酷く警戒した様子で、こちらに顔を向けていた。




