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Hopeless hope in Hope

 ――衝撃のファーストコンタクトを済ませた後、先導するシスターを追いかけ、彼女の放つ拒絶感から空気を読めないなりに隔意を感じ取った僕は、距離を空けつつひょこひょことついて行ったところ、日が落ちる頃にウルスラから数えて一つ目の街、ホープに到着。


 道中の会話はほぼ僕からの積極的アプローチに終始したものの、返答はなしのつぶてであった事だけ申しおく。

 思い出しても愉快な話ではないのだ、無視され続けたって言う事実は。


 『ねえ、やっぱりお名前教えてくれません?』

 『どちらの出身なんです?』

 『……す、好きな食べ物とかってあります?』

 『ご結婚などは……あ、いえ、すみません』


 彼女からの反応と言えば、精々が、よくて、『うん』『ふん』。

 他は『……』。

 僅か半日にも至らない彼女との旅行きの中、割と苦行を味わった気がする。


 しかし彼女にとっても、流石に案内人としての矜持が僅かなりとも残っていたものか。

 とある話題を端緒とすれば、少しばかり反応があった。



「――知ってるだろう? ギフトって奴だよ。それこそが、アイツが教団に籍を置いている最大の要因さ」


 洗い髪を布で拭いながら、そう言って彼女はベッドにぽすんと軽やかに腰かけた。


 ……宿の割と上等な部屋(驚いたことに二人部屋だ。シスター自身嫌そうな顔は隠さなかったので、これはどうも、僕を監視する意味合いでの彼女にとっても不本意な帰結らしい)でお風呂に入った後、身体の汚れを落とせた上機嫌からか、珍しくもシスターの方からお返事が来た。


 僕らに共通する話題と言えば、まあ、バッカスさんの事くらいなもので、ふと彼が……あんないかにも粗暴そうなお髭さんがなんでまたサリア教とやら宗教組織に属してるもんか聞いてみたところ、上の様な端的な言葉が返ってきた。


 ふんふん、ギフトね。

 知らないよ。

 何それ。


 ……ああ、いや、聞いた聞いた前に聞いた。お酒飲まされた時に聞いた話だからパッと出てこなかったけど、バッカスさんが言ってた。

 神様の力を授かり、人の世をよりよくするためにそんな不思議な力を与えられることがあるって。んで、そんな力を持つ人間の中でも選りすぐりの、神敵の討滅者が……。


「使徒って方々が持ってる、神様から頂戴した特別なパワーというか、才能というか……でしたかね」


「……大体正解だ。それもバッカスに聞いたのかい?」


「ええまあ。……それを聞いたとき、ちょびっと思ったんですよね」


「何を?」


「神様ってのは、偏屈と言うか、依怙贔屓えこひいきする性質タチなんですかねえ。選ばれしものに力を与えるって……耳障りは良いけどさ。不公平な感じがして」


「ハハ! ははは、面白いなその考えは……成程、本質的だ……君に少し、興味が沸いた」


 またもや珍しくも……というか、彼女の笑顔は初めて見た。

 暫く何度か、ふふと含み笑いをして、また彼女は「興味深い」と、そう呟いた。


「まあ、バッカスは奴なりに信仰があるようだが……教団があの素行の悪い酔っ払いを厄介払いできないのはね、ギフトの利便性、有用性を重視しているから……そこに尽きる」


 ……アイツ自身の思想などさしたる問題ではない。敵に回る事の方を恐れているようだが、それは見当違いにも程がある、奴が人間の敵になど、今更なれる筈があるまいと。彼女はそう続けた。


 シスターは笑いを絶やさぬまま……その顔は酷く、無邪気というにはなんというか酷いもので、だけどそう――嘲笑に塗れてはいたものの、稚気に溢れていて美しかった――ともあれ彼女は言葉を継ぐ。


「さて、賢くはないが鋭い君に、一つ面白い話をしてあげよう」


「ほほう、いかなる?」


「君の言うとおりさ。神様は、依怙贔屓なんかしない。平等に、興味なんかないのさ。人間なんかに。我々などには」


「へええ……へえー? はえー何それ、夢の無い事をおっしゃるね」


 そもそも僕は神様の定義すらいまいち把握していないところがある。

 全知全能、人間を救ってくださる、しかしまつろわぬ者には寛容でない。


 ……『寛容でない』。

 いかにも人間的な存在で、そんなもんが人間を律することが出来るのかな、と。

 正直なところ、そんな捻くれた意見を持っている。


 挙句、シスターの言う事にゃ、なんだ?

 人間に興味がないなんて……。


「だってそうだろう? 神はそうさ、人に興味はなかれども聖典曰く、『人の栄える事を望まれた』んだ。特定の誰かが栄えるのは、またちょっと違う話になる。それはただの、それこそ個人主義的な都合論だ。神の言い分としては相応しくないだろう?」


「んー……」


 ……んー?


「まあ、そう言われればそうかもですけど」


「神は人に不相応な力を、それも無分別に与えはしない。……ギフトを配ったのは悪魔だよ」


「はあん」


 ……はあん? 悪魔?


 悪魔が……何?

 そもそも悪魔って、何?


「悪魔が、ですか。悪魔がなに、なんかすごい力を使徒様に与えて? それでなに、使徒様は悪魔から貰った悪魔的な……後ろ暗い力で神様に奉公するの?」


 意味分かんない。

 興味深くはあるけれど、意味分かんない。

 そう思ったが、彼女の口から続けて飛び出した言葉は、予想外のものだった。


「違う違う……ふふ、神様の力をね、悪魔が分け与えたんだよ。気前よく、考え無しにね」


「はあーん……?」


「それはもう悪魔のやる事だ、相手は誰彼構わずさ。何せ……おっと、喋り過ぎた……とにかく、そんなところだよ」


「……一つ、基本的なところを伺ってもよろしくありますか?」


 随分とぶっ飛んだ話を聞かされている気がする。

 常識の無い僕にだって、これ、末端レベルのモンが聞いていい話じゃないだろ。真偽はどうあれ、異端審問とかにかけられない? 大丈夫?


 ともあれ。

 こんなトンデモ説をぶち上げるなら、確認すべきはまず。


「なんで神様が、悪魔に力とか、そんな権限を与えたの?」


「おっと、途端につまらない言葉が出てきたね。少しは自分で考えてごらん。少なくとも自分は……嘘を教えたつもりはないよ」


「……なら、答えは一つじゃないですか」


「言ってごらん」


「神様は、人の為にある。ここまでは合ってます?」


「……まあ、それでいいんじゃないか」


「悪魔は、人を害するためにいる。これは?」



 ……そう、さっきの疑問。『悪魔って何?』だ。

 人を害する神の敵……そん位は僕だって知ってる。重要なのは、『彼女が悪魔をどう思っているか』……。

 勘でしかないけれど、これはちょっとしたキーワードな気がする。


 そもそも、この話題に関してシスターは、妙に饒舌になっている。


 ……彼女は、神様という単語を出したときより、悪魔というものについて語りだしたときの方が……。



 ――瞬きの回数が増えた。

 脚を居心地悪げに組み替えた。

 一瞬だけ目線の泳ぎを隠すように、手を上げかけて、下ろした。


 ……ねえ、シスター。

 悪魔って、何だい?

 いや……『誰』なの?


「……近くはあるかな……うん、成程、言いたいことが少し読めた。続けてごらん」


「相反する者に、神様がそんな事をする理由がないとなれば……」


 ――悪魔が、神様の力を奪って、それを人に与えた?


 そう聞くと、彼女は、ふいとそっぽを向いた。


 そして、是とも非とも言わず、また一つ、喉を鳴らすように笑った。

 それが少し腹立たしくて、もう少し思いついた戯言たわごとを続けてみた。


「まあ、神様が悪魔に出し抜かれるって辺り、どっちもどっちかな。盗む方は品性がなく、盗まれる方は能力がない」


 ……こんな風に、神様を小馬鹿にするような事を言ったら怒られるかな、と思ったけれど。

 僕のセリフを聞いた彼女は、とうとう腹を抱えて笑い出した。


「はははは! あっははは! ……君、面白い。面白いよ、最高じゃないか……気に入ったよ、少しだけね。嫌いだけど、気に入った」


「そいつぁ光栄」


「君を見る目を変えよう、いいさ。教えてあげるよ、悪魔について……ただしそれは」


 ――次の街についてからだ。

 今はまず、この街で、自分がどういう存在か……人間がどういう存在か、見つめ直してみるといい。


 そう言って、彼女は毛布に潜り込んだ。


 お喋りはしてくれたものの、今日はこれまでという事らしい。

 時間制限付きか。

 まるで話に聞く娼館のように義務的な様子である。


 ……んで、僕はどこに寝りゃいいの?


 一つしかないベッドが占領されてしまった僕は、途方に暮れた。

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