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初対面

 ……陰鬱な屍拾いのお仕事を終えた後、僕ら二人はまた沈黙の道中を行く。

 雑に舗装された街道を進んでいきながら、揺れる目の前のシスターの豊かなお尻を眺めつ、よたよたと僕は彼女の後をついて行く。


 彼女は、僕が隣を歩くのを許さない。

 常に三歩以上の距離を置いて歩くルールが、まるで破ったら罰則付きの義務のように、暗黙の了解として僕らの間には存在している。


 馬の尻尾のように左右に振られる、彼女の長い金髪の煌めく軌跡を目で追いながら、僕は……この、少々というには優しすぎるかな……ぶっちゃけた話居心地の悪い時間から現実逃避するためか、彼女との出会いの時期を思い出していた。


 ……どっちにしろ、あんまり愉快な思い出でもないんだけれど。


 思い出す材料自体が、バッカスさんと過ごしたウルスラの時の事とか、シスターのことくらいしかないので仕方ない。


 どうせ考えるなら女性の事の方が良い。やむなし。


 回想兼妄想開始。




 ――バッカスさんと別れた後、教団の人に先導されて連れていかれた小屋。


 扉を開けて入ってみると、そこにいたのは隅っこに置かれた箱に蠱惑的に長い脚を組んで座り、こちらを見つめてきている女性。


 最初に目に入ったのは、きらきら輝く、金色の長い髪。

 次に目に留まったのは、体のラインを隠すはずの、だけど隠し切れない豊満な肉付きを浮かび上がらせている修道服。


 彼女は、自分の身体のラインを強調しなくても分かるほどに成熟した肢体を持つ、酷く女性的な女性だった。


 ……ある程度年齢のいっている方と聞いていたけれど、これは妙齢の女性というのでは。


 道行く街の人々を観察していた経験から比較してみるに、三十路前後……それより若くも見えるし、だけど若いというには婀娜びた気配を感じもする。

 どのみち、女性的、というのがしっくりくる。


 この年頃の方をおばさんというのは僕の良心が咎める。

 っていうか、なんというか、ぶっちゃけえらい美人さんで緊張してる。


 だけど、である。さっきこの人、僕の事をなんて……?



『廃人が。恥ずかしげもなく、まだ生きていたか』



 ……思わず思考停止。


 初対面の相手に、廃人?

 いくらなんでも言い過ぎじゃない? 聞き間違い?


 ……真っ白な頭のまま、とりあえずはお相手が誰なのかを確認してみる。


「ええと……貴女がバッカスさんの言ってた、案内人さん?」


「シスターと呼びなさい。よろしく、廃人」


 ……聞き間違いじゃあなかったみたい。

 紳士ぶって気を引こうとか、そんな間もなかった。

 強烈な先制パンチを食らってしまった。


 なんだろう、なんかポカしちゃったから関係を修復しよう、巻き返そうとか、そんな話でもない。


 第一印象を良くしようとかそれ以前の問題だ。

 ファーストコンタクトからしてこれとか。

 僕はそんなに駄目な存在ですかね。


「……脱廃人を目指して、ええ、僕の如き羽虫もですね、社会の一員として世間の皆様にとって有益な存在になろうとですね、これからは頑張ろうという心づもりでありまして、はい」


「なんとも中身のない宣言だ。自虐的ナルシスト……これは手強いな。いかにも君は社会の敵になりそうな予感がするよ」


「……」


 正直、これは自分でも行きすぎじゃないかと思うくらい下手に出てみたけど、それすらも切り捨てられた。


 ……なんか、なんかさ。無駄に当たりがキツ過ぎじゃないですか?


 初対面ですよね、僕ら。

 こんなに酷い事、いきなり言われるとは思わなんだ。

 バッカスさんは『気難しい人』って言ってたけどさ。そういうのとちょっと違くない、これ?

 誰にも彼にもこんな調子だってんなら、こんな僕でも敢えて言おう、人格に何かしらの異常を抱えてない?


 ……このお人と短くもない時間を過ごすのかあ……?


 流石の僕もちょっとへこみつつ、うんざり気味に恨みがましい目を向けてみると、さもありなん、と彼女は、腕を組んだまま鷹揚に一つ頷いた。


「こういう扱いは気に入らないか?」


「気に入る人、いるんですか?」


「こちらにはそうする理由があるから」


 ……繰り返すけど、初対面ですよね、僕ら。


 そんなこちらの思いを読み取ったのか、彼女は鼻でフンと一息。


「何、気にしないでほしい。君も気を遣う必要はない、が……立場は弁えておくといい。いつでもこちらは、君を見捨てる事が出来る」


 それだけ言い捨てて、彼女は立ち上がる。

 軽やかに、スイッとそのままこちらの横を通り過ぎて歩いて行き、小屋の扉に手をかけた。


「ああ、そうそう」


 そして、芝居がかった動作で振り返る。


「お互い不本意だろうが、暫くは生活を共にする身だ。君の名も一応聞いておこう」


「……シスター。貴女、さっき僕の事をぞんざいに扱う理由あり、との旨仰っておられましたが……もしかして僕のこと知ってるんじゃ?」


「だとして、なんだ」


「もし、僕の昔の名前とか……素性とか知っているなら」


「教えてやるほど親切に見えるかな? それならこちらの試みは失敗だ」


「あ、いいですいいです。もう結構です、シスター」


 僕の心はいくら殴っても壊れないって程頑丈じゃないと思うんです。


「そうか。で、名は?」


 あくまでも、お前の事なぞ知った事ではないと、そういうスタンスらしい。

 物凄く馬鹿らしいが……問われたからには答えにゃなるまい。


「クリスです、シスター」


 今のところは、と内心で付け加える。


「そうかい、クリスか。嫌な名だ。しかしファミリーネームはどうだ。もっと不愉快な名か?」


「生憎と持っておりません。ただのクリスです、シスター」


「そうかそうか。では名付けてやろう。家名がないのは不憫だし、不便だからな」


「わあい」


「『不浄ロゥカシェル』というのはどうだ」


「……恐れながら申し上げますシスター。バッカスさんから聞きましたが、あんま良い意味じゃないそうです、それ」


 貴女が僕の事をどうしようもなく嫌っているのは分かりましたから。

 ちょっとは手加減してくれませんかね。


「なんだ奴め、つまらんことを……ならばそうだな。『シュヴァルツヴァルト』」


「あ、なんかそれはかっこいい」


「ならば決まりだな。クリス・シュヴァルツヴァルト。君はしばらくそう名乗れ」


「へえ、へええ……いいじゃないですか。うん、響きがいい」


「ちなみに、それは自分が最も嫌いな家名だ。舌を噛みそうで鬱陶しいし、何よりその一族は陰湿な奴らばかりだった」


「……そうですか。何はともあれ気に入りました。ありがとうございます、シスター」


「シスターシスターと五月蠅いな」


「そう呼べと言ったのは貴女でしょう」


 勝手すぎやしないかね。フリーダムにもほどがあるだろ。


「必要な時にだけ言いなさい」


「了解です。なら、ええ、『シスター』。聞きたい事があります」


「なんだね。そろそろ出るぞ、ボサッとしていたら日が暮れる」


「シスターって、修道女さんの事でしょう? 貴女自身のお名前は教えてくださらないので?」


「……気が向いたら教えてあげるよ」


「今じゃダメなの?」


「ああ。明日も駄目だな。明後日も多分」


「どうして?」


「どうしても、だ」


「じゃあ、シスターなんだからお姉ちゃんて呼ぶよ?」


 ……なんか、この呼び方してると、誰かを思い出せそうだし。

 だけど、ぴたり、と、こちらの言葉を耳に入れた自称シスターは動きを止めた。


「不愉快だ。それはよせ」


「じゃあ、お名前教えてってばさ」


「……分かった、約束するよ。ここから数えて三つ目の街についたら、必ず教えてやる」


 ――だからさっさとついて来い。そう言い捨てて、彼女はこちらを無視して、小屋を出ていった。


 ぼさっとしてたら本当に置いていく心積もりなのだろう、僕は慌ててついていく。


 そして、考える。



 ……さて。髭の人からは気難しい方だと聞いていたけど。

 そういうのとはやっぱりちょっと違うよねえ、これ。

 会話の表面だけ見るなら、ただのどうしようもなく嫌な人でしかないんだけれど……。



「……ふむ」



 この女の人は……なんというか。

 おっぱいが大きい割に、幼稚だ。


 それに、僕に対して、なんか……うーん……悪意だけじゃないな、なんだ……『隔意』? そうねえ、それかな。距離を取りたがってる。

 ……距離を取りたがる? つまり、あれか。



 僕らは近い? 近いってなあ、なんだ。

 似てる?



 ……そうだね。


 気付いちゃった。


 親近感があるよ。僕らは、多分似ているんだ。

 似ているから、どうしようもなく『違う部分』が彼女の気に障るんだろう。


 ……知られたくない事でもあるのかな?

 本当は、『誰かに』知られたい事が、あるんだろな。


 多分、僕には知られたくない事で。

 僕以外の誰かに、知って欲しくてしょうがない事。



 ――ひひ。



 弱みだ、それ。お前の強い言葉の中身は、お前の心の弱い所を殊更に明らかにしている。


 お前、人を小馬鹿にしやがってよ。僕、舐められんの嫌いなんだよ。



 ――丸裸にしてさしあげますよ。


 あんな言葉でさあ……動揺させようとしたのか? 優位性を握りたかったのか?


 なんにせよ、焦り過ぎではありませんこと?


 ……理由は分からないけどさ。悪手だよ。


 あからさますぎるやり方ってのは、だいたいそうさ。


 貴女、僕の事知ってるんだろう?


 なら、お前から僕の中身を取り出してやる。お前は僕の餌だ。




 ――『そういう顔、私はあんまり好きじゃないな。無理に悪者ぶるのって良くないと思うよ。アナタは、本当は優しい人でしょう……?』――




「とと」


 いけないいけない。

 あんまり汚い事、考えちゃいけない。汚い言葉、使っちゃだめだ。


 僕は、真っ当に生きていかなくっちゃいけないんだから。


 ……でも、まあ。

 仲良くしようじゃないの、シスター。一日二日の付き合いじゃないんだろからさ。

 その内さ、自分からお話ししてくれるなら、それが一番いいんだ。


 仲良しでいるのが、僕みたいのには一番気楽だ。



 ――本当に気持ち悪い奴らだ、と。彼女がぼそりと呟くのが聞こえた。

「インスタント・メサイアⅠ」発売中です。

よろしくお願いいたします。


なお、4月1日にエイプリルフールネタを投稿予定ですので、よろしければ日が変わった頃に活動報告をご覧くださいませ。

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