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Cartagra2

 振り向いた。震えながら、振り向いた。

 カイネは、つまらないと何度も口に出していた彼女は、やはり笑っていた。


 ――今の話よ。今が大事……貴方にとっては、勇者の事が大事でしょう?


 そう言って、彼女は首を軽く傾げる。さらりと流れた複雑な色に輝く髪が、片方は頬に、片方は肩にかかる。


 サリー。


 彼女の事は、先程もちらりと脳裏に浮かんだ。

 サリーと母君が対面し、倒れ伏した母君に駆け寄った直後。何事か耳元に囁かれた直後、顔を蒼白にして部屋から駆け出してしまった。あれからサリーは、ずっと塞ぎ込んだままで。

 母君も彼女と同様に、与えられた部屋から出てこないと聞く。


 二人はあの日から、一度も顔も合わせた事がないという。


「悲しい話……最近の二人の様子は、私の耳にも入っています。一体、何が勇者とその母を苦しめているというのでしょう……人々を苦しめる魔王は、もう倒したんでしょう? 貴方達が。これからの世は、何に怯える事もなく、平和に暮らしていけると、勇者は語ったそうじゃない。なのに、ねえ……?」


 ドクンと、全身の血管が一つ跳ね、全身が一気に冷えていく。

 心臓を握られるような思いを、何度させるつもりだろう、この女は。


「貴方達がディアボロから無事に帰って来てくれたとき。私、とても嬉しかったわ。きちんと役割を果たしてくれた。生きていてくれた。……少女の犠牲と引き換えに、ちゃんと本願を果たした。そうでしょう?」


 ……なんだ?

 なんだこの、あまりにもわざとらしい言い草は。

 先程、魔族の事などどうでもいいと言ったばかりじゃないか。


「……貴方、人狼の少女が死んだと聞いたあのとき、唇を震わせたわね。そして、ひどく憤った。まるで何かに怯えるみたいに。どうしたのかしらね。何に怯えるというのかしら。貴方だって、勇者と同じく……いいえ、それ以上に頑張ったじゃない。英雄……そう、まさに貴方は、英雄。なのに突然、私の前から走って逃げた。一体どうしてしまったのかと、心配してしまいましたわ」


 よせ。

 やめろ。聞きたくない。その話はやめろ。

 貴女がボクの事を慮っているなんて、そんな性質の悪い冗談があるはずがないだろう。

 何を言うつもりだ。



 ……夢だ。あれは悪い夢だったんだ。

 ニーニーナ。何故。

 ごめんと。彼女はあの日、そうボクに。

 全身を貫かれ、倒れたまま彼女に担がれていたボクの耳元で。

 ……あれはただの勝手な妄想だ。そのはずだ。



 思い出させるな。ボクに、何も思い出させるな。



「万が一にも失敗していれば、貴方達二人の命だけではない……そう、あの人狼の犠牲も一切が無駄、無駄、無駄。ふふ。無駄な命なんて、この世に断じてあってはならない。そうでしょう? ……彼女は死ぬべきではなかったと、そう言ったのは……ほかの誰でもない貴方なのだから」


 もうやめろ。思い出させるな。

 やめてくれ。

 やめてください。

 やめてください。


 彼女の死が無駄死にであったなど。そんな事があってはならない。


 ニーニーナが殺したはずだ。


 魔王の力は奪った。成果は出した。魔王は死んだ筈だ。やめろ。

 クリステラはもう、何も出来やしない。

 殺したのと変わりはしない。だからその話はもう終わりだ。


 ……いや違う、死んだ。魔王は殺された。ニーニーナが殺した。サリーがそう言った。


 貴女が言ったんじゃないか。つまらない話はよせって。つまらない。やめてくれ。


 ……何故自分はあの時、おのれ、自分はナインに負けた、負けてしまったんだ。それでも目的は果たせたはずなんだ。何故。


 何故、意識を失ってしまったんだ。何故見届けられなかった。


 畜生。


 ニーニーナ。何故。何故あのとき謝った。

 何故ここから消えた。

 貴女がいなくなってしまったら……ボクは、あの言葉の意味を聞く事も出来ないじゃないか!


 これじゃあ。

 これじゃあボクの手元に残っているのは、ナインの左腕を蹴り砕き、アバラを抉り出したあの感触だけだ。

 魔王の死を確認できなかったのがあまりに惜しい。せめて、せめて首だけでも、ニーニーナ。何故持って帰らなかった。


 ……なあカイネ、ボクが苦しむのを喜んでいるのか。なんでこんな話をする。


 知っているのならば教えてくれ。魔王は死んだのか。本当にそうなのか?

 知らない筈がない、意味もなくこんな事を言うはずがない。


 であるなら、こんな言い方をするのなら、魔王は生きているのか?

 いいやそんな筈。サリーが、サリーが自分に嘘をつく筈がない。


 ……だとしても、魔族の絶滅が目途でないのなら……魔王を殺す意味とはなんだ。

 殺しても無意味で、殺さずとも無意味だったのか。そこに命をかけた者がいるのに。


 ……そもそも、ボクがこれまで正義と信じてやって来た事は。

 サリーの人生が狂わされた、勇者という役割の存在意義とは。

 サリアの正義とは。


 ボクの存在意義とは。

 ボクの意味って。ボクのやってきた事の意味って……。



『なあ、人間。なんでお前らは、余らを……魔族らを敵とみなして、滅ぼそうとしてきたんだ……?』



 やめろ。

 やめろ。


 ……先程の話はもう終わったのではないのか。もうよせ。

 やめよう。つまらないよこんな話は。


 自分に分かるのは、ナインを。

 魔王の身代わりとなったナインを、殺した。それだけだ。

 あの場でボクがやったのは、結局、それだけ……。




「……ここは寒いものね。震えてしまって……病み上がりなのにごめんなさい」


 そう言って、彼女はそっと抱きしめてくる。


 流石にそれはと、サリーへの罪悪感とともに彼女の肩を乱暴にならぬよう突き放そうとしたとき……ゾッとした。


 身動き一つとれなくなった。


 体温の温もりというものが、彼女からはまるで感じ取れない。


 自分は震えていた。それは確かだ。そしてそれは、寒さが理由ではない。

 だけど今は、目と鼻の先にいる女性のあまりの冷たさに、凍えそうだ。


 恐ろしい。

 ただこの女が恐ろしい。

 まるで彼女は、人間じゃないみたいだ。


「だけれど、ああ……仕方がないことですけれど。彼には気の毒な事をしましたわね。勇者にも、その母にも、重荷を背負わせてしまった。本当に……残念でした」


「……え? 彼、とは」


 ……彼? 誰の事だ?


 思わず見開いた眼を、鼻が触れ合う程の距離から覗き込んできた彼女は、こう言う。




 ――本題に入るわ。私がここに来たのは、貴方にとって大切なものを守ってあげる為。


 ――つまり、勇者達が傷ついてしまった理由……それを教えてあげたくて、私は今、ここにいる。




「……サリー達の……?」


「ええ。彼女らを慰めてあげたい、だけど、何故傷ついたかが分からない。踏み込んで聞くことも拒まれる……そんな貴方にとっては、是非とも知りたい事でしょう? だから、是非とも教えてあげたいの。この身は教えたがりだから」


 そう言って、如何にも柔らかく、優しげに微笑む彼女。

 だけれど、その瞳の奥の温度は。


 ……いずれにせよ、聞かないという選択肢はない。彼女に話の続きを促した。


「ナインと名乗っていたあの坊や。その話題がきっかけで、彼女の母は狂乱した。それは間違いない?」


「……ええ」


 ……坊や? カイネは、彼の事を知っているのか?


 気にはなったが……それでも優先すべきは、彼女の言うとおり、今。サリーの事だ。

 黙って、彼女の言葉を待つ。


「……貴方が殺した彼の事、教えてあげるわ、アビス・ヘレン。大事な勇者を慰めるために、貴方は知っておかねばならない。何が彼女の母を傷つけたのか。勇者が知った事実とは、なんなのか」



 ――つまり、彼と勇者の母との関係はね……?








 彼女の話を聞き終えた直後、ボクは堪え切れず、嘔吐した。

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