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aLice IN (uncer) wonDERlAnd 3

◇  ◇  ◇



 私は自分の性格が悪いことを自覚している。



◇  ◇  ◇



 ――今日も私はナインの寝床に行き、掃除をする。

 時たま他の誰かも綺麗にしている様子だが、そもそもが牢屋だ、あんまり場所も良くない。

 土埃も入っちゃうし、汚れるのはあっという間。


 自分のやっている事が徒労だとは、分かっている。


 ……彼が最後に過ごしたのは陛下の部屋だが、今現在のあそこの主は……。


 思い返すだにぞっとする。

 やっぱり彼女・・は魔族らしくなく……つまり恐ろしい少女である事を、私達、つまりこの地で暮らす者は再確認してしまった。


 エレクトラ・ヴィラ・デトラ王妹殿下。


 どうしようもなく人間的で、所謂悪魔的で、そして陛下の体調が思わしくない事が徐々に噂として広まってしまっているこの地を治められる唯一の方。



 ――半年ほど前、奴ら自身の不可解な政治に振り回されたものか、意味もなく悪足掻きじみた様子で城に籠っていた人間共を駆逐し、この地を完全に取り戻した直後の事。


 ディアボロの暫定的な領主として、そして『シャイターン』など他国との同盟関係における盟主として、僅か十五歳の彼女が抜擢されたのは領民の耳に新しい。


 無論、若すぎて、更に言えば全くこういった経験もない彼女の陛下の代理を務めることに、内部からでさえも否定的な意見が多く出た。

 ……アロマ様のシンパの何人かが戦闘で怪我を負ったり、その補充で地方に飛ばされていた男系魔族が帰ってきていたのも、影響が大きかったようだけど。


 が、これまで陛下の代わりに陣頭指揮を執ってきたアロマ様であるが、余り自分の裁量を見せびらかすことをしなかったのに珍しくも、表立っての鶴の一声。


 内容は、こんな感じだった。


『実務的なものはおいおい学んでもらうとして、まずは人間の捕虜が数多く捕らえられ、宙ぶらりんなままの現状、その処理如何を彼女に伺ってはみませんか』


 その点の判断――些末な事務など末端に任せてよい、治安維持に務める我らが精鋭は私欲で目が眩むほど腐ってはいない、さらに人間に侵略されかけた混乱の中でもなおアロマ様の見込んだ優秀な部下たちはこの地を治めるに当たり適正に業務を執行できている――そう、判断だ。

 治世者として求められるのは、判断力以外の何物でもない。


 迷わぬ者にこそ、皆はついていく。アロマ様はそう言って、更にこう続けた。


『――何より。陛下は必ずや我らの元に復帰し、この厳しい現状に対して辣腕を振るってくださいます。信じなさい。……そしてそれまでは、殿下が役目を務めるのが相応しいと私は思料します』


 そんな話を聞いても反対派の目は冷ややかだったが、まあそれはしょうがない。私から見てもあのアロマ様のやり方は上手いようには思えない。


 正直なところ、私だってあの方から『信じろ』なんて言葉が出てくる日が来るとは思わなかった。つまりそれは、信じる以外に手はないという印象を受けさせてくれる。

 ただでさえ皆が不安を抱えている現状を煽ってしまって大丈夫なのかしら。

 そんな感じ。


 そもそもが、セルフィさんの薫陶を受けて育ったという一点からして、彼女に采配を振るわせるのはマズいの一言だと思うけど。


 ……まあ、あの吸血鬼の件は城の中でもまだほんの一部の者しか知らない事だから、この点は考慮しなくてもいいか。

 彼女の崇拝者は城内に多い。

『セルフィ・マーキュリーが裏切った』……陛下があのような状態の今、本当の事を伝えて変な混乱を呼ぶのは、正確な情報を発信するメリットを駆逐するとアロマ様は判断したのだろう。


 ……なんにせよ、アロマ様の手落ちか、あるいは計算の上での発言か。

 それは結局、さしたる意味を持たなかった。


 いかな鶴の声であっても、あんまり言いたくないけれど、時勢でその相場は変わるものだ。

 ともあれ必要だったのはただのきっかけ。

 エレクトラ様が何か一つ王『的』なことをする余地があれば、結局今と同じ状況となった事だろう。


 重鎮達が先のアロマ様の発言に渋々則って殿下の元に訪問した際、あの方はすまして椅子に座っていた。


 ……アグスタ内の他の領土にすらその脅威を知られる漆黒王女、エレクトラ・ヴィラ・デトラ――白く濁った論理で動く、我々が束になっても……かつての陛下ですら、本気で暴れ出されてしまえば易くは御せないと恐れられた傑物。


 戦闘の経験は、今年の春の反撃を含めて僅か三度。……その内の二度目で行われた殺戮は、今でも人と魔を問わず、語り草の域を超えて最早伝説になっている。


 今は鮮血街道アケルダマと呼ばれる、見渡す限り延々と人間を磔にしていった跡地。そこは魔族らですら見るに堪えない、近づくのもおそれ多い……本当のところおぞましいとされており、そのままイスタとリール・マールとの新しい国境線の一部となった。


 彼女は、一週間にも満たない間に、万を超える人間を屠った。そしてそれだけでは飽き足らず、高く掲げた。僅かな時間でひとりどうやったものか、余さずに。徹底的に。原型のないモノも数多く。


 今や彼らが白骨を晒すのみとなってなお、そこは明確な魔族の力の証として、記念碑として、人間に畏怖を与え続けている。


 陸路で奴隷がこの地に運ばれる際、売り物である人間は必ずあの光景を目にする。そして多くの者が心を砕かれるのだ。


 僅か十二かそこらの少女に、精強で知られた南部の強国フォルクスの派遣軍も、イスタの守備兵達も、大人も、子供も、皆例外なく磔にされたあの地獄の残り香によって。


 ……事実、あの直後にフォルクスはイスタに対する支援に消極的になった。沈む船に乗る者はいない。


 難波する者の救助すらも不可能であれば、その手をも引こう。例えそれによるデメリット……リール・マールと我らが魔族領アグスタとの壁がほぼ無きものとなるという莫大な不利益があったとしても。


 サリア教の宗主国セネカだけが対面的な、あるいは政治的な理由から軍備に関わる援助をし、使徒を派遣し、そうして首都ティアマリアだけが辛うじて残り……それによってイスタは息も絶え絶えながら、国としてなんとか維持されていたのだけれど。


 ……そんな時代も最早終わった。私たちは、この春にイスタ全域を勢力圏に収めたのだ。

 あの時のアロマ様の指揮は、まさに軍神の如く冴えていた。

 あるいは、無礼を承知で言うなら尾に火のついた馬の様でもあった。

 普段の彼女からは考えられないほどの積極策をこれでもかと繰り出し、いやらしい金満共の国インディラからの横やりも受け流し、身内からはヘブライカの掣肘も叩き落とし、一気呵成そのものの勢いで……ガストロシオン・ヴァーミリオン卿の一撃から始まる『召返の一週間』によって、かの地での趨勢は決した。


 ……そう、あの時にもかの黒い王女は、見事に活躍してくださった。


『赤爪』ガロン・ヴァーミリオン隊長、そして彼がいなくなる直前にこの城に現れた驕慢な人魚、『玉鱗』様――様付けなんかしたくないけど。他者に名前を呼ぶことも許さないほどにプライドの高い方だったから、厭味も込めて――彼女らに負けず劣らず、彼女は沢山、人を殺した。


 陛下がそのまま幼くなって、なおかつ色を反転させたような御容姿で。

 それでいながら姉とは全く別の種類の美を若年ながらも宿す彼女は、前評判に偽りのない残酷さを人間共に知らしめた。


 彼女は走らない。

 春の温かい日和に行われたあの殺戮の中で、ただの一度も、彼女は駆け足を取らなかった。

 離れた場所に行くときは、乗り捨てられていた人間の馬車を使った。

 彼女が微笑むだけで馬はその息を潜めて俯き、興味深げに御者台に乗り込んだ彼女が目線を向けるだけで、彼女の一挙一動に怯えて様子をうかがっていた馬は、悲鳴のようないななききとともに駆けた。


 淑女に相応しく常にゆっくり歩き、そして厳格な定められた作法に則るが如くゆっくり殺した。


 人が隠れ潜む場所をあの琥珀色に輝く目で余さず見つけ出しては、ノックを四回、優雅に一礼して入場し……退場の際にも一礼。

 その繰り返し。

 その度に避難所となった教会や、商店の地下や、灯台や……隠れ場所となったところは全て血の海となる。


『死』のノック故に『四』回。そんな言葉遊びではない、あの方は明確に、己の招かれざる客人ぶりを自覚し、されどあたかも貴人を訪ねるかのように礼に則り礼の中で殺した。


 彼女は他者を殺すという狂気の刃を、理性の鞘から頻繁に解き放ち、振るっては収めた。

 そして時折の、屈託も脈絡もない高笑い。お昼過ぎに毎度挟まれるティータイム。


 日常の礼儀を殺戮の場に持ち込み、そしてそこから敢えて外れることをも自らに許容する彼女の感性は、私には到底掴み切れない。


 狂気と理性を行き来する、……いわば不敬となるが、まさしくアレ・・だ。


 ……そんな不安定さがナインの気に入っていたというなら。それは、同族同士が感じていた親近感ではなかったのだろうか。

 そうであれば、勿論彼の事だ。彼女とのかかわりの中で、存分に同族嫌悪を楽しんでいたことだろう。


 ……いずれにせよ、生き物を殺めるにあたり、己の辞書の中にあるべき躊躇という文言を見落とし続ける……それが彼女という存在だ。

 ディアボロの奥の手の一つとして我らが擁する……いや、今となっては逆に私たち全てを手駒として擁するやもしれない高貴な怪物。


 あ、言っちゃった。まあいっか。


 そう、つまり彼女は怪物。

 それこそがエレクトラ殿下であった。

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