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旅支度

「頭痛い……やっぱりお酒は駄目だね。駄目だよ」


 髭のおっさんから解放された次の日。モソモソと、ねぐらにしていた公園の遊具から這い出て、一人呟く。


 頭目の素敵なお家から無事に生還した僕は、その後髭の人に拉致されて酒場で延々酒とお話に付き合わされる羽目になった。大変ありがたくない事だ。


 故に、僕早く帰りたい、寒空の下にいる方がここよりかマシだ、おっさんの顔を眺めていても何一つ楽しいわけではないんですと必死に訴えたが、喉に流し込まれるお酒の量は増やされる一方。果ては、何か言われても返事をするのが面倒で、のっぺりと体を後ろに倒して天井を眺めながらあーだのうーだの返していた。


  そんな前後不覚直前の状態で、仕舞いにはストリップを披露した覚えがある。

 とはいえ別に、強制された訳ではない。

 なんか気分が盛り上がっちゃったのだ。

 ほら、途中でなんか、いいぞねーちゃん脱げー、とか聞こえた気がするし。


 ああ、そういえば僕は、女装したままであったのであるなあ。自分の今の姿を改めて思い出し、しかし彼らの誤解を解くでもなく。


 こちらに注目する人々の声を受けて、お安くないわよ、とか言いながらテーブルに上がり、踊りつつ脱いだ。はだけたりまくったり元に戻したりしてチラチラさせながら、焦らして遊んで。


 そうして、僕は開けちゃいけない扉を……あの酒ビンの散らかった、駄目人間の集う酒場の喧噪の中で、そう。僕は自らそれを押し開いたのだ。


 開き直るのは大切だと、確かおっさんの説教の最中に聞いた気もするし、うん。


 こんな所に連れてきたバッカスさんが悪いのだ。僕は悪くない。戯れである。一夜の夢である。こんなにフワフワした気分なのだから、羽目を外さない方がおかしい。


 そう思い至り、故に脱いだ。自らをさらけ出した。場が冷めないように、欠けた左腕に皆の意識が向かないよう工夫しながら踊るという、我ながら心憎い気配りも欠かさなかった。


 脱ぐのは恥ずかしかったけど、皆喜んでくれていた、求められていた……それはまっこと気持ちの良い事であった。


 皆、本当に喜んでくれてたんだ、前のめりになって……最後の瞬間、この身を護る薄布を全て放り投げるその時までは。


 布の分だけ身を軽くした後に肌を撫でたのは、冬場とは思えぬ室内の熱気。


 ……上半身から下半身まで、一体となっているこのドレスを脱ぎ放った辺りから困惑した空気が広がり、下着を放り投げた際に耳に届いたのは絶叫。


 正直に何も隠さぬままにいる事は、なんと気持ちが良いものだろう。ホレ見やれ、遠慮なく! 

 これほどみっともない行為をしておきながら、なんとも楽しい気分である。

 こんな下賤な行いこそに興奮するタチなのだ僕は。


 ああ、そう、僕は変態だったのだ。


 お屋敷の中、記憶らしき何かが頭によぎった時から……いいや、このヒラヒラドレスを身に着けた時点からうっすら自覚していたが、それはもう事実として認めるしかないのだなあ。

 机の上から転げ落ちた僕への、容赦も間断もなき酔っ払いどもの蹴り。その感触が昨夜の最後の記憶であった。


 ひひひひひ。愉快愉快。痛い痛い。

 助平どもめ、僕が女体を見られないのに何故お前らだけいい思いを出来ると思うたか。

 ざまあみやがれ。あ、そこほんと痛いやめて!


 ……くねくね蹴りを避けてのたうち回りつつ、そんな事を思っていた、のだと思う。


 そして宿酔いで頭を抱えている今、僕はそんな昨日の自分を殺したい。絞め殺したい。

 なんともなんとも、やはりあの時髭おじさんに殺しといてもらえば良かった。

 いや、これからも僕は生きていくと決めたのだ、この程度の恥で死のうなどと思うのは昨日の醜態を超えてみっともない。

 物知らずの僕がこれから人並みの生を送ろうというのであれば、もっと恥をかく機会もあるだろう。生きるのは大変なのだと聞く、きっとそうであろう。

 僕は知らず谷に堕ちる前に、先んじて転んだのだ。道を歩く際に足元を見る事を学んだのだ。今回のこれは良い経験だったのだ。


 そう思わないとやってらんない。


「……ん、あれ。そういやあんま寒くないな」


 体を見下ろせば、今の身なりは司祭服。いつの間に着たのか、着せてもらったのか。僕にはとことん似合わない衣装であろうに、こんなもん着せてどうしようってんだい。お仕着せそのまま、なんだろ、これ。こっぱずかしい。

 こういうのは人を導く偉い人が着るもんじゃないの?


「いや、そうでもないか。あのおっさんが着てたのも教団のだっていうし」


 ……でもあの髭はそこら辺分かってないんだよ、動きやすいように改造しまくっててさ。

 あんだけ原型がなかったら有難味もないよ。

 お仕事の内容聞いても教えらんねえっつっときながら、結局酔っ払ったら教団の所属だって教えてくれたり。適当なんだよあのおっさん。


 ……神の御恵みによりましてぇ、寒風だけは凌げましたぁ。おお、ありがたやありがたや。

 折角だしちょっくら祈ってみようか……と思ったけれど、ええと、祈りってのは……両手を組み合わせりゃ良いのだっけか。

 生産性の無いポーズだ。そもそも僕には左手がない。そんな人は祈れないのかしら。そんな事はなかろう。

 ……代わりに、おっさんの真似っ子しとこうか。手で十字を描きゃいいんだろうか。あの動作、何の意味があるんだろ。


 ――昔の救世主が、全ての人を救うために自らを捧げたの。その時の様子を模したものよ――

 ――サリアが流用したの……それで、お父様に人々の気持ちが通じると信じて――


 気持ちがこもってりゃなんでもよかろ。形式に拘る必要もない。

 ……神様なんてのが、どっかにほんとにいるんなら僕みたいなのを生み出すとも思えないけど。

 まあ、別にいいさ。


 ――禊がれた今、英雄は許せなくても、神の存在は許せるの? ……そうかもね。あの女共は……マリア・スノウホワイトとリリィ・スゥは、神を信じていたからね。だけど――


 さて、おっさんはどこにいるのかね。宿の場所、聞いたかもしんないけど覚えてないし。


 ――弱き者が救われない様子を目の当たりにした時。貴方はまた、神を呪う事でしょう――

 ――そうならない事を願っています。私がお父様を嫌っていると貴方に勘違いさせたのは、他ならぬこの私だから――

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