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小鳥さんdis

 人は去り際にこそ本音が出る……と言ったのは、一体誰だっただろう。


 対面の誰かにどんな感情を抱いていたにせよ、相手が視界からいなくなった時には否が応にも、『二人以上』から『一人』の時間に切り替わる。

 そうなった瞬間その人は、自分の本音と明確に向き合う。そしてそれは、多少はどうあれ表情にあらわれる。これは、確かな事だと思う。


 ――あるいは、誰もそんなことは言っていなかったのかもしれない。ただ、自分が何となくその事を確信していて、それを言葉にしただけなのかも。


 ……どっちにしろ、僕は振り向き際のヤヌスちゃんの表情をじっと注目していた。なんでかは分からない、昔から自分はそういう性質の人間であったのかもしれない。

 人の内面を探ろうとするのは、あんまり行儀のいいことじゃないとは思うけど、うっかりそんな事をしていたせいで、僕はあの子がどんな事を考えていたのかを考察する材料を得てしまった。


 喜ばしく、呪わしく。

 そんな感じだった。


 矛盾したヤヌスちゃんの中身を、失礼ながらも僕は、少しばかり理解してしまった。


 今日が初めての出会いであったかどうかは、僕には分からない。ただ、あの子の様子から僕らは知り合いではなかったと思う。ただあの子が一方的に僕を知っていた……変な言い方だが、そんな感じではなかろうか。

 ……妙にこちらを気にかけていたのはどういう理由か。

 カイネってのは、誰なのか。あの子は、何を目的としているのか。

 そこら辺までは、何も分からない。分からないから……。


「……どうでもいっか」


 分からないことをいつまでも考えるのも、生産的ではない。自分が生産的な人間だとは到底思えないが、あえてその逆を進む必要もない。


 もう日も変わる頃だ。さっさと帰って宿ともいえぬ公園の遊具で風を避けつつ眠りにつくのがいい。

 ここで一晩明かすのはあんまり趣味が良いことだとも思えない。

 だってこの部屋、周りは死体だらけだ。

 生命を失った肉の集まりは、臭いはもう別にあんまり気になりはしないけど、気分のいいもんじゃない。そんなお屋敷の中で一夜を過ごすのも、ねえ?

 僕がやったわけじゃないけど。

 僕がやったわけじゃあないけれど。


 ……。


「僕の仕業じゃ……ないよね、流石に……曖昧とはいえいくらなんでも」


 ――ここらの死体は新鮮だ。数も多い。早々に見つかることだろうし、いつまでもそんな現場にいて疑いの目を向けられるのが分かっていながら留まるのはおバカなことだ。


「……?」


 ……何か、違和感があった。この部屋……は、確かに剣呑な有様だが、別に歪んでいる訳でも、変なものが落ちている訳でもない。

 目につくものといっても死体だけだ。

 自分がなんともなしに感じている疑問に不安を覚え、取りあえず顔にペタペタと手をやれば相も変わらずざらついた火傷痕。紙一枚越しに触れているような鈍い触覚、いかにも普段と変わらぬ様子。

 視線を落として服を見てみれば……穴だらけでボロボロの有様。


「えっ、穴だらけ!? なんで!?」


 ……気を取り直して、左手の方を見やれば、いつもどおりのしょぼい木の棒が。


「ウソウソあれあれ!? ない! なくなってる僕の手ジェシーが! 結構愛着湧いてたのに! ジェシィー!」


 いかにも不自然な僕のシルエットを曲がりなりにも整えてくれてたあの義手(なんとなくジェシカって名前を付けていた。愛称はジェシー)がない。このまんまじゃ不審者の度合いが高まってしまう。

 ……いや、違う違う、さっきの違和感は多分これだけじゃなかった気がする。

 落ち込みながらも再び気を取り直して、懐をまさぐってみる、と。身に覚えのない重量感があり、取り出してみる。そう、こんなもんさっきまでは持ってなかったはず。


 見てみれば、固くてゴツゴツしたモノの詰まった布袋であった。中を開いてみると……。


「なんだこれ! え、え、お金!? 何このお金!! え、貰って良い奴なのコレ? ほんとに僕の?」


 ……出所の分かんないお金って超怖い……。


 存外自分の身の回りが様変わりしすぎてて、違和感なんぞ吹っ飛んでしまった。

 ヤヌスちゃんの安否確認よりかは、むしろまず自分のオツムが大丈夫かを確認すべきだった。


「なんぞこれ……なんも覚えてないのって、改めて考えてみるとすっごい不安……」


 確かに僕は、この街に来るまでの記憶がない。いわゆる記憶喪失だかなんだかって呼ばれる状態だったのは分かってたけど、あの時は気が付いたらそこに居たって感じだった。


 今回は違う。たった今までの事が頭からすっぽ抜けてるっていうのは、それとはまた別に全然恐怖の種類が違う。ようやく自分の境遇を受け入れ始めてたのに、こんな事になってしまって感じるのは、自分の頭が本格的におかしくなってしまったのではないかという現実的な恐ろしさ。


 ……分からないことだらけだ。

 僕は確かにこの屋敷に侵入して、子供たちを逃がしたのは覚えてるのに、その後から曖昧になって、何故かこの血塗れの部屋で立ちんぼう……。


「……まあ、ヤヌスちゃんも怖がってなさげだったから僕が犯人じゃないだろうし、そもそも僕に人殺しなんか出来るわけないし…………なんだよコレ。くそう、せめて何があったのか聞いておけばよかった」


 もういい。分かんない。さっきの考えどおり、分かんないことはいつまで考えても分かりゃしない。


 ……『疑問と回答を繰り返すことで、真実に近づくことが出来る』?


「ムリムリ」


 ふっと思い浮かんだ、気取ったような言い回し。

 それも切り捨てる。少なくともそんな事、僕に出来るとは思えない。もしかしたら、昔誰かに言われた事なのかもしれないけど、顔も覚えていない相手の言葉まで考える余裕なんざない。


 記憶の抜けについては……なんか危ない病気だったらどうしよう、お医者にかかるお金なんかないぞ……いや、このお金は怖いからあんまり使いたくないし……。

 ……まあ、そこら辺は後で考えよう。取りあえず今やるべきは、さっさとここから退散することだ。



「…………」



 ――違和感。ついさっき忘れたはずの、くどいほどに繰り返している『違和感』が、思考を一区切りした瞬間にうっすらと、足元から胸元から、あるいは首周りから這い上がってきそうになる。


 ……懐かしい誰かに偶然街で出会ったような、そんな感覚。だけど、妙に背筋が冷える。思いがけない嬉しさや郷愁、それに近しくある。だけど。

 ……知ってるはずなのに思い出せない。そんなもどかしさと、喉元に牙をあてられて……今にも絶命を待つ活餌の気持ちを体験しているような。


 これは、本当に思い出していいものなのか。

 

「……帰ろ」


 馬鹿らしい。

 そう思って、抜き足差し足出口に向かって歩いていくと。


「――そこにいんのは誰だ!」


「ピぃッ」


 ……混沌塗れの今宵のしまいにゃ、扉の影から怒鳴りつけられた。思わず小鳥の様な声で悲鳴を上げた僕は、そのまま情けなくも尻もちをついてしまった。

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