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訪問

 愛用の得物・・を片手に、闇夜に立つ一人の男。匂いで気取られるのを気にして、葉巻は一昨日から吸っていない。

 それでも酒はやめたくないと一杯ひっかけてからこの場に来ている酒精中毒者は、首をゴキゴキと鳴らしてから高台の上に建つ屋敷を、やや離れた所から胡乱げに眺めた。


「あちらが素敵なパーティー会場。招待状なし、手ぶらでどうぞ……っと」 


 そんなことを呟きながら、ひょい、と足に力を籠めれば、途端に屋敷隣の倉庫の屋根の上。……尋常な人間になせる業ではない。


 男の正体は、使徒が第五位。

 その地位を得る前に、かつて力を試す為の初陣の場で、酒瓶を傾けながら敵を残らず蹴散らしていった不名誉・・・から『気酔』――気のふれた酔っ払い、あるいは空気を吸うだけで酔えればいいと抜かす馬鹿――の称号を法王から直々に賜ったバッカス・ドランクスは、己の役目を果たすために今、『頭目』の屋敷に潜入しようとしていた。


 窓の方を覗いてみれば、本来は社会の不穏分子がうろついているところだと思ったが……。


「……いねえな」


 改めてひょいと窓際によってみても、誰も見当たらない。普通の……舞踏会の真似事をする会場は一階、ここは二階。悪さの打ち合わせ場所は、三階。間取りは頭に入っている、ここに人を配置しないはずがない。

 曲がりなりにも、裏社会の顔役が開く会合だ。法術師までは置けないにしても、お友達を招待するってんなら見栄も必要、ガタイのいい奴らをある程度以上に置いてるもんだ。実際、自分がいるところなど絶好の侵入場所だろう。


 ……だが、誰も見当たらない。


「……」


 ……日程をたがえるはずがない。使徒が来るという情報は恐らく漏れていないだろうし、漏れていたとしたら昨日シメたチンピラなど、とっくに故郷に逃げ帰っていたことだろう。


「まあいい。予想外の事態なんざ、そんなもん予想通りさ……」


 ……屋敷内の人員配置が予想外であるなら、それに対応して動けばいい。結局のところ、出入り口は正面玄関、裏口、勝手口……。他に幾つあろうが、己には関係ない。この世のもので出口などないのは酒瓶だけだ、何故なら自分の口でふさぐから……というのはさて置き、逃げようとしても外に出る前に気絶させるか、動けなくするか、殺すかだ。……女子供だけは怪我の無いよう捕縛するに留めておくが。


 最初っからの予定通り、自分好みのやり方で行くだけだ。窓から泥棒じみた入り方をするなんぞ、面白くもないと思っていたところだ。丁度いい。


「邪魔するぜぇ!」


 バァン、と。

 流石に正面には人員を割いていたようなので、そいつらは四人とも得物を使うまでもなく仲良く蹴り倒し、正面の扉を押し開く。


 ……ノックもなしに、との不躾を咎めるどころか、そこには明かりこそ灯っていたものの、誰もいない。


「おんやぁ? マジでいやがらねぇな。なんだってんだ一体」


 自分の正面に広がるフロアから、奥にある左右の階段までにも、更にその上の踊り場にも、誰もいない。


 ……だが。自分の第六感に囁くものがあり、警戒度合いを強めながらゆっくり、しかし真っすぐにフロアの中心に進み出る。


 視線を右に。

 ……調度品の壺。そこそこいい値段がしそうだ。

 視線を左に。

 ……同じ形状の壺。左右対称、成程、『頭目』が几帳面な性格であるとの前情報は正しいらしい。


 また前を向く。その瞬間、銀線が走った……ように感じた。目に映った情報によらず、僅かな空気の乱れが、バッカスの体を動かした。


「っぶね!」 


 体を後ろに傾けて避ける。間一髪、首を狙ったその一撃は空を切った。

 その、刃筋の乱れの無さ。躊躇の無さ。速度。目に見えずとも、感じたそれはいずれも一級品。少なくとも、こんなちっぽけな田舎でお目にかかる『殺し』では、ない。


 視線は切っていない。なのに、唐突な殺意の顕現。これは……幻惑魔術だろうか。だが、それにしても術に破綻がなさすぎる。

 いや、殺気どころか……気配も感じなかった。己はソプラノらとは違う、純粋な近接戦闘者。その自分が感じないのであれば、まさか設置罠か?

 いいやありえない、と一瞬頭をチラついた考えを振り捨てる。先ほどの得物は、恐らくナイフだ。速度も角度も狙いも、己の経験によれば、人の手によってなされたものであった。ならば、アレは極まった隠業技術を持つ何者かの奇襲の一撃。


 ……つまり、こんな場末で。超一流の暗殺者と遊べるってか。退屈な仕事だと思っていたが……。


「ありがてえじゃねえか! 出てきやがれ、オレの名はバッカス・ドランクス! 聞いたことぐれェあんだろう!」


 そう叫び、辺りに耳を澄ませる。ただの短慮ではない。敵を見つけるためではない。この声に驚いた人間の気配を探るためだ。

 ……二階にも響いただろう、三階でも余程でなければ届いただろうその声に……反応した人間は、この屋敷にいなかった。

 一人もだ。一人もいなかった。


 それは、つまり……。


 

『……お前は使徒か?』


 声が聞こえる。男の声だ。

 上か下か、前か後か。右か左か、どこから出たものかも分からぬ、不思議な響きであった。


 ……未だに敵は、姿を見せない。


「……よう、臆病もん。姿も見せずに斬りつけるたぁ御挨拶だな。『頭目』の用心棒とやらはテメェの事か?」


『世情に疎い。故に名を知らん。だが、正面のゴミを退けてきた。今のも避けた』


 ――だから聞く。答えろ。使徒か?


 虚ろに響く声に、バッカスは胸を張って答える。 


「使徒だよ使徒。だからどうした。尻尾巻いて逃げようったってそうは行かんぜ」


『……そうか。使徒か。良かった』


「……何が良いんだ。怒らねえから言ってみな。ああいや、怒るかもな。まさかお前……」


 ――使徒が相手で良かったと。

 このオレ様と殺し合いが出来て、嬉しいなと。そんなこと抜かさねえよな……?


 ……バッカスが先ほどの己の言葉を棚に上げ、凄みを籠めてそう言うと。

 男は暗殺者らしくもなく、僅かに……僅かに喜色を表しながら、こう返してきた。


『馬鹿を言え。おれがただ殺すだけだ。お前を、使徒を。そしてそれは』


 ――喜ばしい。


 その言葉を最後に、男は得物を右手に携えたバッカスに再び……影すら見せぬまま、襲い掛かった。

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