勇者だけど魔王が怖いから部屋に引きこもります。
カチカチ。
真っ暗な部屋の中、そんな音だけがなっていた。
いや、真っ暗ではない。
部屋の中心には煌々と輝くディスプレイ。
画面にはネット小説が表示されている。
勇者として召喚された主人公が、美少女ととイチャこらしながら魔王を倒すと言う物だ。
「いや、チート貰ってカッコつけてもなんもカッコよくねえよ。お前数カ月前まで引き籠りだったじゃん。何で美少女と喋ってキョドらないの? 何で生き物殺して平然としてるの?」
――俺には無理だわぁ。と言う声はディスプレイの前にいる男だ。
画面の前、そこには先日、三十歳童貞で魔法使いになった小太りのブ男が鼻くそをほじりながら炭酸飲料水に口をつけていた。
小中高に大学、大学院まで行って見事引き籠りと言うエリート職に就いたこの男。
その名を山田太郎と言う。
彼女いない歴=年齢。趣味は親のすねかじり。
何をするにもやる気が起きず、結局趣味の一つも手に入らなかったダメ男だ。
そんな太郎がはまっているのは、ネット小説を読むと言うこと。
だが、読んでは前述したような愚痴を言っている。
「大体、効率が悪いんだよなぁ~。チートあるんだし出し惜しみするなっつうの」
――あーあ、俺ならもうちょっと賢く動けるのになぁ。
ぶつくさと呟く太郎。
すると、不意に声が聞こえてきた。
『じゃあ、お前やれよ』
「……は?」
瞬間視界を眩い光が覆い尽くした。
*************
「お待ちしておりました、勇者様!」
視界がようやく戻って来たかと思うと、聞こえてきたのは女の子の声だ。
周囲を認識する。
「……異世界とかマジワロエナイ」
見渡してわかったのはココがどこかのお城の中だと言うこと。
真っ赤な絨毯が縦断しており、沿う様に数十と言う甲冑を着た兵士が並んでいる。
たったこれだけのことで異世界と思うなんて……と思うかもしれないが、太郎は社会不適合者のクズ野郎。
ネット小説を読み漁りすぎたせいで、混乱よりも先に『来ちゃったよ異世界』なんて考えてしまったのだ。
「ま、マジワロ……? もし? 勇者様。私の言葉がお分かりになりますか?」
その声は一番最初に聞いた声だ。
正面、太郎から数メートル離れた先で、一人の少女が心配げにこちらを伺っている。
腰まで伸ばした金髪が美しい、まだ十六、七程の女の子だ。
「へっ? は、はひっ」
詰まったような声。
会話など何年ぶりだろうか、と言う太郎は喋り方を忘れていた。
高校時代は、一応事務的な会話だけは出来ていたのだが、今となってはもう返事もろくにできない。
「あ、良かったです! 言葉がわからなかったら勇者様を怖がらせてしまうと思って……。これで現状のご説明が出来ますね。実は勇者様には魔王を倒してもらおうと……」
太郎の返事に引いた様子も見せない少女。
むしろ心配すらしてくる姿に、太郎は涙が出そうになった。
だが、涙をこらえて太郎は手で彼女の言葉を遮った。
「あ、そ、それだけで、だ、ダイジョブ。せ、説明は、結構です。大体わかり、ました」
「わかった?」
少女は太郎を見つめてその表情に疑問を浮かべる。
……うっ、そんなキラキラした目で見ないでくれ。そうだ、彼女と会話していると考えずに、独り言をつぶやいていると考えるんだ!
「……だいたい、こんなクソみたいな設定小学生でも思いつくだろ。ありがちすぎてオワコンもいいところ。
魔王を倒すとか普通軍隊用意すればそれで充分だろ。仮に軍隊でダメだったからと言って異世界から魔王を倒すかもしれないほどの力を持つ勇者を召喚とか……場合によっちゃあ魔王がもう一人増えるっつうの。
マジもうちょっと考えろよ異世界。
……あ、ああ。気にしないでください、別に攻めているわけではないので」
ポカンとあほ面を晒す少女に一応言い訳をしておきながら、太郎は歩き始める。
「大体召喚場所が城っぽい場所ってのもありがちだ。普通牢獄とかだろ。すぐに暴れられない様にさぁ。
で、目の前にはあからさまにヒロインポジの女の子。流れから言ってお姫様だな。
次はなんだ? 女騎士とか王様とかか? それとも偶然知り合った奴隷少女とイチャラブックスですか?
全体的にありきたり。クソだなリアル異世界」
――せめて真新しさを見せろよ。
一人愚痴り続ける太郎。
周囲の人はその言葉の意味のほとんどを理解できていなかったが、ただ一つ。
共通の理解を得ることとなる。
《あ、ハズレだ》
******************
「リアル異世界が糞とか思ってた時期が、俺にもありました。――本当にどうしようもなくクソだわ」
チートなしに、加えてこの王国の聖剣も太郎には抜けなかった。
その状態で魔王を倒しに行けとか無茶ぶりを言ってくるのは金髪の少女、ヒュールちゃんである。
召喚されて三日。
すでに五回は彼女で抜いたほどその美しさははんぱない。
ツルペタなのが、余計に嗜虐心をくすぐるのだ。
「いくらあんな美少女の頼みでも無理ポ。オワコンなんですわ」
「そ、そんなこと言わずに! さ、せめてこの扉だけでも開けてくださいませんか!?」
ドンドンっと音が聞こえてくる。
それは太郎の今いる部屋の戸を叩く音だ。
叩いている主はヒュールちゃん。
この三日で太郎は見事に引き籠りに戻っていた。
「いやいや、無理無理。俺巻き込まれただけだから。これ絶対間違いだから。と言うか俺被害者だし、良いからご飯持ってきてください!」
扉越しならなんとか話すことが出来る。
扉は偉大だ。
携帯より安価に女の子と話すことが出来るアイテムはきっとこれくらいだろう。
「もう……。扉の前に置いておきますね」
「ヒュールたそマジ天使」
「そんなくだらないことを言うなら出てきてくださいよぉ!」
「嫌!」
そうして始まった太郎の異世界引き籠り生活。
だが、この部屋にはネットが無い。
今まで膨大な人生の時間を喰らってきたあの電脳世界。ないと言うのは寂しいし、そして暇だ。
やることは朝起きてオナ、昼食ってオナ、寝る前にオナ。
まったく、子種が尽きる勢いである。
そこで、用意してもらったのが暇つぶし用の道具。
綺麗な石だが、通話石と言うらしい。
この異世界には魔法と言う概念があり、それが作用している。
詳しいことは太郎にはわからないし、どうでもいい。
決められた箇所をはじくことで、特定の通話石と通話できるらしい。
これで外の人と会話をしてコミュ力を鍛えよう! と思ったのだ。
適当に弾く。
「もしもーし、初めての通話で緊張します!」
「あ、勇者様? ヒュールですよー。私が勇者様の初めての相手ですか。何と言うか嬉しいですねっ!」
お相手はヒュールちゃんの様。
と言うかあの子はどこまでいい子なんだ。
こんな引き籠りのおっちゃん、放置しておけばいい物を。
「ヒュールたそは今日も元気だね」
「えぇ! と、それはそれで置いておいて……勇者様はいつになったら部屋からで」
ブツンッ!
「さーて、次はだれにしようかなー」
一応城内の通話石への通話方法は知っている。
太郎は適当に決めて通話石をはじく。
「もしもーし、そちらは女子更衣室ですか? いや、これは偶然選んでいたらそうなったわけで、わざとでは……」
「あ、勇者様ですか? もしもし、ヒュールです。偶然近くの物だったみたいですね」
「へぇーそうなんだ」
「それはそうと、いったいいつになったら部屋を」
ブツンッ!
次は男子更衣室にでもするか。
「もしもし? そちらは男子更衣室ですか?」
「あ! 勇者さ」
ブツンッ!
太郎は少しの恐怖を感じていた。
……嘘、ヒュールちゃん速すぎ。
仕方がないので城の外にしよう。
適当に叩けば適当な場所と繋がるだろう。
よし、右斜め四十五度を叩けばきっといいことがあるに違いない。えい!
叩く太郎。
だが残念。右斜め四十五度はテレビの映りが悪くなったときの対処法だ。
「こんにちわー、始めまして」
適当に叩いたら繋がったので、こちらから声を掛ける。
すると……。
「ちわー。初めましてー」
女の子の声だが、もちろんヒュールちゃんではない。
「実は俺引き籠ってまして……暇だったらしばらくお話し相手になってくれませんか?」
「あー、はい。別に大丈夫です」
「んじゃ遠慮なく。お仕事は何やってる人なんすか? あ、こんな真昼間から暇ってことは貴方も同業者ですか?」
思いっきり相手に失礼だが、人と接すると言う事を母の胎内においてきた太郎に気遣いなど無理だ。
「はははっ、そちらは遠慮ないですねぇ~。良いですよ、教えてあげましょう!」
だが、太郎の非常識な言葉を笑って受け流す相手。
人が出来ている。
「実は私、魔王やってるんですよぉー!」
人じゃなくって魔王だったみたいだ。
よくできた魔王……ん?
え、魔王さんの登場はもう少し後……。
「へぇー魔王って凄いですねぇ!」
ちょ、ちょっと待とうか太郎。
と言うか魔王さんも、何でもう登場しているんですか?
太郎くんは太郎君で、もしかして現実が見えていないの?
耳にしたことが凄過ぎて、理解したくないのかな?
でもダメだよ!
魔王さんの登場は想定外だったけど、キミは勇者なんだからちゃんと気が付かなくちゃ!
「魔王凄いでしょぉ! ……って、普通もっと驚くものだと思うのだけれど……」
ほら、お相手の魔王さんもちょっとしょげてるよ!
キミ勇者としてそれはどうなのだろうか。
まぁ、にしてもこれでようやく太郎は気が付いてくれるだろう。
「だって、俺勇者ですもん! 魔王に驚いたりしませんよ~あはは」
……もう、この馬鹿は本当に頭のねじが二、三本飛んでいるのではないだろうか?
意味の判らない理論を並べて、あはは、と笑いながら頭を掻く太郎。
「え!? キミ勇者なの!? マジ!? うっそ、超ぐうぜーん!!」
……うん、ネジが飛んでいるのはこっちも同じみたいだね。
「ほんとほんと、超偶然。これがご都合主義ってやつ? ま、いっか。でさでさ、ま、魔王さん」
「ん~?」
互いに特別な存在と知れたことで妙な親近感が湧いた二人は、これまた妙にテンションが高い。
太郎は太郎で頬を染めているし……え?
……ちょ、ちょっと、太郎。キミは魔王に何を言うつもりなんだ?
目を覚ませ、そいつは敵だ。
声は確かに美少女ボイスだが、その中身は四十過ぎのおばちゃんとサキュバスを足して二で割ったような醜い豚だ!
しかも、超絶ビッチで風呂には一カ月に一回しか入らないと言う不衛生ぶり!
ヒュールちゃんの方が絶対良い!
ヒュールちゃんの方が絶対可愛い!
ヒュールちゃんは作者が用意した最高級のヒロインなんだぞ!
読者の皆さんも太郎に言ってやってくれ、通話石の相手は豚だ、と。
「あ、あの、俺と友達になってくれましぇんかっ! ……く、緊張しすぎて噛んでしまったッ!」
『噛んでしまったッ!』 じゃねえよ!
テメエのせいで物語がもうめちゃくちゃだよ!
本来なら魔王を倒しに行った後、ヒロインであるヒュールちゃんと見た目に大きな差がありながらも結婚。
末永く幸せに暮らす、と言う素晴らしい物語!
女騎士に女僧侶、笑いあり涙ありの冒険活劇なんだぞ!
やめろ、やめろぉ……。
魔王さんや。
せめて返事はするな……しないでくれぇ……。
「わ、私でよければ……。ポッ」
お前も照れてんじゃねえぇぇぇ!!
作者は知っているんだ、お前の正体が豚であることを!
作者は知っているんだ、メインヒロインはヤンデレ風味のヒュールちゃんだってことを!
なのに、なのにお前らときたら……ッ!
二人そろって馬鹿か!?
引き籠りクソデブと、声だけ美少女のババアの恋愛がいったいどこに需要があるって言うんだよ!?
……でも、仕方がない。
これがこの世界の運命だったのだ。
「魔王……」
「勇者……」
二人は甘い声音で互いを呼び合う。
勇者だけど魔王が怖いから引き籠った結果、キモい奴らの恋愛話が始まってしまった。
太郎君、魔王さん。末永く、よろしくしてください。
あ、ヒュールちゃんは貰って行きますね?
読んでいただきありがとうございました。
いつもはこんなにふざけてません。いたって真面目な作者です。