もっと早く言って下s(ry
仁祖反正関連。ネタバレ注意。
……基、もっと早く調べましょうです、すみません。
さてさて、先日、そろそろ次の段階で出て来る予定にしているキャラ達の資料を作らんとな、ということで、色々調べ直してたら、衝撃の新事実が出て参りました。
なんて言っても、私にとって新しいだけで、その事実はきっと以前から史料の中にあったんでしょう。そう、私が気付かなかっただけでorz
反正軍のメンツは、まあこの辺というのは前から調べてあったんですが、その中の割とメインらしい人で、シン・ギョンジンという人がいます。
その人は、綾陽君の弟の綾昌君が殺されるきっかけになった事件『シン・ギョンヒの獄事』で亡くなったシン・ギョンヒとは従兄弟同士とメモしてありまして。
でも、従兄弟と一口に言っても、どっちが年上なのか?
どういう繋がりの従兄弟なのか?
という辺りが気になり出したので、もう一度調べ直しました。
で、結果的にキョンジンの祖父ちゃんの代まで遡って調べることによって、キョンジンの方が年下であり、キョンジンの父親の兄が、キョンヒの父親だということが判明しました。
びっくりしたのはその先です。
何と、キョンジンの父親シン・リプの妹(つまりキョンジンの叔母さん)の嫁ぎ先は、ク・サメンの所だったのです!
…………。
……あー、すいません。何がどうなってびっくりしたのか、分かりませんよね。
えっとですね。
ク・サメンというのは、綾陽君のお母さんである仁献王后ク氏の父親なんです。
つまり、反正勢力のメインを張ってたシン・ギョンジンと、推戴された綾陽君は、遠い親戚だったんです!
図解にしてみると分かり易いんですが、綾陽君にとってキョンジンは、大伯父(綾陽君から見て祖母ちゃんの兄)の息子に当たります(従伯父、もしくは従兄弟違いというらしいんですが、従兄弟の子供でも従兄弟違いですからその辺の名称が何とも……)。
ついでに言うと、キョンジンの妹の一人は、実は信城君に嫁いでいるんです。信城君て誰だっけ、と言う声が聞こえて来そうですが、信城君は綾陽君の父・定遠君のお兄さんで、綾陽君には父方の伯父に当たります。で、そこに綾陽君の弟である綾昌君は養子に出ています(まあ、信城君は十四歳で亡くなってるので、戸籍上養子に入ったという形なんですけど)。
ということは、キョンジンは『シン・ギョンヒの獄事』で、従兄だけでなく、義理の甥まで亡くしてる訳です。そら、報復しようかって気にもなるかも知れないなぁと。
ちなみに、仁祖反正の作中・第六幕第九章にある通り、反正メンバーのク・グェンは綾陽君の母方の伯父で、後々出て来る予定のク・イヌは従兄に当たります(と言っても、クェンとイヌは親子ではありません。イヌの父親の弟がクェンですので、イヌにとってクェンは叔父さんです)。
こっちをもちょっと早く調べてたら良かったんですけど……最初に連む人はミョンギルでなく、ク家の人か、キョンジンの方が良かったかも知れません。
くそぅっ、ミスったぜ……orz(もうここまで書いちゃったら直せないので、後で辻褄合わせる予定です)
余談ながら、シン・ギョンジンの父シン・リプと、遺教七臣のシン・フムも十二親等の親戚なんだそうです。
前にも思ったけど、やっぱりちゃんと調べないと、巡り巡って誰がどこで繋がってるか分かったもんじゃない……油断大敵☆(ググっても史料が出て来ない人に関しては知りません。というか、書く段になっても出て来なかった人については嘘八百捏造百パーセントです。後で出て来ても責任持ちませんから出て来るならお早めに、って心境ですわ/遠い目)
更に余談。
南陽ホン氏の縁戚って、結構廃母論反対者が多いみたいです。ホン・ソボンとソニクも然り。
宣祖の王女の一人・貞仁翁主が嫁いだのが、南陽ホン氏のホン・ウギョンという人で、ウギョンも廃母論に反対を唱えて流刑にされています(でも、ソボンの失職の直接の原因は、廃母論に反対したことじゃないんですけどね)。
ちなみに、そのウギョンの伯母さん(叔母さんかも知れない、どっちかは調べたんですがちょっと分かりませんでした)が宣祖の側室の一人・貞嬪ホン氏なんですよね……何だかなぁ。
あ、でも、貞仁翁主の母親は、靜嬪ミン氏ですので、貞仁翁主とウギョンに血の繋がりはありません(読み方同じだけど字は違うし姓も違いますし……紛らわしい←)。
そして、衝撃の新事実がもう一つ。
シン・ギョンジンにはもう一人妹がいるのですが、彼女の嫁ぎ先は何と、大北派の巨頭イ・イチョムの息子イ・デヨプの所なのです……記述を見つけた時は、「マジかー!?」と叫びましたね。
後々の展開考えると、萌えるような痛いような。ちょっと日本の戦国時代みたいですからね(結構芯の部分のネタバレにつき、これ以上詳しくは言いませんが)。
それと、西暦見れば分かると思いますが(=一六二一年)、光海君治世時、日本は戦国時代ではありません。念の為。
©️和倉 眞吹2018.
【参照史料】
韓国語版ウィキペディア(を翻訳機に掛けたもの)




