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秋色  作者: 椎堂 真砂
9/13

無知と愛 09

「ってー……!」

「あ、すいません」

 下から聞こえた声で、呆然と立ち尽くしていた帥嗣は我に帰った。

 今から焦って追いかけたところで街路に逃げ込んだ均時を見つけようがないし、見つけたとしても捕まえる自信がなかった。

 そして、冷めた頭で考えると、何を話していいのかも。

 まずは自分がどうしてあんなことをしたのか、今からどうするべきを考えるべきだった。

 帥嗣は跪いていた体制から身を起し、手を伸ばして押し倒してしまった人を起しにかかる。

 押し倒してしまった青年は頭を左手で押えながら、帥嗣の手をつかむことなく、かといって手を使うことなく、体のバネだけを使って起き上がる。

 大した運動神経だった。

 起き上がると身長がそうないらしく、帥嗣よりも目線が下に来る。かなり小柄な体型で身長は目測で160センチ有るか無いかぐらいだった。

 それでも年相応の顔だちをしているなら、おそらく帥嗣より二、三歳上、こんな時間に私服でうろついているならば大学生らしい。高校生の身分でこの時間にふらついているという例外が自分なだけに断言はできないが。

 服装は極めて普通。まっ白いTシャツの上にダウンジャケットを着、デニムを履いただけの、着こなし方は上手だが目立たない格好。

 特に変な仕草をすることなく、左手で頭を押さえながら右手をだらりと下げ、痛みを引くのを待っている。

 他に身体的な特徴らしい特徴を言うならば手足がやけに長いことだ。

 が、そういった身体的特徴を差し置いて、最も目立つのが頭髪だった。

 青。

 藍色などではなく、絵の具から出したような原色の青。

 人口の少ない帥嗣の住む涼暮市でも最近では茶髪や金髪に染める人間は増えてきたが、この街で青に染めている人間を帥嗣は見かけたことない。

 おおよそ、この街には似合わない色だった。

 先ほどまでいた商店街を歩けばさぞ目立つことだろう。

 そんな青年の容姿に帥嗣が面食らっていると、青年の方から話しかけてきた。

「んな、急いでどこ行くつもりだったんだよ、お前」

「あ、すいません、ぶつかってしまって」

「それはいいんだけどな、別に。それより会話を成立させろっつーの」

「すいません……。ちょっと人を追いかけてて」

「人って、人だよな?ヒューマンビギンズのことだよな?」

「えぇ、そうですけど……」

 気さくな話口調ながら、年上の青年に対して念押しとように聞かれ、尻込みする。

「追いかけてたんだよな?」

「はい、少し距離は離れてましたけど」

「っかしーな……?」

「え?」

「いや、誰も通ってねぇぜ?」

「……はい?」

「だから、お前が追いかけてるような人間らしき有機物はここを通ってねぇっつってんの。そこんとこを不思議に思っただけだ」

 せっかく落ち着いてきた帥嗣の頭が再度混乱する。

 先ほどまで追いかけていた均時は、一体なんだというのか。

 帥嗣は狐につままれた気分になりながら、再度確認する。

「本当に……本当に誰も通らなかったんですか?」

「あぁ、本当に不思議なことが世の中にはまだまだいっぱいあるなー」

 青年は帥嗣の方に一切目を合わせず、明後日の方向を向きながら、さっきまで痛そうに左手で押えていた後頭部を髪が乱れることも気にせず、面倒くさそうに掻いている。

 どうやら痛みは完全にひいたらしい。

 内心、大事に至ったらどうしよう、などと焦っていた帥嗣は安堵のため息をついた。

 そうではなくて。

 青年の行動は、とても不思議に思っているは考えられないものだった。

 怪しすぎる。

 何か隠していると考える方が自然だった。

「…………」

「…………」

 横たわる重い沈黙。

 何か隠していることがばれたのを察したのか、バツが悪そうに片目をつぶりながらも、誤魔化す様に頭をかくのをやめようとしない。おかげで髪は寝起きかと思わせるほどに乱れていた。

「あの……本当に誰も通りませんでしたか?」

 二度目の確認。

 青年の雰囲気と合った行動の所為か、彼に対する気遅れに様なものは無くなっていた。

「あー、うー、なんつーか、通ってはないんだけどなー……」

 やはり、何かを隠していたらしい。

 言うべきかどうか迷っているだけのようだ。

 根が正直なのかもしれない。

 嘘が下手すぎる。

「だぁばらっしゃい!」

 突然、形容のしようがない規制をあげると本当のことを喋りだした。

「確かに来た、一人、もんのすごいスピードでな。お前みたいにぶつかりはしなかったけどな」

「その件はすいません」

 せめてもの意趣返しのようにシニカルに青年は言う。

 それは帥嗣も悪いと思っていたので、素直に頭を下げた。

 その所為で青年はますますバツが悪そうに、続ける。

「来たと思ったら、ちょうどお前が立ってるあたりの塀をよじ登って民家の中に入っていった。で、その直前にここに来たことを誰にも言うな、ってものすごい形相でいってくんだぜ?そこまでされたら断れねーだろうが」

 帥嗣はちゃんと均時らしき女性を追っていたことがはっきりした。

 厳格でなかったことに、再度安堵する。

「あ、でもたぶんそこにはいないぜ?そりゃ壮大な音を立てながら走ってったからな」

 帥嗣もそこに未だに均時がいないのは承知の上だった。

 それにもう、無理矢理均時を捕まえるつもりはない。

 もう少し自分の気持ちを整理してから、会うつもりだ。

 幸いなことに明日明後日は休日で学校に行く必要はない。

「んで、これもなんかの縁だから聞かせてくれないか、話」

「え、でも、俺これから学校なんですけど……」

 こんなところで追走劇を繰り広げたとはいえ、今から行けば二時間目には間に合う。

 逢いたくない本人は学校に行く気がないみたいだし、会わなくても済むだろう。

「遅刻もサボりもう一緒だっつーの。それに、ぶつかられた謝礼もしくは本当のことを教えた報酬も貰ってねぇ」

「ぶつかったのは良いって言ったじゃないですか。それに嘘をついたのはそっちでむしろ俺が――」

「ぺちゃくちゃいってねぇーでどっか喫茶店入るぞ。俺は腹が減ってんだ」

 そんな事を言うと左手で襟首をつかむと、片手とは思えない腕力で引きずっていく。

「あ、あのっ!」

「うっせ。黙っとけ」

 帥嗣はその後、70メートルも離れた喫茶店に連れ込まれるまで抵抗するすべなく引きずられることになった。

 別の噂が帥嗣に立ったのは言うまでもない。

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