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秋色  作者: 椎堂 真砂
8/13

無知と愛 08

 翌朝は帥嗣にとって生涯で一番、冷や汗をかく朝となった。

 強気にあんなことを書いて、テレビのローカルニュースを見た時に、

『今朝、未成年の遺体が発見されました。投身自殺と思われ〜……』

 何て耳に入ったら、いくら無頓着な帥嗣でも罪悪感を感じる。

 ニュースを聞く限り、幸いそんなことは無かったようだ。

「間違って……なかったよな」

 確かに最善最良の冴えたやり方ではないとも思ってはいる。

 ちょっとした、荒療治。

 それは置いておいて、昨日の夜の話。

 昴はなかなか帰ってこず、結局真夜中にくたくたに帰ってきた。おかげで帥嗣が真夜中に起き、炊事する羽目になったがいつも世話になっている分、誠心誠意料理をした。

 昴はろくに味わいもせず、食べ終わるなり部屋に戻って寝てしまったが。

 そして、今もまた眠っている。先程様子を見てきたが、今日は一日、起きそうにもないくらい深い眠りだった。

 下手したら二日ぐらいは寝ているかもしれない。

 さすがは眠り姫。

 調が悪のかもしれないので、下手のなことは言えないが。

 体調不良として、昴の職場に連絡を入れておいた帥嗣。

 それ以外には別段特に普段と変わった事も無く家を出た。

「いってきます」

 誰もいない玄関に向けて、昴を起こさぬよう静かに帥嗣は言って家を出る。帥嗣は軽く虚しい気分になったが、大きい声を迂濶に出せないので、気持ちを落ち着かせてゆっくり扉を閉めた。

 昨日の教訓を生かし、帥嗣はまず弥彦を迎えに学校とは別方向に歩みを進める。

 弥彦は今回の噂を真面目に取り合ってないにしろ、周りの目を気にせずに帥嗣と接してくれ、帥嗣としてはすごく助かってはいる。

 だから、帥嗣にとって弥彦を迎えに行くくらいはやぶさかではない。

「問題が全部片付いたら何かお礼――はしなくても良いか」

 ポツリとさりげなく弥彦を貶す帥嗣だった。

 ちょうどそのタイミングで突然、内ポケットに振動が生まれる。

 少し驚いたが、携帯電話をマナーモードにしていたのを思いだし、急いで取り出す。

「あ、弥彦」

 思わず声に出してしまった。

 先程無意識に貶しただけに、少し罪悪感。

 しかも滅多に使わない電話だっただけに焦った。

 最初のコールから大分時間が経っていたので、急いで通話ボタンを押して耳に当てる。当然、弥彦の声が電話口に聞こえた。

『あー、帥嗣?』

「それは俺のケータイだし、俺がでないと不思議だろうな」

 弥彦の声はやけに鼻にかかっていて、聞こえない事はないが聞き取りづらい。

 まるで無理そののようにしているかのような声。

 電話口に帥嗣が不思議がっていると、弥彦が相変わらず鼻にかかった声で一方的に喋る。

『風邪引いたから学校休むわ。だから、迎えに来なくていい。ついでに見舞いもいい』

「…………えっと」

 弥彦の言葉がうまく飲み込めず、返答ができない。

 そんな帥嗣を無視し、弥彦は会話を終わらせにかかる。

『そゆことで』

「あ、ちょっとま――」

 帥嗣の制止も聞かず、弥彦は電話を切った。

「何だよ、それ」

 この早い会話はサボってどっか行きそうな雰囲気だった。

 最後に切れる間際、帥嗣は車のエンジン音のようなものもしっかりと聞き取っていた。

 だが、弥彦は鼻声で喋っていたのが帥嗣には妙に引っ掛かり、疑心暗鬼になるのは良くないと弥彦の主張を鵜呑みにする。

 弥彦は人並み外れて丈夫なわけでもないし、担任に何か聞かれたら風邪とでも言えば信じるて貰えるだろう。

 それきり、帥嗣は弥彦のことを考えるのはやめた。

 他にもっと考えることはたくさんある。

 とりあえず携帯電話を閉じ、電話にどれくらい時間を使ったかを確認する。そう時間は使うことはなかったが、余裕分は無くなってしまった。

 でも、いつも通りに行けば十分間に合う時間だ。今は突拍子がないにしろ変な噂が流れているし、生活を乱すのは良くないだろう。

 優等生をしていれば――そんな噂、七十五日待たずとも消える。

 が、そんなことをしているわけにはいかなくなった。

「くすっ……」

 初めて会った時と、まったく同じ反応。違いは今は彼女の顔が見えていることぐらい。

 彼女は笑う。

 彼女は微笑む。

 彼女は見つめる。

 彼女は見据える。

「なっ……!」

 帥嗣は思わず声を漏らした。

 灰色のニット帽にタートルネックの無地のセーター。そして洗いざらしのジーンズ。

 肌を隠しているような服装の上、一度も見たことのない恰好だったので、100パーセントの自信はなかったが、おそらく均時だ。

 遠くからでも分かる明朗快活な雰囲気は全く変わっていない。それにまず驚いた。

 そして次に、屋上の時のあの乱れようを一切感じさせない雰囲気に驚く。

「あいつ……何やってるんだ?」

 制服を着ることなく、遠くから帥嗣を見守っているばかりの均時。

 視線がっているはずなのに、そんなことを一切気にているそぶりはない。怯むことなくじっとこちらを見ている。

「くすっ……」

 帥嗣が均時の行動を諮りかねていると、もう一度遠くの方で微笑む均時。

 そして、彼女は帥嗣が迷っているうちに、タイムアップと言わんばかりに駈け出した。

「っ!?」

 帥嗣は一瞬躊躇したが、均時を追いかけるために走り出す。

 足の速い均時においつけるとは到底思えなかったが、それでも追いかける。

 学校には間違いなく遅刻するだろうが、そんなことを気にする意味はない。理由そのものが、視界の中にいるのだから。

 小学生の間をすり抜け、青年を押しのけ、女性をかわし、顔見知りの生徒を潜り抜け、均時に手を伸ばす。それでも――届かない。

 だから、走る。

 ただ、走る。

 背後から聞こえる怒声や罵声も、無視してただ追いかける。

 それでも、均時には届かない。

「くすっ……」

 それどころか、挑発するように笑いかけてくる。

 余裕綽々の笑顔。

 その笑顔が、帥嗣により一層もどかしさを募らせる。

 もどかしいのが嫌なら、追いかけなければいいのに。

 いらいらするなら、抑え込めばいいのに。

 帥嗣は感情にまかせて、均時を追いかけている。

 分からない。

 分からなくていい。

 そういう問題じゃない気がした。

 ただ、均時を捕まえて話したい。話すことなど決めてないのに、ただ話したい。

 そのためにスピードを上げる。

 運動能力の差が埋まらない。

 商店街を抜け、突き当りに差し掛かる。

 その角を均時は、まるで消えるようなスピードで曲がった。おおよそ練習をかなり積んだのではないかと思わせるような上手な曲がり方。

「くそっ!」

 感情のままの悪態。

 これでまた差が開いた。

 帥嗣も拙い動きながら急いで角を曲がる。

「うわって!?」

「っ!?」

 曲がった直後、帥嗣は誰かにぶつかった。帥嗣の方に勢いが付いていたせいで、相手を突き飛ばす形になり、帥嗣自身も前のめりに倒れこむ。

 普段の帥嗣ならいの一番に相手を起こし、謝るところだったが現状ではそういうわけにはいかなかった。

 辺りを見回してみる。

 均時は何処にもいなかった。

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