表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秋色  作者: 椎堂 真砂
7/13

無知と愛 07

 放課後。帥嗣はいつも通りの歩調で帰宅の途についていた。

 朝、弥彦のことを放置していた所為で殴られたが、それは気にならない。

 あの掲示板に対する返答も、決まっていたし帰り路は気楽なものだった。

 その代わり、均時の方の問題は一切進んでいない。今日もちゃんと席に座って授業を受けてはいたが、言葉を交わすことは出来ず終い。

 クラスメイトの好奇の視線を背に受けながら学校を出て、商店街を人を縫うように進んで、帥嗣の住むに到着した。いつもよりも少し速いくらいのペースになり、帥嗣歩くペースを落とす。

 何度も見慣れた、コンクリートブロックに囲まれたタイトなカーブを曲がれば、帥嗣のが見えてくる。

 帥嗣にとってこの曲がり角は、今も昔も恐怖の対象だった。

 昔は外灯の関係でちょうどお化けのような陰が見えるのだ。

 小学生の頃――まだ、昴の家に帥嗣がいない頃、時々泊まりに来ていた帥嗣を脅かす、昴の楽しげな顔と高らかな笑い声が、今でもすぐに思い浮かんでくる。

 とても正しく、とても真っ直ぐだった昴は、今もそのまま。なのに、帥嗣は大きく変わった。主に悪い方向に。

 そして今の恐怖の対象は、掲示板――ではなく、ちょっとしたトラウマ。

 ほんの数ヶ月前、昂のバイクに乗せられてフルスピードのまま曲がったという恐怖体験の所為。それ以来、バイクにだけには一生乗るまいと心に誓った帥嗣だった。

 でも、不思議と今、その恐怖は一切ない。

 今あるのは新しく思い出の刻まれるご町内の掲示板のことだけ。

「にゃ〜」

「のわっ!?」

 そんな哀愁ある考えも、不意に欠けられた声に、一瞬にして吹き飛んだ。

「何だ何だ!?」

 一体誰が声をかけたのかと思い、辺りを見回す。声の主は何処にも見当たらない。

 こんな漫画みたいな状況に、自分が置かれるとは帥嗣は思いもしていなかった。

「にゃ〜」

 再び声。その声を頼りに、帥嗣は振り向いた。

 猫。

 まごうことなき、猫。

 毛並みつややかな、でも少し汚れのついた白い毛が特徴的だった。

 見たことがあるぞ、この猫。

「タマ……か?いや、ニャアちゃんだったっけ?それともマダムちゃん?この中の一つであることは確実なんだが……」

 と、考えているうちにもう一声。

「にゃ〜」

「ってあぁー!制服の裾を噛むな!噛むな!噛まないからって舐めるな!」

 制服がボロボロになったり、ベトベトになる前に、帥嗣は急いで猫の胴体を持ち上げてる。

 持ち上げてみて初めて分かったが、意外に軽い白い猫の腹部は泥まみれで汚くなっていた。同様に首輪にも。

 帥嗣はまず首輪についた泥を拭っている。首輪の喉側には金のプレートがついており、指で丁寧に泥を取ると、『me』と彫ってあるのが読み取れた。

「そのまま、『ミィ』って読んでいいのか?」

 拭ったついでに喉を人差し指でなでてやる。特に抵抗することもなく、お腹を見せたまま喉を鳴らすミィ。人懐っこい猫のようだ。

「こうも簡単に手の中に収まるともって帰りたくなるな」

 が、そうするわけにはいかない。

 懐いて腹部を見せている内にポケットからハンカチを出して綺麗に拭ってやる。完全に綺麗にすることは出来なかったが、少しはマシになっただろう。

「飼い猫のみたいだし、あとは飼い主がどうにかするだろ」

 喉を鳴らしている猫を、地面に降ろしてやる。

 すると猫はゆっくりと、少しずつ歩いて離れていく。そして、あの掲示板にたどり着く。

「なぁ〜」

 そこで猫は一鳴きして、じっと何か待つ様に座り込んだ。

 待っている相手が帥嗣のことなのかは、分からない。

「猫に好かれても、なぁ……」

 帥嗣は猫が嫌いなわけではない。それでも、困る。

 一番、というか全ての理由は昴が猫嫌い、ということに帰結する。親の仇敵のように嫌っており、昴の唯一無二の弱点。アレルギーも持っている。

 とりあえず、猫に関係なく帥嗣自身も掲示板にも用事がある。

「にゃ」

 短く鳴いた猫は、帥嗣が近づくと共に、軽くジャンプして塀の上へ。

 さすが猫。

 そのまま猫らしく俊敏な動きで、路地裏へと消えていった。

 帥嗣としては少し飼いたかったが、昴より優先順位は下。諦めることにした。

 帥嗣は猫を見送って、前と同じように鞄を開きペンを取り出しノックする。

 銀の先の黒い芯が、秋の陽光を反射して鈍く光った。

 文字を整える気もなく、前回と変わらない文字を連ねた。書くことは決まっているおかげか、迷いはない。

 場所はもちろん『ありがとう』の隣。

「よっと」

 文字の出来を確かめることなく、掲示板に背を向けて立ち去る。

『甘えるな』

 雑な文字だけが、その場に残った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ