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秋色  作者: 椎堂 真砂
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無知と愛 06

 寝む、い。

 頭も呆けている。

 そんなことが真っ先に、寝起きの帥嗣の頭に浮かんだ。

 朝にはそれなりに強いが、起きた直後くらい睡眠の余韻ぐらいは残るものだ。

 それに……あの夢は、さすがに衰弱していた帥嗣の精神にはかなり堪えた。夢は眠りが浅いとき見るとも聞くし、単純に疲れがとれていないのかもしれないが。

 布団をはねのけ、重たい体を無理矢理起こし、冷たい外気でまどろむ脳を覚醒させる。

 部屋の隅にかけてある制服に着替え、鞄の中身を入れ替えてから居間に向かう。

 朝早い所為で家の中は静寂に沈んでいる。寂しい空間では会ったが、それはそれで気持ち良い。

 居間はいつものように無人。

 昴は基本的、朝は眠り姫故に起きてこない。朝起こすと、昴は割と本気で怒るので、帥嗣はいつものように無視。

 やることといえば、ブランチになるような食事を残しておくくらいだ。

 預かってもらっているせめてもの恩返しとして。

 だが、今日は不思議なことに机の上には、一個一個丁寧に包まれたラップにくるまれたオムスビと、ほんの気持ちばかりのオカズのみ。具体的に言えば、タクアン六つ。

 脇には手紙が置いてあり、帥嗣は、とりあえず手にとって読んでみる。

『今日は朝から用事だから、これ食っとけ。早めに帰ってくるから昼飯は学食で適当に済ませて、夜は待ってろ。いいか、全体一食も抜かすんじゃないぞ?』

 その隣にはちょこんと置かれた百円玉。

 …………。

 これはからかっているのか?

 からかっているというのか?

 今時百円で何が食べれるというのだろうか、あの人は。

 思っていそうだった、あの人なら。

「何!?いつからそんなに物価は高くなったんだ!?世も末だ……」

 とか何とかのたまいながら。

 未だにあの人のキャラってつかめないよな……。

 そんな珍事に少し心を和まされながら、もう一度メモに視線を落とす。

 すると、帥嗣は端の方にある一文を見つけた。

『ちなみに、このオニギリは昨日せっかく作ったのにお前が食べなかった奴を放置しておいた奴だから鮮度の程は知らんが絶対処理しておくように。中ったら罰だ』

 再度、黙る帥嗣。

 かかれるのは帥嗣にとって別に構わなかったが、何も騙すことを目的みたいに小さく書かないで欲しかった。

 これでは騙そうとしているのか、照れ隠しなのか分からない。

 帥嗣はもちろん、後者だと信じているが。

「まぁ、どっちにしても食べるけど」

 食べなかったら食べなかったで、想像するだけで怖かった。

 とりあえず一口だけ口に含む。

 冷たくて硬い。一晩経っているのだから当然だった。

 それでも――おいしい。普段なら思わず口から出してしまうほど不味いのはずなのに。

 昨日の夕食を抜いたし、よく考えれば昼食も抜いている。だとすると約24時間ぶりの食事になる。当然のように酷い空腹だった。

 一応、臭いでも嗅いで腐っていないことを確認しレンジで暖める。これで少しは食べられるようにはなるだろう。

 もう一度、口へ。

 ゆっくりと運んだそのオニギリは少しだけ、本当に感じない程、いつもより塩辛かった。


   *   *   *


 当然の事ながら、冬の朝なので家の中より外の方が何倍も、何十倍も寒い。

 その寒さに耐えながら、いざ学校へ。

 帥嗣がいくら注意力散漫だからといって、学校へ行くことぐらい忘れないし、戸締まりもチキンとした。服装もきちんとしているし、靴も靴下もしっかりしている。

 しかし、帥嗣は何か忘れている気がしてならなかった。

「……何だっけ?」

 生憎、忘れたのだから大した用件ではない、と切り捨てられるような楽観主義者ではない。大事なことでも忘れるときは忘れるし、些細なことでも忘れないことは忘れない。

 小首をかしげながら視線を泳がせながら考えていると、昨日落書きにつけたしをしたあの掲示板が目に映った。

 いつもの登校時間より、時間的な余裕はたっぷりあるし数秒とかからないと思い、興味半分に覗いてみることにした。

 もしかしたら、忘れていたのはこの事かもしれない。

 もし違ったならば選択肢が一つなくなってよかった、で終われるのだ。

 残りの半分はそんな考え。

 書いた主は『バカ』と嘲っただろうか。

 『アホ』と罵っただろうか。

 付き合う必要もなく無視しただろうか。

 恐らく、そんなところ、というのが帥嗣の大方の予想。

 でも、実際に書いてあったことは、余りに的外れで、余りに白々しい、帥嗣の予想の大きく上を行く解答だった。

『ありがとう』

「……うわ」

 思わず、口から漏れた言葉が、白い意気となって消える。

 予想外も甚だしい。

 これはまるで……、普通に慰めただけじゃないか。

 この状況をリアルに体験し少しも驚かないものがいたら、帥嗣はその人を尊敬する。

「これ、どうしよ……」

 困った。

 返答しようにも内容が思い付かないし、ありがとうとまで書かれたのに返答しないのも薄情だ。

 前回みたいな遊びのような気持ちでやって良いのとは違う。

 今回ばかりはこの二つのどちらか選択をしなければならない。帥嗣としてはなるべく、答えたかったが、内容を考えるにはあまりに時間が無さすぎる。

 下手をすると、人の生死に関わることになる。

 少しくらい考える時間がほしい。

 せめて、今日の夕方まで。

「でも……いいのかも、な」

 誰も聞いていないのに、帥嗣は呟く。

「なにか考えてないと、何かしそうだし」

 お礼を言ってくれた人には悪いが、帥嗣は逃避に使わせてもらうことにした。


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