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秋色  作者: 椎堂 真砂
4/13

無知と愛 04

 北に行けば、

「〇〇君から」

 南に行けば、

「××さんから」

 東に行けば、

「□□ちゃんから」

 西に行けば、

「△△から」

 上に行けば、

「▽▽部の後輩から」

 下に行けば、

「◇◇部の先輩から」

 etc.etc.……

「はぁ……」

 ため息が出るほど同じ様な言葉を度々聞きいた為か、帥嗣は頭痛を覚えた。それ以外にも弥彦に殴られた胸の辺りも痛いが、今は気にしないでおくことにしよう。弥彦なりに手加減して、顔にやらなかっただけでもよかったと思うべきだ。

 どちらにしたって、帥嗣にとって一番痛いのは周りの視線に変わりない。

 あるものは嘲笑を込め、またあるものは至福を込め、また別のものは冷徹さを込めた視線を向ける。

 さようなら俺の明るい未来。

 こんにちは俺の絶望の未来。

 餓死寸前で目前の食料をまるまると太った大富豪に食べられた気分だった。

 非常に噂の根元が憎い。

 いや――憎かった、と言うべきなのだろう。

 その根元はすでに見つかったのだが……どうも諸手を上げて喜べない。呆れにも似ていて、困惑にも近いような複雑な感情が帥嗣の中に渦巻いていた。

 何にせよ事の真相は確かめなければならないのだ。今は午前中に奔走した成果で、なんとか昼休憩までには間に合った。時間としては余る程にある。

 でもまさか、噂されている張本人である帥嗣自身も、ここに辿り着く事になるとは思っていなかった。

 学校特有の無機質な扉の前、その上には一年四組―――自分の教室の札。ほぼ毎日見ているはずの扉なのに、先程出たばかりの扉なのに、帥嗣は開けるのに戸惑った。

 まさに灯台もと暗し、と言うより犯人は灯台の中にいたようなものだ。

 それでも開けないわけにはいかず、帥嗣は一思いに開けた。

「おぉ、犯人さんは見つかったか?」

「あ、あぁ……」

 ドアから一番近い席で菓子パン食べている弥彦に、目に見えて分かるほどの暗さで返答した。

 そうなるのも無理はない。噂の犯人さんは目の前にいるのだから。

「まさか犯人がお前だったとはな、弥彦!」

「衝撃の新展開だなぁ、おい!?」

 ……いや、犯人は弥彦じゃないけどね。

 何となくからかいたかっただけだ。

 別に殴られた意趣返しをしたかったわけじゃない。

 弥彦も冗談と分かっているらしく、深く突っ込んだりせず、通り過ぎていく帥嗣を見送った。

 机を強引にかき分けながら、真っ直ぐ突き進む。静かな食事を邪魔されたクラスメートからは嫌な顔をされたが、謝っている余裕がない。精神的にも、肉体的にも、帥嗣は結構まいっていた。

「ちょっと来い」

「ぁ……」

 帥嗣は怒気に含んだ声で、静かに小さく言い、その“犯人”の手を取る。

 平然と弁当を食っていたが、そんな小さな事を気にしている時じゃない。無理矢理にでも連行して話をしなければ。

 性格からして少しぐらい抵抗すると帥嗣は思っていたのだが、彼女は終始押し黙ったまま俯いて、最後のほうは自らの足で着いてきていた。

 そんな彼女を更に強く引っ張って上に上る。

 目指すのは屋上。

 この時期なら誰もいないし、何より表向きとしては立ち入り禁止となっている。詳しくは知らないが、昔飛び降り自殺があったらしい。

 重厚感のある鉄の扉は見た目より存外軽く、ギィという音と引き替えに、すんなり屋上へと通してくれた。

 立ち入り禁止なら鍵ぐらいつけておきそうなものだが、つける度に何者かに壊されるので学校側はもう変える気さえないらしい。

 学校の屋上はこの田舎町では一番空に近い場所。

 遮るものがない所為か、冬の冷えきった刃物のような外気を巻き込む強い風が、屋上に立つ二人の身体に吹き付ける。流石にそんな吹きさらしの場所じゃ話しづらいので、入り口の陰まで犯人を引っ張ってつれてきた。

 そこで、ようやく犯人の細腕を放した。

 位置関係は俺がフェンス側、犯人が建物側。別にこいつが逃げたところで居場所なんてすぐ突き止められるし、そもそも足の速さで負けるはずがない。こいつの足の速さは太鼓判付きだ。

 短いが重い沈黙が流れるのを待ってから、帥嗣は閉じた唇をようやく開き問いただし始めた。

「お前……どういうつもりだよ」

 諸悪の根元、犯人―――白前均時に。

 均時は強い語調の帥嗣の問いに対して一切反応せず、俯いたままだった。聞こえているのかさえ、疑わしいほど。

 怯えも、動揺も、何もない。

 糸の切れた人形のようで、意図のない人。

「どういうつもりなんだ?」

 もう一度、帥嗣は静かに尋ねた。

 なるべく冷静になり声質に注意する。さっきより無感情な自分をわざわざ演じ、威圧感をなくしたつもり。

 そうやって、自分を抑えなければ、ただ怒りに任せて均時を殴ってしまいそうだった。罵声を浴びせてしまいそうだった。話を聞けそうになかった。

 恐らく相手が均時でなければ、こんな風に真剣にならなかっただろうし、そもそもこんな感情にならなかっただろう。

 自分の中にそんな感情が今まで流れた事がなかった所為か、帥嗣はその感情に対する処理の知らなかった。小さい頃から、感情を抑えることをしすぎたツケが、今ごろになって帥嗣に回ってきた。

 だから、嘘をつくしか、帥嗣には思いつかない。

 そして、それがどういう結果を招くのかも。

 冷静をよそおっても、帥嗣は冷静じゃない。

「スイが悪いのぉ!」

 帥嗣の言葉が引き金になったようにわめき散らし叫ぶ均時。

「全部全部スイが悪いのぉ!私何も悪いことしてないのぉ!」

「お、おい……」

 流石に、帥嗣はたじろいた。

 こんな風に荒れた均時なんて初めて見たし、何よりきつく閉じた目からこぼれ落ち続けている、悲哀な涙が痛々しかった。

 そしてなにより、少し前まで当たり前で、その少し後から決して許してはならなくなった、呼び名が、痛かった。

 均時以外は使うことのない『スイ)』という音読み。

「駄目なのぉ!駄目なのぉ……!」

 ひたすら意味のない言葉を羅列するばかりの均時に、原因を作ってしまった帥嗣にらかけれる言葉なんてあるはずが無い。均時に声をかけることも、触れることも、帥嗣にはできなかった。

「うぇぇ……う、く…………ひっ……うぅう………」

 均時のわめき散らすさまを見て、倒錯した同情を感じる帥嗣。そんな情けない帥嗣にはそこに立ち尽くす以外に、一体何が出来るというのか、分からなかった。

 そんな事にまた心に傷をつけたふりをする。別れたときも傷ついたふりをして、ついさっきまで弥彦と馬鹿みたいに笑っていたというのに。

 最低すぎだ。

 心の中で一人、自分で自分を嘲る。

 けど、最後に一度だけ、帥嗣は自己満足じゃないとはっきり言える感情で、眼前の均時に触れたいと思った。

 いつものように無知な空の感情でも、悲観主義な理論思考でもない、帥嗣の感情が付き動かす。

 そっと、今にも壊れそうな硝子細工に見える均時に手を伸ばす。

 きつく閉じた均時の瞳にはそんな帥嗣の姿なんて映らないだろうし、開いたところできっと涙で歪んで何も見えやしないだろう。

 すぐそこに、そんな均時の顔がそこにある。でも、手は鎖でつなぎ止められてしまったかのようにひたすら重く、一メートルもない距離は果てしなく遠かった。

 しかし、そんな手でもいつか届くと信じ、ひたすらにゆっくり伸ばし続ける。

 だが、折角上がりきったその手は虚しく空を切った。

 ちょうど帥嗣の手をかいくぐるようにして、均時は目を閉じたままかけ出している。

 俺が気がついたときには、もう鉄の扉の閉まる音が聞こえてきた。

「はぁ……何だろうなぁ、俺……」

 三歩下がって、フェンスにもたれかかる。ガシャンと軽い金属音で軋む。

 そうしてもう一度溜息をついて空を見上げる。

 嫌なくらい晴れていた。綺麗な秋晴れ。雨は到底降りそうない。

「これならちょっとくらいいても、大丈夫だろ」

 昼の授業はサボることにした。

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