無知と愛 11
結局、料理が運ばれてくるまでそんな和気藹々とした雰囲気のまま話し続けた。
オーダーをとった店員がおっかなびっくりながら持ってきたハンバーグセットを、行儀悪く頬張り始める。
「んがー、食べずれぇっ!」
青年は左手だけでハンバーグを切ろうと努力して挫折していた。ナイフをフォークに持ち替えて、
一個丸々持ち上げるとそのままかぶりついた。
肉汁たっぷりのハンバーグがったようで、あふれ出た肉汁がダウンにかかり、青年は左手で慌ててダウンを拭きにかかる。もっていたハンバーグはと言えば、フォークの柄が真上に向くようにして鉄板に置かれていた。
「右手……使ったらどうですか?」
帥嗣はそう言わずにはいれなかった。
「あん?なんで?」
当然の指摘を不思議そうに受け止める青年。
やはり、かなりの世間知らずらしい。
「左手だけで食べずらいなら、右手を使えばいいじゃないですか、って言ったんです」
「なんか長くなってね?」
「あなたが不思議そうな顔をしたから、噛み砕いて言ったんですよ!」
再び上げられた大声に、店の客の視線がこちらに向く。
店員に注意されても仕方ないような行いだったが、青年がいる所為か、誰かが注意に訪れるようなことはなかった。
それでも帥嗣は赤面しながら、他の客に向かって律儀に頭を下げてから着席する。
「なんで、右手使わないんですか?」
他の客の視線が自分から外れてから、今度は小声で帥嗣は青年に尋ねた。
「そりゃお前、使わねぇんじゃなくって使えねぇんだっつーの」
「なんでですか?」
「なんでなんでって……さっきから疑問ばっかりぶつけてくる奴だな。自分で少しは考えろよ」
「あなたが右手を使わない理由なんて、考えて分かるようなモノじゃないでしょう……」
ダウンジャケットを拭き終え、再び青年はハンバーグを先ほどよりは上手に、だが絶対的に食べずらそうに齧ってから、事もなげに右手を使わない理由を答えた。
「折れてんだよ、右手」
「はい?」
「だから折れてんの、右手が。たぶん単純骨折だからすぐくっつくだろうけどな」
「いや、聞こえなかったわけじゃないんですけど……。単純骨折でも一か月は掛かると思うんですけど」
「そうか?二週間もすれば大丈夫だろ」
もう一度、ハンバーグに齧り付く。今度は絶対的にも上手に食べた。
帥嗣は青年の話を半信半疑に聞きながら、青年の腕を覗き込んでみる。
確かに右手はだらんと垂れたままだったが、タウンジャケットの所為でよく分からないが、右手だけ膨らんでるようには見えない。おそらくギブスはつけていないだろう。
もしかしたら折ったのがずいぶん前の話で、すでにギブスが取れた後なのかもしれない。
「あの……折ったのって何時ですか?」
「んー、昨日だな」
ものすごい最近だった。
「病院は?」
「金ねぇっつったろ?鳥頭か、お前」
確かに財布を落としたとは聞いたが、家には貯金くらいあるはずだ。
「痛くないんですか?」
「全然」
「本当ですか?」
「本当だっつーの」
「本当に折れてるんですか?」
「嘘に決まってんだろ。んなわけねーだろ」
青年はハンバーグの最後の一口を口の中に放り、飲み込まぬうちに添えてある温野菜も食べる。
「お前心配しすぎだろ、ぜってー。ふつー、折れてたらこんなところで呑気に食事なんかしてねーよ」
青年は急にやる気なさげに、背もたれに腰掛ける。
空腹が少しだけ満たされ眠気でも出てきたのか、はたまた次の料理が来るまで暇なのか。
「なんか俺の話ばっかになってんだけど?」
「話って言うよりただの嘘じゃないですか」
「うっせ。そろそろ、おまえの話、聞かせろよ」
「別にかまいませんけど……」
帥嗣は噂を耳にしたあたりからの事を掻い摘んで話す。
そう多くはなかったので、十分もかからなかった。
「ふぅん。くっだらね」
ひとしきり聞いてから、青年はそう言った。
「お前の話聞いてるとさ、バッカじゃねって思うぞ?たぶん誰でもな」
「ちょっときつ過ぎじゃないですか?言い方」
「あぁん?」
「何でもないです」
仕切りなおす様に咳払いをして、一度店内を見回す。
「料理、こねぇな」
「あなたが腹ペコキャラなのはメニュー頼んだ時点でわかりましたから、話進めてくださいよ」
「そうか?」
無駄にキャラを気にする人だった。
今度は面倒臭そうに左手で頭をかいてから、喋り始める。
「だってよぉ、話聞く限り、お前のモトカノのなんつったっけ――ヒトトキか?そいつはお前に未練タラタラだろ?」
「……はい?なんでですか?」
「いや、それこそ考えるまでもないこったろ」
盛大に一つ溜息をついてから、青年は俯きがちに滔々と語り始めた。