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08 人と竜の性を持つ者

 ――ここで一つ、【竜人】という種族について語っておこう。


 翼を持つ者、鱗を持つ者、獣の身体を持つ者と、世界には人間以外にも様々な種族が存在しているわけだが、その中でもとりわけ希少な種族というものがある。

 その一つに数えられるのが、アルシェンド国内に見られる【竜人】だ。

 人と竜の二つの姿を持ち、空を自由に翔ける種族。人の姿であっても軒並み頑強で、竜の姿にいたってはあらゆる生き物の頂点に君臨するとまで一部に言わしめるほどだ。

 彼らが転変する竜の姿は、二足形態のものもいれば四足形態のものもいて、鱗の色からその体格までも個々によって異なり、非常に多種多様な姿を取る。竜人の種族を揃えて並べてみれば、七色を網羅する圧巻の光景が広がるに違いない。


 そんな竜人が、希少と謳われる理由。それは同時に、アルシェンドでしかその姿がほぼ見られない理由でもある。

 竜人は基本的に、誇り高く、高潔である事を尊び、強くあれと生涯を通して切磋琢磨する。そして時に、彼らは獣をも超える苛烈な激情を見せ、他種族を退けてきた。


 要するに――とにかく自他共に厳しくお堅い、気難し屋が多いのだ。


 そのため、種族の全体規模を統括した時、竜人は希少な存在という枠に入れられた挙句、尊い種族であるという印象が世に流れてしまっているのだろう。

 なにせおとぎ話に出てくる竜なのだ、気持ちは分からないでもない。

 だが世間で言うほど立派なものではないと、長年竜人と付き合い交流を育んできたアシルは思う。

 ここ最近では、特に。




 ――アルシェンド騎士団の国境支部。

 隣国との間に引かれた国境を守るため、また有事の際にいち早く行動を起こし対応するため、存在しているし支部である。近郊にある街やその周辺にも目を配り、地元の見回りなどの警邏にもこの支部所属の騎士は励んでいる。

 現在、隣国との情勢は安定し危険はないとされているので、田舎の平和な支部と思われがちであるが、騎士の間ではある意味全支部トップで有名な場所と語られてきた。


 訓練の厳しさ――特に、空中訓練の、その鬼のような厳しさにおいて。



 青い草原が続く大地の上に、爽やかな風の似合う晴天が広がっている。

 天候にも恵まれたこの日は、週に一度ほど支部の郊外にて、名物の空中訓練が行われていた。

 人と竜がペアになる事で初めて騎士として認められる、アルシェンド騎士団特有の風習。竜の背に騎乗する技術は大前提の必修項目なので、現在騎士として在籍する者は皆それを修めているわけなのだが。

 この支部に配属された者は、口を揃えて言う――ここの支部でやっていけるようになったら、嵐の中飛べと言われても喜んで飛び出せるようになる、と。

 そんな言葉を裏付けるように、爽やかな空には今、怒号や悲鳴が激しく響き渡っていた。


 青空を飛び回るのは、何頭もの飛竜の影。中でも一際の存在感を放つ白い巨影――白竜が、その中心にあった。

 大きな翼で力強く羽ばたき、強風を巻き起こす白竜。その背に跨がる一人の男が、蒼い騎士服をはためかせながら言った。


「――良いか、もっかい始めるぞー。さっき言った通り、脇と手綱に注意するようにな。避けるタイミングを見誤るなよー」

「ちょッアシル隊長! 無理無理、テオルグさん速すぎて逃げきれないって!」

「今ので何人叩き落とされたと思ってんだよ!」

「はい空中鬼ごっこ第二戦開始~触られた奴は腹筋百回な~」

「横暴過ぎる! ッて、嘘ォォォォォォォ!!」

「ギャァァァァ! やっぱり速ァァァァァァ!!」


 脳天気な掛け声と共に、白竜がその翼を羽ばたかせ、猛然と宙を駆ける。疾風の如く空を切り、迫り来る獰猛な威光。それを見た騎士たちは皆、腹の底から悲鳴を上げ逃げ回った。

 今日の訓練も絶好調に、国境支部の名物と呼ばれる光景が広がっていた。



 午前の訓練は、正午間近になる頃、無事に終了した。

 それぞれの騎竜(調教された小型の飛竜)を竜舎へ連れていく十数人の騎士たちの後ろを、訓練を担当したアシルと白竜姿のテオルグは眺め見る。

 今日も相変わらず、両極端な光景だ。

 この支部目玉の空中訓練を経験して数年のベテラン組は、「腹減ったー」「午後の見回り頑張るかー」と汗を拭い、同僚や騎竜に話しかけ笑っている。その後方で、今年から初めて国境支部に配属されたピカピカの新人組は、屍のように無言のままズルズルと歩いている。今にも力尽きて倒れそうだ、午後が心配である。


 ただ手綱を握るだけだと、思う事なかれ。手綱を握り指示を出すのは、背に乗る者の役目だ。まして、馬ではなく、空を飛ぶ竜。乗り続けるための体力、筋力、精神力は想像以上に消耗するのである。


「まだまだ精進が足らないな。こりゃ当分はあの生きた屍が出来あがる」

「これに根を上げていては、冬の警邏は務められないがな」

「厳しいなあ、我が副隊長は」


 厳しいのはテオルグだけではなく、アシルもそうだろう。この害の無さそうな優男の風貌で、爽やかに笑いながら「今文句言った奴は二倍にするぞ。嫌ならさっさと手綱を取れ」と空中や地上を問わず言って退ける男である。

 異種族混合編成の中の、一番弱い人間(・・・・・・)と思う事なかれ。ボコボコにされ轟沈するのが関の山だ。

 毎年、やんちゃが過ぎたせいで心身の叩き直しを課せられ国境支部へとやって来る騎士達がいる。そういう彼らはまずアシルを見て大半が舐めて掛かり、後の空中訓練で地獄を見る。そして、微笑みを浮かべるアシルに今度は地上訓練でも叩きのめされ、容赦なく心が折れるのは、もはやお馴染みの恒例行事である。

 一度は必ず誰もが通る道だと、周囲は微笑ましそうにするくらいで、誰一人とつっこまない。

 それでもその外見の違いのせいか、テオルグの方に何故か恐怖の天秤が傾く。もったいない事だと、アシルは今日も思う。


 戻る騎士たちを全て見送った後、アシルは己の隣に並んでいる大きな白竜を見上げた。


「よし。テオ、昼飯前に少しだけ飛ばないか」


 アシルが誘うと、四本の角を有する竜の頭部が頷いた。裂けた口元に笑みらしいものが浮かび、鋭利な牙が覗く。見慣れない者が見たら、失神するレベルの強面だった。

 美しい白鱗で覆われる竜の躯体が、アシルに合わせ低く屈む。長い首の付け根に騎乗するための装具が取り付けられているので、まずは手綱以外のそれを全て外してしまう。こういった装具の着脱も訓練に含まれており、また装具を付けるのは正式の場での礼儀にされているが、テオルグ曰く「慣れはしたが好かん」なのだという。古今東西、竜とつく生物の精神の気高さを表す、良い一言だと思ったものだ。


 テオルグが騎竜になった直後の、騎士の修練時代は大変面白い経験をした。装具を付けるたびにテオルグは身動ぎしまくっていたので、アシルを何度も振り落とした。騎竜の宿命とはいえ、誇り高い竜がただで付けさせてくれるわけもないし、早々慣れてくれるわけもない。仕方ないと言えば仕方ない結果だ。そのせいか、装具無しでの飛行の方も練習し、そしてその回数も増え教官に怒られた(それもそのはず、めちゃくちゃ危険なので)。


 さすがに現在では、テオルグもアシルを乗せる事に慣れ、所構わず振り落とす事はなくなった。けれど、この装具なしの飛行が、二人にとっての息抜きになっていた。


 装具のかさ張りが無くなり、テオルグは一度全身をぶるぶると震わす。それからアシルへ前足を差し出し、首を低く下げた。アシルは慣れた手つきでその前足に片足を置き、太い首に片手を添える。前足が持ち上がるそのタイミングで、竜の背――正しくは、長い首の根っこ――へと跨った。


 テオルグが変身する竜の体長は、十五メルタほど。尻尾の長さも含めれば二十メルタを軽々と超える。さらには、首を持ち上げた状態では、全高は四メルタほどある。

 人間とは比べるまでもなく、立派な体格を有する白竜。何度見ても、美しい。


 アシルはしっかりと首を挟めて、なおかつ安定して座れる場所に座ると、唯一装着したままの手綱を握る。「いいぞ」アシルが告げると、テオルグはグオウッと鳴いた。力強く地を蹴り、大きな翼を羽ばたかせ、飛翔する。


 瞬く間に地上が遠ざかる。郊外に構える騎士団国境支部の建物も、その敷地内にある関連設備も、果ては緑生い茂る豊かな自然も、全て小さく眼下に収まる。アシルが今触れているのは、地上よりも強く吹く冷ややかな風と、己を乗せる白竜のみだ。

 テオルグの背に乗る事を許されていなければ、アシルはこの風景を見る事は出来なかっただろう。


「いつ見ても良い景色だな~」

「飽きもせずに良く言う」

「何度でも言うさ、盟友。現状、お前の背に乗る事を許されたのは俺だけだしな」


 言ってろ、とテオルグの低い声が呟かれる。そこには、仕方のなさそうな笑みも含まれていた。

 誇り高く、常に高潔であれ。竜人たちのそんな不器用さや、常に冷静であろうとする彼らの気質は、嫌いではない。むしろ、好ましいくらいだ。


 だから余計に――これの崩れた瞬間が、今は楽しくて仕方ない。


「全く、こーんな綺麗な竜だってのに、乗るのが俺という野郎しかないって。悲しい現実だなあ」


 国境支部の上空を旋回するテオルグが、首を振り向かせる。胡乱げな竜の瞳からは「何を言ってんだこいつ」という感情がありありと読み取れた。

 アシルはにんまりと笑い、構わず続けた。


「そろそろこの背中に、嫁か恋人を乗せたくなったんじゃないか。例えば――うちの実家で働いてるセシリーちゃんとか」


 その瞬間、あからさまにテオルグのバランスが崩れた。風に煽られたようにその巨体が揺れ、アシルの上半身も左右にぶれる。


「……何故、その従業員の、少女が出て、くる」

「なんか区切り方おかしくなってるぞ」


 珍しく冷静なつっこみが、アシルの口から出た。


「昨日、見てたからな? 親しくはない相手には絶対に頭を下げない竜人が、頭どころか身体まで伏せて、そのくせ地面踏み砕く勢いで力んで震え……ッぶほおッッ!!」


 あれは竜というより、竜の姿をした犬――仔犬を傷つけまいとする、成犬のようであった。

 一日経ったくらいでは冷めない笑いが、アシルの中に込み上げ、耐えきれず空気となって吹き出す。

 テオルグが黙り込んだのは、それ以上の醜態を見せまいとする意地かもしれない。アシルは散々笑っていたが、不幸中の幸いとして、セシリーが竜人の詳しい習性をこれっぽっちも知らなかった事だろう。アシルとテオルグがあの後喫茶店を去る時、彼女は気にした様子もなく「今度は是非お茶を飲みにいらして下さいね~」とほのぼの微笑んでいた。アシルにも、白竜姿のテオルグにも。控えめに手を振って見送る小さな少女を見下ろし、鋼の竜人ときたら、普段のキレのある飛行は何処にいったのか終始ふらふらしながら支部に戻った。

 ちなみにその間、アシルは腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。今もそうである。


「ッはあー……まあそれはともかくとして、あの子だろう? やたら支部で噂になっている、凄くちっちゃくて凄く可愛い女の子って」


 テオルグはしらばっくれて無視を貫いたが、残念ながらアシルには効かない。あえて空気を読まず喋り続けている。


「ちょっと控えめで大人しいけど、真面目そうで働き者っぽいじゃないか。ぱっと見た感じでも、普通に出来た良い子だ。隣にいたのが、俺の妹だったせいもあるかな」

「……」

「まあ、こういう話をする事自体、お前は嫌がるしな。これは俺の独り言だ」


 アシルはゆったりと背を伸ばして、涼やかな空気を吸い込む。ヒュウウ、と音を奏でる風音に、静寂が舞い降りる。


「……仮に」


 ふと、テオルグが声を漏らした。


「仮にもし、お前が妄想のする通りに、俺がそうであったとして」


 仮に、というところを強く念押しする辺りが妙にこいつらしいなと思ったが、アシルは友人の声に耳を傾けた。


「……普通の娘には、竜人の性質も騎士の立場も、荷が重すぎる」


 前を見据えたまま振り返らない白竜の首を、アシルはしばらく見つめ。それから、次第に苦笑いを深めた。こういう男だ、この竜人は。



 希少な種族なんて呼ばれるようになってしまっている最大の由縁は、その精神と矜持の誇り高さだ。

 古今東西、竜と名のつく生物は大抵が高潔で気難し屋が多いのだが、その血を有する彼らもまた、血に流れる本能からは逃れられない。そのせいで他種族との関わりは薄く、また他種族から遠巻きにされる場合が多いのも実情だ。他の種族を冷酷に蔑ろにする事はないのに、何はともあれ常に強くあれと振る舞うからそういう事態になる。

 また、その種族性は、彼らの結婚事情にもわりと影響している。平たく言えば、婚姻率が著しく低い。当然の結果だ。


 あと竜人は、何というか――脳筋なのだ。

 強く誇り高くあれ、触れさせるのは己が認めた者のみ。そういう教えが種族の血と共に連綿と受け継がれてきたおかげで、「強いものが好き」みたいな思考の偏りが甚だしい。

 騎士団に竜人が多いのが、まずその証拠だ。己を鍛え高みを目指せる場所として認識し、自ら身を投じ。けれど、人と竜のペア制度には断固として首を頷かせない、孤高っぷり。素晴らしいまでの、脳筋だ。現にテオルグも、過去はそうだった。

 それが今では、アシルを背に乗せ能天気ぶりに付き合うほどにまでなったのだから、丸くなったと思わずにいられない(棘まみれの壁を、アシルが躊躇なく突破したせいとも言える)。


 ――けれど、一線が消えない。


 強さを求め、常にそうであろうとする彼らだからこそ、己の弱さになろうものを特に受け入れ難い。

 例えば――色恋の沙汰など。

 誰かを好きになるのは普通の事だと思うのが人間であるなら、それは違うと頑なに首を振るのが竜人だった。種族の違いよって生まれる思考の差異も、どうしても少なからず存在してしまうのだろう。


 けれど、こういう彼らを、アシルは好いていた。隙のない精神力の高さと、人間とはまた異なる矜持の高さ。貫ける事は、それだけで素晴らしいと思う。それが結果的に他種族と繋がりにくくなっているので、本当不器用だなあと常々感じるが。

 その一線を超える日が訪れればと、アシルは願う。鋼の竜人、国境支部の最速、下竜げりゅうと揶揄されるほどの強かなテオルグ。そんな彼を癒し、慈しむ存在が現れれば。



 絶対に面白い――!



 アシルは口元をつり上げ、思わずほくそ笑む。半分は本心、もう半分は悪戯心だ。噂で聞いたのだが、なんでも竜人は――。



「……ついでに言わせてもらえば、アシル、お前の生家があの喫茶店だったとは知らなかったぞ」

「あれ、言わなかったっけ? 俺の生まれはこの街の飲食店だって。だから王都周辺の支部を蹴って国境支部を選んだって」

「それは聞きはしたが肝心なところは言っていない。どうして早く言わなかった」

「言ったつもりになってたよ、アハハハ」

「……だからお前は能天気なんだ。もういい、降りるぞ」

「え、はや、もうちょっとゆっく、うおォォォォー?!」


 ゆるやかな旋回から地上へ落ちるような急降下へと変わる白竜の背で、アシルの絶叫が上がった。




 常に強く、高潔であれ。その背に乗せるは己が認めた者のみ。

 そんな脳筋思考の気難し屋な竜人という種族は、噂で聞いたが、身内への情が大変深いらしい。特に、伴侶への愛情は全種族随一なのだとか。

 生涯を通し、決して他に見向きもせず、ただ一人と添い遂げるらしいのだから――。




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