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02 パーティーの後で

 怒涛の忙しさで動いていた喫茶店がのんびりと一息ついて落ち着く頃には、もう夕暮れを迎えていた。

 青空は茜色に染まり、人々が帰路に着く優しげな雰囲気を乗せ、涼しさの増した風が吹く。異なる種族と共にお茶会を楽しんだ功労者である庭園にも、橙色の暮れる陽射しが注いですっかりと静まり返っている。お疲れ様、と労いながら水を撒いて回るルシェの父親の姿がちょっと可愛らしい。


 見慣れた普段の喫茶店の装いに戻ったが、今日の営業はこれで終いだ。店を綺麗に片付けた後、滞りない成功をルシェ一家と共に労い、全員で夕食を取った。セシリーが田舎の村から出てきてこの街で一人暮らしをしていると知っているので、たびたび夕食に誘ってくれる友人一家の優しさが今日も温かい。余った食材を活用しての食卓はごく家庭的なもので、疲れた身体に染みるようだった。笑い声の響く喫茶店と、その友人一家の朗らかさが、セシリーはやはり好きだった。




 自慢の庭園と隣り合ったテラスで、セシリーとルシェはゆったりと紅茶を飲み寛ぐ。少し行儀は悪いが、椅子とテーブルは使わず、テラスの床に直に座って肩を並べた。

 空が少しずつ藍色に染まってゆき、夜の気配が色濃く感じられる。静かな風に騒音は無く、あの賑わいが嘘のよう。無事に終わったなあと、互いにしみじみと呟いた。


「父さんと母さん、月一でイベント会場に提供しようって話してた。あれはマジだね」

「そっか。でもとっても綺麗だし、集まっていた人達も楽しんでたよ。良いと思う」

「喜んでくれるなら良いけどさあ、毎月こんな大掛かりだと大変よね!」


 看板でありながらこの大雑把さが、ルシェである。セシリーは小さく笑い、ほこほこと湯気を立てるマグカップに唇を寄せる。一口紅茶を含み、ほっと安堵の吐息を漏らす。


「ねえ、そう言えばセシリー途中で何処かに行ってたみたいだけど、あれ、どうしたの?」


 何か随分と急いで戻って来たと思ったら、トレー持ってまた消えたし。言いながら、ルシェのぱっちりと開いた茶色の瞳がセシリーを見る。そうだ、何も言わないで離れてしまっていた。セシリーはそれを思い出し、ルシェへ一言謝った後、竜人の騎士の件を伝えた。店側であるし、接客業の家の子だから言いふらして回らないだろう。耳を傾けるルシェは「ふーん」と反応薄いものの、騎士という所にはやはり興味を見せた。


「隊服で来てたなんて、それは確かに無理やりなんだろうねえ。今日の主旨を考えるとそれは確かに引っ込んでたくもなるよ、よりによって分かりやすい騎士の格好だもん」

「……ああ、そうだ、それ。私、そういえば今日の集まり事の主旨、全然知らなかったんだけど」


 セシリーがそう告げると、ルシェは案の定「言ってなかったけ」とあっけらかんと笑った。快活な雰囲気の少女らしい笑みの仕草に、セシリーは呆れながらもちっとも怒れない。


「まあセシリーも言いふらして回らないだろうから言うけど。今日のはね、未婚の男女の集いだったっぽいよ」

「みこ……え?」

「ま、要するに、婚活パーティーみたいな感じ?」


 セシリーは目を真ん丸にした。ルシェはマグカップに一度口を付ける。


「うちの父さんと母さんが庭を会場提供するって、誰か近々集まり事をしないかって探していた時にさ、丁度非番の騎士様達がそういう男女の集まりをするって教えて貰って貸したんだって」


 そうか、じゃあ、訪れた彼らが皆小綺麗でお洒落な姿をしていたのは……なるほど。そういう事なのか。セシリーはようやく合点がついた。

 そして同時に、あの竜人が口にした、「客寄せ」「無理矢理」という言葉に込められた忌々しさの理由も理解する。本意でない参加ならば……確かにあそこまで不機嫌にもなろう。

 お店側として、きちんと知っていればもう少し上手く立ち回れたかもしれないと思うが、もう過ぎた事だ。反省は次回に生かそう。


「騎士様の男女の集まり、かあ」

「まあ、何処から何処までが騎士で、一般人かは分からないけどね」


 まさか全部が騎士という訳ではないだろうし。呟くルシェと揃って、マグカップを傾げた。



 騎士――――国に仕え、有事の際には前線へ赴く武人だ。

 一般人と比べれば確かに身を置く環境は異なるが、遙か昔のような天と地ほどの次元の違いは、今はもう薄くなっている。一口に騎士と言っても、その中で幾つか階級があり、上に行けば行くほど厳しい訓練や作法など全て修める必要があると聞く。上位に所属する騎士は、国の要人の護衛もし王城の出入りも許可されるような者なので縁遠いけれど、下の者達は街の警邏や問題解決に当たっているので、むしろ彼らのおかげで身近な存在でもあるのだと認識している。何でも屋、みたいなものだろうか。

 基本的に現在は、貴族も平民も区別なく所属し、騎士としての教練を受けているので、平等な環境ではあるのだろう。その辺りは騎士でない者が詳しく知るところでないので、セシリーの認識はいつも街や国を守ってくれる強い人、大体これだ。上位の位を持つ騎士など、そう近くでお目に掛かれる存在でもないので。

 国に仕える彼らは、各地に支部を建てて警邏に当たる。この街の外れにもその支部は確かあったはずで、街中でも騎士服をたびたび見かけている。


 ただ……この国の騎士は、凄まじく目立つ。青い制服もそうだが、彼らはとても希少なものに跨がり巡回しているのだ。

 空を自由に翔る翼を持つ、勇猛な生き物――すなわち、竜。

 といっても、大の男が一人二人乗れる程度の小型の飛竜だ。上位の騎士にもなれば、何でも竜に転変した“竜人”に乗って空を翔るとか。この国は昔から有翼の種族が数多く暮らしているから、その土地柄も起因しているのだろう。

 異種族同士が手を取り合う世界に相応しい、手綱を取る者と翼を与える者の二者の姿。それが基本スタイルである事は、空を見上げた時に横切る影からセシリーは学んだ。

 だからこそ、彼ら騎士は市民にも認知度が高く、恐ろしく目立つ存在なのだ。


 この国の領土内と言っても、セシリーが暮らしていた村はそう滅多に見られなかったので、街に来てから驚いて興奮したものだ。今もそうだが。

 そうして驚くたびに理解する。この国は“碧空と竜翼の国”と呼ばれている事を。


 だが……そんな騎士も、国の為に身を捧げるとは言え一人の生き物なのだ。何処か近いようで遠い存在であった彼らを、改めて認識する。


「婚活パーティーかあ……」


 そっか、騎士様もするよね。そうだよね。セシリーは薄ぼんやりと思い浮かべた。その横顔を、ルシェはじっと見つめ、不意に呟いた。


「セシリーでも、やっぱり気になる?」

「え?」

「ああ、騎士の事じゃくて。そういう集まり事」


 何処か悪戯っぽい眼差しだった。セシリーは少しだけ気恥ずかしげに笑って、少しだけね、と返す。


「でも、そんな勇気ないもの。だから、ちょっと遠くから見てるだけでも良いっていうか……」

「勿体ないなあ」


 そう言ってくれるのは、ルシェだけだ。


「見た目じゃ分からない“変な事”も、笑って気にしない男の人が居れば嬉しい。ルシェやおじ様、おば様みたいに。でも……ちょっと、まだ難しい」


 困ったように微笑むセシリーの横顔に、影めいた劣等感が過ぎる。ルシェは肩を竦め、そんな事ないのになあと呟いた。


 普通に座っている姿からはきっと誰も想像しないだろうが、セシリーは“とある困った事情”を幼少期から抱えて生きてきた。多感な思春期もそれに悩ませられ、そのせいで物静かな性格がさらに輪を掛け大人しくなってしまった。友人一家は、それを見ても聞いても態度を変えなず、セシリーの事情にも理解を示してくれているが……全ての人がそうでない事は、身をもって経験済みだった。

 将来は一生独り身か。それとも見世物小屋行きか。冗談などではなく本気でそう考えたくらいだ。

 だからこそ、村を出て、一人遠い街にやって来た。ここに来て、ルシェと出会って、その消極性もだいぶ改善されてはいると思うが……やはり、そう簡単には深く根付いたものは消えない。


(きっと一生、独身で終わる気がする……)


 嫌な未来図ばかりがセシリーの頭に浮かぶのも、仕方のない事だった。




 二人でしばらくゆっくりと紅茶を飲み、カップが空になった頃。

 喫茶店の中からルシェの母親が「そろそろ帰らないと暗くなるよ」と声を掛けてきた。確かに気付けば、空はもうだいぶ暗くなっている。ちらほらと、瞬く星も見えるほどだ。灯りは街路に並んでいるけれど、早めにアパートメントハウスに戻るべきかとセシリーは返事をして立ち上がった。


「今日は、お疲れ様でした」

「ああ、ありがとうね。気をつけて帰るんだよ」

「また明日から、よろしくね。セシリーちゃん」


 人好きする夫妻の笑みに、セシリーも笑顔で一礼する。


「また明日、気をつけてねセシリー」

「うん、ルシェも。お休みなさい」


 ルシェに見送られながら、セシリーは通い慣れた喫茶店を後にした。

 その帰路に思い浮かべるのは、今日の事だ。


「……婚活、かあ」


 この世界では、女性が結婚する年齢は十五歳と言われている。すでにその年齢を超えているセシリーも十分に適齢期を迎えてはいるのだが、邪魔をするのは己の中に“困った事情”だ。


「……私には、きっと一生、無縁な事だよね」


 まして、恋愛なんて――。

 セシリーにとってそれは、恐れ多い事なのだ。




次回、主人公の秘密の回。

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