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小鳥と警察を連れた文代さんは私達の姿を見ると顔を真っ青にし、私達の方へ駆け寄ってきた。
「三人とも大丈夫っ!?」
文代さんがすぐに保育園へ戻れるようにと気を利かせたつもりが…申し訳ない限りです。
「はい、怪我は無いのですが…すみません。私が安易に提案をしたせいで白露君に怖い思いをさせてしまいました」
「そんな!潮君のせいじゃないわ!!悪いのは泡吹いて気絶しているあの男よ!何があったのか知らないけどとってもお酒臭かったし…」
ものすごい形相で泡を吹いて気絶する男を睨みつける文代さん。
白露はさっきの男はもちろんのこと、文代さんにも恐怖を感じたのか再び私の腰辺りにギュッと抱きつき後ろへと隠れる。
文代さんは「あら嫌だ」と言うとわざとらしく私と白露に笑いかけた。
鏡花は何が起きたのか状況が分からないらしく、私がさっき創り出した小鳥と一緒に遊んでいた。
状況説明のため一緒に警察署へ行った私達は仕事を切り上げてきた父と一緒に家へ帰る。
父はよほど心配したのかずっと大丈夫かと繰り返していた。
心配してくれたのはわかるけど。もっと他に語彙は無いのだろうかと不器用な父の言葉に少し気が抜けてしまった。
それから何日か経ったある日、私が贈り物を授かったと連絡を受けた国から天ノ宮学院への案内が送られてきた。
どうやら私は中学に上がるまでに天ノ宮学院に通わなくてはいけないらしい。
現在、季節は冬を迎えた頃である。
…あと長くても一年ちょっとしかこちらにいられないじゃないか。
私がせっせと愛想を振りまいたため、ご近所付き合いも深いし、学校には友人だっている。この通知には少し納得がいかない…が、考えようによっては近い未 来鏡花も学園に通うことになるだろうし、通う校舎は違えど同じ学園に通っていれば鏡花の力になれるのではと思い直した。
天ノ宮学院に通う生徒の大半は住まいの関係上、家族と離れ寮での生活を送っている。
将来、鏡花にも贈り物が授けられ寮生活になると思う。ゲームではそうだったし。
でも、そうなれば不器用で家族思いな私達の父は一人、この家で生活を送らなければならなくなってしまうのだろうか…それはなんだか寂しいな、と国からの通知を眺める父の方を見やる。
父は何やら考え込んでいるらしく難しい顔をしていた。
それから数週間後。
父はいきなり爆弾発言をした。
「引っ越すぞ」
一瞬父が何を言ったのかわからなかったが、私の頭がその言葉を理解した時思わず叫んでしまった。
「はあぁぁぁ!?」
人間って本当に驚いた時、こんなに大きな声が出せるんですね。
父はどうやら親子三人で暮らせるように奔走したらしい。
まずは自分の会社に掛け合って、はじめは退職しようとしていたらしいが有能な父に辞められては困ると天ノ宮学院付近からでも通える支社への転勤という形に落ち着いたらしい。
家も天ノ宮学院から二駅程離れた場所を確保しており難なく家から登校できる範囲内だ。むしろ、よくこんな短期間で物件を探せたものだと仕事の早さに驚きである。
引っ越す時期は鏡花が小学校にあがる前。なぜこの時期にしたかというと、私の中学入学と同時だと鏡花はたった一年で転校しなければならなくなるため友達が作り難いということであった。ちなみにこれは父がはじめに言い出したことである。
…なんてことだ!!
うちの父がきちんと娘の気持ちを考えられるようになってきているなんて!
父の成長を嬉しく思う今日この頃である。
はじめ、鏡花は友達と同じ学校に通えないと聞き渋っていたが父の「友達と離れることになるのと潮と離れることになるのとどっちが嫌だ?」という質問に「お兄ちゃん!!」と少しも悩む素振りを見せずに即答していた。…妹の将来が少し心配になってきた。
話し合いの際、母との思い出の家を手放してしまっていいのかなと少し罪悪感。
このことを父に話すと当たり前だと言う様に「思い出も大切だけど今の暮らしも大切だから良い」と返答された。
…ちょっとうるっとしてしまったのは私だけの秘密である。
家族会議が終わってすぐ、お世話になっている近所の人や学校の友人に引っ越す旨を伝えた。
ふっ、今まで私が妹の世話と家事しかやっていない主婦(仮)だと思っていただろう。
残念だったね、私はまだ小学5年生。
きちんと充実した学校生活を送り、友達もたくさんいるリア充なのだよ!
学校では特に女子に嘆かれて、次の日から何故か写真をたくさん撮られるという奇妙な出来事が起きた。
先生、学校にカメラの持ち込みは認められるのでしょうか。
…あ、先生も写真ですか。…はい、大丈夫ですよ。
あと、最近親しくさせてもらっている東雲家にも勿論伝える。
いくら卒園式までいると言っても同じ学校に通うわけではないしね。
東雲夫婦はとても残念がったが贈り物関係じゃ仕方がないなとこれからの生活を応援してくれた。
白露にはギャン泣きされたが。
白露があまりにも泣くので、そんなに鏡花と離れるのが寂しいのかと思い鏡花を白露の元へ向かわせると白露が何故かこちらへ向かってアタックしてきた。
「白露はあいかわらず潮君が大好きねぇ…」
「なんでも、今じゃ潮兄ぃなんて呼んでるそうじゃないか!」
しみじみ呟く文代さんに頷きながら同意する文子さんの夫であり白露の伯父、憲次さん。
そうなのだ。
何故か私は今、白露に兄と呼ばれ慕われている。
前から懐かれているなと思っていたが、この間の泥酔男事件から兄と呼ばれるようになった。
鏡花はそのことが気に食わないらしく、白露が私を兄と呼ぶ度に「お兄ちゃんはきょうかのお兄ちゃんなんだからはくろ君は呼んじゃだめなの!」と可愛いことを言ってくれる。
まぁ、私としては白露が兄と慕ってくれるのも可愛いのでそんな二人の姿をデレデレしながら眺めてるんだけどね。
こんな感じで別れを済ませた私達は鏡花の卒園式が終わってから数日後、思い出のたくさん詰まった家と住み慣れた地を離れた。