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蝸牛的小旅行

作者: あおぶた
掲載日:2013/07/04

   蝸牛的小旅行

                                    あおぶた


 自分でも思う。本当に、バカも程々にするべきだ、と。

 

 そんな思いを日々、頭に浮かべていたはずなのだ。はずなのに、気が付けば私はまた、マキセが突然言い出した小旅行に同行していた。

「今回の旅はハンパじゃないぜ。もう、今から楽しみで仕方ねえ」

 私の横で、マキセがニヤニヤしながら言うのだ。

「本当に美味いのか? その……じょう、なんとかこんとか酒って」

「上矢状洞溝酒、だ」

 マキセが懐から、「幻の名酒一〇〇選」というタイトルのパンフを取り出し、私に寄越してくる。『Sulcus sinus sagittalis superioris――セレブが愛する禁断の逸品! 人間の頭蓋骨を割ると出てくる上矢状洞溝に、ワインを流し込んで一口啜ると、これがもう美味、美味!…… 』という説明。この紹介文に、私はそんなに嫌悪を抱かなかった。

(*上矢状洞溝とは、頭部において、静脈を入れるためにできた溝のことである。実際ここにワインを流し込んだ、という事例はまだ発見されていない。きっとこれからもされない。)


 ただしこの酒は、私達貧乏人が入れるような店では絶対にお目にかかれない。パンフに載っている商品を見ると、平素の生活で目にする値段とは、桁が三つ違っていた。

「買えないならば」

 提案してきた時の、マキセの不敵な笑みが頭をよぎる。

「自分らで作ればいいじゃないか」

 マキセとはそういう男だ。

 やや前方から、車のエンジン音が聞こえた。徐々に大きくなってくる。

 時速四八メートル程度の私達には、乗り物の利用が必須だ――乗り降りの際は、多少命を賭けることになるが。

「じゃあ相棒、いっちょかましてやろうや」

 辺りが静かになる。

「そっちこそ、死んだりしてくれるなよ」

 私も言い返してやる。


一、二の……三!

「うわああああああ!」

「うおおおおおおお!」

 私とマキセは木の枝から飛び降りると、トラックの屋根に向けて落下した。



マイマイのォ~、いのちはァ~、

梅雨のごとくゥ~、

後に残るはァ~、もぬけの殻さァ~!



 マキセは、気分よく流行歌(らしい)を口ずさんでいた。ミュージックのことは、私にはよく分からない。

 トラックの荷台、その隅っこに、私達は腰を下ろしていた。少し蒸し暑いのがマイナスポイントだったが、湿気があるので程々には心地よい環境だ。

 荷台の大部分には、人間が詰め込まれていた。老若男女問わず、みな血の気が無いような気がする。時々、どこからかすすり泣く声がした。それを特に咎める者もいなかった。

 まあ、彼らも大変だと思う。もっとも、それ以上どうしようというものでもないが。彼らは私達の仲間を焼いて食べる。私達は彼らの仲間で酒を飲む。つまるところ、私達と彼らは相互的な関係なのだ。

「ルルル~ルル~」

 そんな気はしていたが、案の定周りのことなどまったく気にしないマキセ。今日のマキセは機嫌が良い。

 ――良すぎるくらいだ。

 私はすぐに、マキセの顔を確認した。なんとまあ、もう赤らんでいるではないか。

「マキセ! さては持ってきたワインを開けたな!」

 マキセは、とろんとした声を上げる。

「すまねえなあ。あんまりにも美味そうだったんで、味見を、そう、味見をしちまったんだよォ」

 私は、ただ黙って首を振るしかなかった。

「こんな安ワインでも、滅多に手に入るもんじゃないのに」

「ハハッ、まあよお、こんくらいのバカさ加減が、自由人って感じがして良いじゃねえか」

 そう言うとマキセは、さっさと眠りについてしまった。こんな適当な奴でも、私より立派な殻を背負っているのが少し悔しい。


 数日経っただろうか。私達の乗るトラックのスピードが、徐々にゆっくりになってきた。同乗していた人々が何やらおしゃべりを始めたので、もうすぐ着くのかもしれない。

 トラックが止まった。と、荷台の扉が開く。そして体格の良い男が顔を覗かせると、乗客に降車するよう指示した。

「さあ、美酒をいただきにいこうじゃないか」

 マキセの目は爛々としていた。きっと、私の目もそうなっているのだろう。

 荷台の隅から降りると、人間が一列に並ばされていた。両サイドには、これまた体格の良い男が何人も、ただ黙って立っている。

 列の先頭では、周りの男達よりも数段立派な服を着た男が、列の人間をひとりずつ眺めていた。彼は時々肩幅なんかを確認しながら、血色の良い人間を右に、残りを左に、と二列に分けた。最終的に、一割くらいの人間を右の列に分け、右手に見える建物へ誘導した。残り九割は、左の煙突付きの小屋へ行くよう指示を出した。

「さて」

 マキセに問いかけてみる。

「どっちに行ったら、できたての頭蓋骨にありつけそうかな」

 うーん。マキセもしばし首を捻る。

「左の方がいっぱいいたし、左に行ってみたら良いんじゃない?」

「よく分からない理論だけど……よし、そうしようか」

 私達は、のろのろと動き出した。建物までは三〇〇メートルくらいだろうか。つまり、六~七時間は前進を続けた。これには私もマキセも、息が上がってくる。

 その間、煙突からモクモクと、濃い灰色の煙が天へ昇っていく様子が何度か見えた。ただぼんやりと眺めていただけだった。

「ああ、長閑だなあ」

 マキセが、大きく欠伸をした。


 私達が煙突の下まで来た時には、既に日が傾いていた。

 それでもって、私達は悦びの声を上げていた。

「おいマキセ、君の言う通りだった!」

「おうよ!」

 私達の目の前には、人間の骨がゴロゴロと転がっていた。こうしている間にも、小屋の中からリヤカーを引く人が出てきて、詰められた人骨を外に捨てていた。

 私達はそこから、ちょうど頭が割れた骨をひとつ選び出した。

「よしマキセ、まず私がこっちの端から上矢状洞溝に酒を注ぐから、君はそっちの端にいて口を開けていてくれ」

「よっしゃ!」

 お互いにスタンバイを済ませる。

 さあ、時間だ。

私は蓋を開けると、溝の中にそっとワインを注いだ。

 刹那、煌めく。

 ワインは鮮血のように、溝をつたって流れた。安ワインが、まるで生き物のようだ。ただ前へ、前へと手を伸ばす。怨嗟の声は聞こえない。やがて骨の頭頂部を通過する。ここまで来るといよいよ生き物は、いまにも溝を飛び出して世界を蹂躙するかとも思われた。生き物が鼓動を始め、膨張を開始せんとするその間際、ワインはマキセの口に吸いこまれていった。マキセの喉が動くのが見える。

「ど……どうだ?」

 マキセは、しばらく動きがなかった。

 そして数秒後、おもむろにマキセはウフフフッと笑い出したのだ。

「な、なんだよ、その気持ちの悪い笑いは」

 マキセの笑いは止まらない。

「まあ飲んでみろって」

 そう言うとマキセは、自分が持っていたワインを溝に流してきた。私は慌てて、口内へ生き物が入ってくるのを待つ。

 スウッ。

 それは驚くほど巧みに、私の喉を通過する。そして。

「――フ、ウフフフフッ」

「フッフッフッフ」

「フフッ……ハハッ」

「ハッハッハッハ」

 アーッハッハッハッ。


 バカだよなあ、と思う。やはり程々にするべきだ。


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