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変わりゆく思い11

 ぬるくなったお茶入れ直し少し休憩した後、しほりが柚姫に尋ねた。


「さっき柚姫ちゃんは思い出さなきゃって言ったよね。それは何か忘れていると自覚したからじゃないかな。今までもマオベリスタにいたとき既視感や違和感を覚えたりしなかった?」


 しほりにそう尋ねられ、柚姫は少し間をおいてから愕然とする。目を見開いてしばらく固まってから呟くように言葉を漏らす。


「あった、と思います。もしかして、これも催眠魔法?」


「多分ね。忘れていることすら知覚できない高等な魔法ってやつだよ。柚姫ちゃんはマオから受けた魔法を思い出してごらん」


 しほりの言葉に柚姫はマオに会ったときのことを思い出す。


 マオの使った精神系催眠魔法は恐ろしいものだった。

 物質系破壊魔法のような派手さはないが、心臓を直接つかまれたような感覚を思い出して身震いをする。


 確かに最初は催眠魔法にかけられているなどという自覚はまったくなかった。

 けれど自覚したとき急に頭の中の靄が晴れるような感覚になる。その衝撃は言葉にできない。


「しほりさんは、マオから催眠魔法受けたことあるんですか?」


「私は話に聞いただけだけど、もう縁を切っちゃったからね。もしかけられていても、縁を切った時点で無効化されているはずだよ。これから思い出すこともないと思う。でもやっぱり縁を切ってない隆史と話していると思考が抑圧されている感じはするね。レオも似たようなこと言ってたし」


「二人ともなんですか?なら、何かかるかもしれなせんね」


「まぁ、今は魔法なんてさっぱり使えないからね。あくまでそんな感じがするだけなんだけど。会話自体に不自然さはないからこれは幼馴染の勘でしかない。でもそう考えるといろいろと辻褄は合うと思う。でもそれが本当ならマオの催眠魔法は王の忘却魔法レベルの厄介な魔法っていうことになるから全然喜べないけどね」


「確かに・・・」


 どこか遠い目で語るしほりに柚姫も同意せざるをえない。けれどふと疑問が湧く。


「転生者はそうだとして、ヒイル・エアリア側の人はどうなんでしょうか。王や同等レベルの魔法使いが集まって30年以上もマオの目的がまるで見えてこないっていうのは、どうも変だって思ったんですけど」


「うーん、どうなんだろ。私は王様たちに直接対面することなんてなかったからね。これも推測でしかないけどマオベリスタの領域内に入るとやっぱりマオの影響を受けやすくなるんじゃないかな。転生者と違って王の魔力があるから大丈夫なのかもしれないけど絶対とは言い切れないんじゃないかな?マオ博士だったら魔法の上書くらいやってのけそうだからね」


「・・・・」


 しほりの推測はあくまで推測だが実際マオを思い浮かべると確かにそれくらい軽くやってのけそうだ。

 その推測は柚姫の思考の中では限りなく真実に近いものになった。

 特に柚姫の場合しほりの推測が外れていようと魔法がかかっているのはもう確実である。

 そして柚姫は催眠魔法がかかっていると自覚したのは今回二度目である。

 魔法が複数であるのも確実。

 頭の中にあることわざが思い浮かんだ。

 柚姫は恐る恐る尋ねる。


「私には魔法がいくつもかかっていると聞いたんですけど・・・もしかして全部催眠魔法だったりしませんよね?」


 自分の推測を否定し欲しいという願いを込めながら、柚姫はそう聞いた。


 しほりはちょっと驚いた後、何とも言えない顔でをした。

 柚姫はそれだけでもう答えを察することができたが一縷の望みをかけてしほりの言葉を待つ。

 少し気まずそうにしほりは返答した。


「ええと、ごめんね、そう聞いてるよ。いくつかかっているかはちょっとわからない最低でも3つはあるはずだそうだけど」


 改めて言葉にされて柚姫は思わず両手で顔を覆い、その隙間から「やっぱり」というくぐもった声が漏れらす。

 何の拷問だろうかと柚姫は思う。2度あることは3度あったようだ。しかもそれ以上ある可能性まである。もう不安しかない。


 それにあの感覚はそう何度も味わいたいものではない。

 先ほどの決心が早くも崩れそうだ。

  

「でも、自覚さえできればあとは柚姫ちゃん次第でどうにかできると思う。催眠魔法は精神に深く関与する魔法だけど、完全に支配下に置くっていうのは根本的に不可能なものだから」


 そんな柚姫を見かねたしほりは少し焦ったようね励ましの声をかける。確かに自覚さえできれば自分の気付かないうちに何かされる可能性は低くなるのは確かだ。

 悲観的になる必要はないのかもしれない。


「そうですね、自分の意志さえしっかりしていれば対処できるはずなんですよね。しっかりしないとマオに付け込まれちゃいますよね」


 そう言って少し気を持ち直した柚姫をみて、しほりは少し意外そうに目を開いた。

 柚姫は不思議に思って少し首をかしげる。


「どうかしましたか?」


 尋ねる柚姫のほうを見て、しほりは少し考えるようなそぶりを見せてから、今度は静かに問いを口にした。


「柚姫ちゃんは縁を切りたいとは思わないの?」


「え?」


「ごめんね、特に深い意味はないんだ。柚姫ちゃんがまだ縁を切る気がないっていうのはもうわかっているよ。ただやっぱりあちらはこちらの世界よりはずっと危険だから。なんでだろうかなってちょっと思ってね」


 その問いは、安全を確保できる方法があるのになぜわざわざ身を危険にさらすのか、ということだ。

 けれど柚姫のことを否定しているわけではなく、柚姫の身を案じてのことだろう。

 そういったしほりの瞳は先ほど柚姫を気遣って話を切り上げようとしたた時と同じだ。


 柚姫は自問する。どうしてだとろうか。浮かんだのはひどく感覚的なものだった。


「なんというか・・・私も、うまく言えないんですけど、今、縁を切ったら後悔すると思うんです。何で、と言われると説明できる気がしないんですけど、」


 自分でもよくわからない思いをどうにか絞り出してそう告げると、しほりはただ小さく「そう」とだけ言ってすぐに先ほどまでの雰囲気を打ち破る。


「確かに、後悔はなるべくしたくないわね」


「はい」


 そう言葉を交わした瞬間二人の間の空気は穏やかになり、互いに笑みを浮かべた。

 けれど、柚姫は今更ながらに大事なことを思い出す。


「あ、でもマオベリスタには今は入れないんですよね?どうしたらいいんでしょうか・・・」


「あーそうだね、エミリア王にはじき出されちゃったからね」


 エミリアの名を出されて柚姫は気分が少し沈むのを感じた。

 そんな柚姫とは対照的に、しほりは待っていましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。


「なら柚姫ちゃんが頑張れるようにいいものをあげるわ。ちょっと待っていてね」


 そう言ってしほりは笑顔で立ち上がり、備え付けの戸棚の引き出しから何かを取り出し、そしてこちらに戻ってくる。


 再び目の前に座ったしほりは、その手に持ったものをすっと机の上に差し出した。


「これって、ジュエリーボックスですよね?」


 柚姫は目を瞬かせてジュエリーボックスをとしほりを交互に見る。しほりは頷いて笑う。


「そうだよ。開けてみて」


 柚姫は困惑しながらも、ジュエリーボックスをその手に取る。

 初めて手に取ったそれに戸惑いながらも箱のふたに手をかける。

 開けてそこに入っていたのはとても見慣れたものだった。


 驚いてしほりを見ればにこりと笑われる。


「柚姫ちゃんが今付けている魔石のペンダントと同じものだよ。しかもなんと今までのものと比べて魔力は2倍!これなら向うに行っても大丈夫だよ」


 ウインク付きでそう言われ柚姫はすぐさま頭を下げる。


「ありがとうございます」


「それは向うに行ってからウィリアに言ってあげて。まぁあの子は柚姫ちゃんの元気な姿を見られればそれで十分だと思うけど」


 しほりの言葉にウィリアの姿を思い浮かべた。


「・・・もちろんウィリアさんには感謝してます。なんでこんなに良くしてくれるのかと思うくらい。理由を言ってはくれないのは催眠魔法に関係するからなんですよね」


「まぁ、大体はそうだと思うよ」


「なら、全部解けたらウィリアさんのこともわかるんでしょうか?」


 ウィリアと会った時のことを思い出す。懐かしい。そう思ったけれどそれ以上は追及しなかった。

 そしてその後どうしてよくしてくれるのか尋ねた時もそうだ。だだ、疑うことなくウィリアの言葉を受け入れた。

 当然の疑問は柚姫の中で曖昧になっていた。今でなく過去ばかりに目を向け、それが思考を塗りつぶす。 


 でも今は違った。


 忘れている何かの中にウィリアがいる。

 そう感じたから。


 ウィリアが柚姫に向ける柔らかい眼差し。その理由を知りたいと思った。

 しほりは柚姫の言葉に今までにない嬉しそうな表情を浮かべた。


「そうだね。私自身はそうなればいいと思っているよ」


 願うように。

 そう表現するのがしっくりくる雰囲気に柚姫はただ頷く。


 ジュエリーボックスからペンダントを取り出した。

 見た目は前と変わらない。けれどきっと大きな力を秘めている。

 柚姫は今付けているペンダントを外し、新しいペンダントを付け替える。


 亀裂のないそれをその手に握り柚姫は決意を新たする。


 忘れている“何か”を知るために。


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