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変わりゆく思い8

 そこには“私”がいた。


 深い森の中、ポツリと立つ小さな家。木で出来たその家は一見ボロだが“私”にとっては大事な我が家であった。


“私”には一つの役目があった。

 10年前父から託された大切な役目だ。


“私”は誰にも会うことなく、ただひとりで役目を果たし続ける。それが私の生きる意味だ。

 けれどその役目さえ果たし続ければ“私”の世界は平和だった。

 与えられた自由を“私”はただのんびりと過ごしてた。


 ”私”は昼間は森の中を歩き、木の実をとったり、時に少しばかり遠くの川まで水を汲みに行ったりする。

 近隣に人はいないので、唯一のお供である小鳥の道標は“私”の肩の上で話し相手になってくれる。


“私”の道標はとても物知りでいろいろなことを教えてくれるかけがえのない存在だ。

 毎日いろんな話を聞いているうちにいつの間にか日は落ちていく。


“私”は森の端に位置する丘の上から夕日を見るのが日課だった。

 眩しい夕日に目を細め、何でもない一日の終わりを感じる。

 日が落ち着れば気温が急激に下がり背筋がぶるりと震える。


”私”が木の実を入れた顔を片手に急いで家路に付けば、家の裏には不揃いな薪が大量に積まれている。そこは常に肌寒い気候ため暖炉にくべる薪は欠かせないものだった。

 縄でまとめられた薪を一束抱えて家の中に入る。その薪を崩して暖炉にくべて魔法で小さく日を灯せば暖かい光が部屋に満ちる。

 そしてしばらくすれば部屋は暖かくなる。 


“私”は彼だが少しばかり温まると暖炉から離れ、今日の収穫を机の上にだし種類ごとに選別する。そしてそれらをそれぞれ鍋で煮込んでスープを作る。

 味見をして首をかしげながらレシピノートにそれを綴る。日々試行錯誤しているのだが、なかなかこれだという味にはならない。

 けれどそれでいい。このスープづくりは暇を持て余した“私”の唯一の趣味なのだから。

 ただ、これを振舞う相手はここにはいないそれを少しばかり寂しく思う。丸いテーブルの正面には一応椅子はあるがそこに座る人間はいない。


“私”は琥珀色のスープを静かに口にする。机の上にちょこんと座る小鳥は小さく首をかしげる。

 本当の生き物ではないそれは、どんなに大切に思っても本当の意味だ“私”を満たしてはくれない。



“私”はもうすぐ15歳の誕生日を迎える。父のいない10回目の誕生日。今年こそ帰ってきてくれるだろうか。


 “私”は淡い期待を胸に、硬いベットに横になる。そして毛布にくるまって静かに目を閉じた。


 











 瞼を開く。そして目に映るのは薄明るい部屋のクリーム色の天井。


 柚姫はそれを目にしてまた落胆する。そこは柚姫の部屋で、スマートフォンの時計を見れば時刻は6時過ぎだ。

 そして視界に入ってきたのは壁にかけられたカレンダーだ。


 カレンダーには半ば頃からバツ印がずっと記されている。柚姫は起き抜けの体でふらりと立ち上がり、机の上に太いサインペンを手に取ってキャップを外す。


 そしてカレンダーの昨日の日付に静かにバツを記す。サインペンのキャップをはめて、そのバツ印をもう一度見て柚姫はやるせないため息をついた。

 

 カレンダーはもう8月の末、夏休みも残すところあと2日となった。


 あの日、エミリアと対峙した後、柚姫はすぐに自分の部屋で目が覚めた。

 何が起きたのかわからぬまま、もう一度眠ってあの世界に行こうとしたができなかった。その日以来柚姫はマオベリスタに足を踏み入れることができなくなったのである。


 昨日も今日こそはと思って眠りについたがやはり駄目だった。

 あのあとウィリアたちがどうなったのか。あの時にことを思い返す限りエミリアの行動は予想外のものだったのだと思われた。

 心配だったが、今の柚姫にはどうすることもできなかった。


 事態を把握するべく、行動を起こそうとしたがうまくいかない。


 転生者のうちこちらで唯一面識のあるレオに連絡をとれたら良かったのだが、利保に連絡してそれとなく聞いたところ、実入りのいい仕事が入って遠くに出張中だという。帰ってくるのは早くて来週位あるらしい。

 あとはアリアだが、転生である隆史についてはミステリー作家で蕎麦屋の吉村と血縁であることしか知らない。連絡を取るとしたら蕎麦屋の店主か弟の栄史だが、どちらにしても話を持っていったらいいか困るところである。

 栄史の場合、フェイル語の本の件やほかの人の反応を見て全くの無関係とも思えないが、関係あるとも断言できない。

 世間話をして話を引き出す話術など持ち合わせていない柚姫には難題すぎた。

 悶々として過ごした5日間で柚姫はひどく疲弊した。


 けれど、前世のことばかりにかまけるわけにもいかず、柚姫はいつもどおりの日常を過ごしていた。


 持っていたペンを机の上に置く。そこには先日杏里から返してもらった児童書が一冊置かれている。

 柚姫はそっと本を手に取る。

 そこに描かれたや優しげに微笑む少女。

 一番新しい記憶に残るエミリアは笑わなかった。その瞳に暖かさはなかった。もしかしたあれはエイリアであないのかもしれないとも考えた。けれど柚姫は直ぐにその考えを除外する。


 あの時、言葉を交わすことはなかったが、彼女の唱えた言葉は彼女がエミリアであることを示していた。

 彼女が唱えたのは王だけの創世魔法であり、あれはエミリアだけの魔法だ。


 彼女が具体的に何をしたかったのか、またはしたのかはわからない。

 ただウィリアの言っていた縁切り魔法とは違う何かが柚姫に起こっているのではないか。


 あれから夢を見る。毎日同じでどこかさみしい。マオベリスタと違い朧げで現実感のない夢。

 柚姫は消えない不安を抱えながら静かに着替えて一回へと降りていった。













 一階に降りと玄関にはスーツ姿の百華がいた。百華は柚姫に気がつい笑顔を向けた。


「あら、おはよう。今日は早いのね」


「おはよう。なんだか目が覚めちゃって。お母さんはもう出勤?」


「ええ、でもあと5分くらい余裕があるわ。今日もまた遅いけど益子さん来るからね。朝もごはんは冷蔵庫に入ってるからちゃんと食べなさいね。あと水分補給も忘れないようにね」


 百華はどこか言いきかせるようにそう言いながら椅子にかかったコートを着込んでカバンを肩にかける。


「わかった。お母さんも気を付けてね」


「ええ、でもお母さんの場合、今のところ暑さより冷房に効きすぎたオフィスの方が困るわ」


 百華は「どうにかならないかしらね、あれ」といいつつ困ったように笑う。それからなにか思い出したように声を上げた。


「そうだ、来週の誕生日じゃない。杏里ちゃん以外のも家に呼ぶ?」


 不意に聞かれて一瞬なんのことがわからなかったがすぐに首を振った。


「そう、もし増えるなら前日までに言ってちょうだいね。プレゼントも考えておきなさい」


 百華は柚姫の頭を撫ぜる。優しい手にホッとして柚姫は頷く。


「じゃ、行ってくるわね。玄関の鍵かけておいてね」


「分かった。行ってらっしゃい」


 再び踵を返し、笑顔で百華は家を出ていった。柚姫はその背を見送った。


 百華は直接は聞いてこないが柚姫に変化に気がついているのだろう。

 いつもならとっくに仕事に出かけている時間だ。忙しくてもこうして気にかけてもらえることが嬉しくも申し訳ないとおもった。


 だが誕生日というのは今の柚姫にとっては手放しで喜べるものではなかった。

 誕生日という言葉は柚姫の心を少しだけ重くする。

 

 柚姫の誕生日は8月31日。


 8月最後の日だ。柚姫の通う聖華は8月の第5週には新学期が始まるので、誕生日は学校が始まってから最初の休みに当たる。


 柚姫はその日16歳になる。それはリルの死んだ年齢である。それから・・・


 そう思って柚姫は疑問に思う。

 それだけではなかった。何かを忘れている。そんな気がしてならなかった。


 次第に意識がぼんやりし始めて柚姫その場に座り込んだ。

 なぜだかわからない。ただひどく眠かった。


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