変わりゆく思い7
二人はウィリアの言っていた通りしばらくすれば気がすんだようで、言い会いが終わる。それを見計らいウィリアは二人に向かって声をかけた。
「お二方もうよろしいんですか?」
「宜しくはねえけど、まぁ、こいつとの会話は大部分不毛だからな」
『それなのに無視せず付き合ってくれるフレイルはいい子ですね!』
「無視すると余計絡むからだろ」
呆れ混じりにため息をつくフレイルに、フィリアは気にせず笑っている。確かにフィリアのテンションは疲れるだろう。これ以上となると遠慮願いたい。
先ほどフィリアが言っていた事を思い出す。ちょっかい出さないと意識がぼやける。
まさに言った通りのことだったのだろうか。
フレイルが再びため息を吐いている。
「取り敢えず時間があまりない。言われた通りこいつを連れてきたんだ。そろそろ話を進めるぞ」
そう言ってフレイルはフィリアを促す。
『ああ、そうでしたね!楽しくてつい忘れるところでした!』
そう言ってフィリアは手のひらをぽんっと打って、ひとつ頷きリルの方に視線を向ける。
『さて、本題に入るとしてもどこから手をつけましょうかね?』
そう言いながら大げさに考える素振りを見せる。なんのことかわからず、成り行きを見守っていると、フィリアはリルの方に近づいてきた。
『なるほど、これはまたすごい魔法をかけられてますね』
「どのような魔法ですか」
先にそう聞いたのはウィリアだった。けれどフィリアは「慌てないでくださいな」と軽くかわす。
それに対してウィリアはそれ以上は言わず口をつぐむ。それに、満足した様子でフィリアが「いい子だね」と言って笑みを浮かべた。
『まず僕が最近気がついたことについて話しましょう。先ほど言ったとおり、僕が再び自我を持ったのは1000年前なのですが、当時僕はどこか違和感を覚えていました。けれど結局それが何に対してなのかはさっぱりでした。でもエルダという女性のおかげでその違和感の正体に気がついたんです。彼女の時間と僕の時間には大きなズレがあると』
「具体的には?」
フレイルが問うとフィリアは少しばかり首をかしげて考える仕草をする。
「そうですね、僕が生きていた頃の記憶は大分朧げですが、それでも僕の生きた時間は100年には届いていないはずなんです。君らの話では彼女は2000年の時を生きているとのこと。彼女と僕とどちらがと考えると肉体を持つエルダ嬢の方が正しいと考えられます」
「なるほどな。まぁ、あいつも精神的には不安定だが記憶に至っては正常なはずだからな。」
フレイルが静かに納得していると、フィリアは更に自論を展開した。
『あの世界は僕の認識外の部分が多くありましたから。僕が死んでから自我を再び持つまで900年もたったのかとも考えましたが、あの世界ので僕は1000年前の人物だそうじゃないですか。そうするとあの世界は留まっていたわけではなく、幾度も回帰していたと考えるのが妥当です。もともとあれは仮想世界なので法則さえ設定してあれば十分可能でしょうしね』
それを聞いてリルは思わず息を吐く。驚くまではいたらない。むしろ静かに納得していた。これまで聞かされたことを踏まえるとその事実はさほど意外ではない。
少しばかり感覚がマヒしているのかもしれないが、リルはただ静かに耳を傾けていた。
フィリアの言葉にウィリアが少し考える込むような姿勢で問いかける。
「回帰、ですか。確かにいずれ戻ってくる事を考えればそれが有効な手段かもしれませんね。でも、フィリア様が亡くなった時は回帰が正常に行われなくなったということでうよね。フィリア様はその回帰する世界のどれか一つで生きていたということですよね」
フィリアは疑問ではなく断定だった。リルがどういうことか考えつつく前に、フィリア笑い声を上げた。
『ふふ、君は賢いですね。多分僕は世界が回帰しなくなった原因となった時代の存在じゃないと思います』
「子孫が残せるようになったのに結局回帰が続いていたたってことか?」
『そういうことです。ああ、彼女が混乱しているようですよ?』
答えを返すフィリアの言葉に思考を巡らせていたリルに3つの視線が注がれる。リルが戸惑って目を泳がせているとそれを見てウィリアが解説してくれる。
「仮想世界のヒイル・エアリアの暦は今でも1000年に満ちていません。フィリア様は1000年前に覚醒したということはその時あった世界はフィリア様が生きた世界ではないということです。それが何回目の回帰かわかりませんが、それだけ強大な魔法システムならばそうそう簡単に壊れないと思うので、それなりの回数を繰り返しているはずです。その繰り返されたどこかで不具合が生じたと考えられるでしょう。ここまでは大丈夫ですか?」
言葉をそこでやめてリルを見る。リルは数泊おいて静かに頷いた。
「なんとなくは」
ぼんやりとした理解しかできないが、ウィリアはそれを察してくれたようで笑顔を向けてくれる。
「なんとなくで十分だと思います。俺も言ってて混乱しそうになるので」
『僕も自分で言っててややこしいなと思います』
「いやお前は分かっとけよ。自分のことだろ」
真顔で言うフィリアにフレイルが呆れた様子でそう返す。そのやりとりを見てなんだか肩の力が抜けてリルは思わず笑う。
『まぁ、多分回帰の何回目かで僕は世界から放り出されて、大気を漂って、1000年前覚醒したってことですよ。なんにしろ1000年前の2回目の書き換えが決定的に各システムに打撃を与えたのは確かでしょう。』
フィリアははどこか不機嫌そうにそう言った。
リルはそれを聞いて少しだけ情報を飲み込むことができた。
世界は時間のループから抜け出して今の世界が生まれた。けれど、そうなると当然問題が出てくる。
「フィリア様がいなくなったあとまだ回帰を繰り返してたんですよね?でも先ほど子孫が王になったと言っていましたよね?」
リルが首をかしげて問えばフィリアが唐突に声を上げる。
『そうなんですよ!王が僕ではなかったので気づかなかったんですが、よくよく考えればあの頃はまだ僕の治世のはずだったんですよ!王がすげ替えられてただけだったんですよ!どおりで苛立つはずです!フレイルくんのバーカ!』
「なんで俺が悪口言われんだ」
『君が王だからに決まってるじゃないですか!あの2回目の書き換え。あれ、ありえません。気持ちよく寝てたのに嵐の中に放り込まれたて死ぬかと思いましたよ。フレイル君、責任とってください』
「なんでだよ。それにお前もう死んでるだろ」
唐突に罵倒されたフレイルの反論する。だが、フィリアは笑顔のままだ。ただにこにことしたその笑顔がなんだか怖い。
歴代王にちょっかい出す本当の理由はこれなのではないのだろうかとリルはひっそり思った。
リルはふとまた疑問に思う。
「その書き換えというのは地上界のことですよね?その時って天上界はどうなっているんですか?」
『ああ、そりゃ道連れですよ。一応天地で一個の世界ですから。法則も一緒ならその書き換えも当然一緒ですよ!』
リルが控えめに問うと、「とんだとばっちりですね」と笑顔で言い切るフィリアである。リルはそれにどう答えていいか分からず、フレイルにそっと尋ねる。
「ええと、天上界が原因での書き換えはあったの?」
「こいつに聞いた一度もないらしい。なのにこいつは天上界までちょっかいかけてくるんだからよ。それこそ完全なるとばっちりだ。むしろこっちが怒っていい立場だと思うが、こいつには何言っても意味ないのはわかってるからな」
そういってフレイルはまたため息をつく。なんだがフレイルが急に老けこんだように見える。リルはそんなことを思いながら何とも言えない顔をした。
フィリアはいささか、いや、かなり理不尽だった。
『まぁ、そういうことで世界は大分いじられてしまいました。僕としては、もう二度と書き換えの時のあれを味わいたくありません。なのでこうやって助言に来たのです!』
「早く言え」
いわゆるドヤ顔とでもいいのか。そんな顔のフィリアをフレイルがすっぱりと切り捨ているがやはりどこ吹く風といった様子である。
『せっかちですね。ここ最近魔力の流れが乱れてているのを感じていたんですよ。マオベリスタというのができたときと似た動きでちょっと注視してたんですが、それ以上に1000年前と酷似していることに気がつきまして。それでその元を探していました。そして見つけたんです』
ようやく本題に入ったかと思えば、フィリアはそう言ってリルを指す。リルはその言葉に目を見開いてフィリアを見た。よこされた視線は先ほどと同じ面白そうなものを見る目だ。
『君自身にも世界に干渉する魔力はあるともいます。でもそれとは違う魔法が君の周りに僅かに浮かんで見えます。ウィリアくんが上からさらに魔法をかけることで一時的に中和しているようですが、これはそうそう簡単に破れるものではないでしょう。これは君の根幹に関わる部分に関わるもののようですから』
「どういうことですか?」
『聞きたいですか?』
リルが問えば、フィリアが首をかしげて楽しげに聞き返してくる。
「もったいぶんな。そろそろ怒るぞ。あと余計なことは言うな」
フレイルが強くにらむ。いかついウロコに覆われているせいで、常のフレイルを知らないものからすれば酷く恐ろしい顔をしている。だが、フィリアのまるで堪えた様子はなく変わらぬ笑顔を向けてくる。
『ふふ、怒らないでください。僕だって別に人の不幸が好きなわけではありませんから、ね?』
その言葉に返答はない。鼻から少しばかり荒い気が吐き出されただけだった。それを許しととってフィリアは再び見て一方的に語りだす。
『世界を動かすのは魔力です。だから、世界の法則を書き換えることができるのも魔力。僕の見た限り“願い”は魔力の強さに比例するのだと思います。これまでの書き換えでも影響力が強かったのは相応の魔力を備えた人間たちでした。だからこそ世界は魔力を持つ者がより優位に立つことになったのでしょう。でもあの二回はまだ”願い”の方向性が幾枝にも分かれていました。けれど、もしその”願い”がひとつに集約されたらなったらどうでしょう?』
沈黙が落ちる。フィリアは楽しげな表情の中にどこか真剣さを帯びる。そしてすっと目を細めてリルを見る。
『それでここからが問題です。君には何やら特殊な魔法が施されているようです。自分ではわからないと思いますが、君の核は世界中の魔力とつながるラインが見えます』
「・・・え?」
フィリアは変わらない笑顔で頷いた。
『あのマオという男は随分とやり手のようですね。いや、むしろ鬼畜とでも呼んでいいかもしれません。君は大変のものに捕まりましたね』
「どういう・・・」
フィリアの言っていることが飲み込めない。けれどリルは漏らした言葉をそこで止めた。なぜだかわからない胸騒ぎのようなものに襲われてリルは口をとざす。
さらにフィリアがなんか言おうとしたとき、静かに咎めるような声が響く。
「フィリア様」
ウィリアの声だ。
「お前ちょっと黙っとけ」
続いてフレイルの声が響く。それぞれの反応にフィリアは肩をすくめて笑うだけだった。
リルは何故か呼吸が苦しく感じた。リル理由もわからない、ただなにかひどく恐ろしいものがあった。せり上がってくる不安にかすかに指先が震える。
不意に腕を取られ、じわりと暖かい手のぬくもりに既視感を覚える。
リルは振り返ろうとした。
けれど混乱した頭を覚醒させたのは全く別のものだった。
届いたのは床に一つの足音。
リルはその音に振り返る。
漆黒の美しい髪をなびかせた妙齢の女性。
そこにいるのは記憶の中のそれより大人になった美しい人。
リルの口から自然とその名が溢れる。
「エミリア様?」
名を呼ぶ。けれど彼女はあの頃のように笑わない。ただまっすぐこちらを見つめていた。
そしてその手を掲げある魔法を展開した。フレイルが慌てたような声が聞こえる。腕を掴む手に力が込められた。けれど無情にも静かにそれは唱えられる。
「創世魔法エミリア・ボクス」
静かに、静かにエミリアの魔法が展開する。
何も分からぬうちにリルの意識はそこで途切れる。
朧な意識の向こうにウィリアの声が聞こえた気がした。
遅くなりました。汗)
今月中に本編を終われるよう頑張ります。どうぞお付き合いください。




