変わらない日常8
「でも、急に家にいたのは驚いた。予想外過ぎたよ」
本当にそれは予想外であった。突然の再会も然ることながら、朝起きたら家の中にいて、しかもどんぶり片手にというのもなかなかシュールな再会の仕方である。
「そっか。なんか改まって会うのがちょっとね。だから奇襲をかけてみたのさ。あ、不法侵入じゃないよ。朝玄関の前で百華姉さんとあって入れてもらったから」
事前に何かしらのコンタクトをとっていたのかと思ったらそうではないらしい。
「本当に奇襲だね。お母さんの反応は?」
「いやもう目が飛び出るほど見開いて固まったってた。そんで、次の瞬間に般若の顔で「あんた黙ってどこほっつき歩いてたの!」というお叱りの言葉とげんこつを一発頂いちゃったよ」
あははと笑う利保。もう姉妹というより母子である。17歳も年の差があるのでそれは必然とも言えよう。柚姫はその光景を簡単に想像できた。
「それで結局その雷が落ちた後どうなったの?」
「謝ろうとしたら「出て行くなら一言行ってきなさいよ!」と言って抱きしめられた」
出て行くことには反対しないのか?と思うのが普通だろうが柚姫もそのことについては同意見なので特に何も思わない。
「妊娠については?」
「言ったら「先に言いなさいよ!なんでバイクになんて乗ってきてんのよ!このおバカ!」ってまた怒られて、その後「今日はうちに泊まりなさい。それで柚姫にもちゃんとあって話しなさいよ。それから夜はお祝いするから夜はほっつき歩かないで頂戴。あとメールアドレス教えなさい。これは命令よ。」と一息でまくし立てて出勤していったわ」
利保は柚姫の母・百華の声音を真似てそう言う。百華の反応はこれまた明朗闊達であった。
母がそこまで深く突っ込まなかったのは利保の様子が単に幸せそうだったからだろう。だから、安心してそのまま仕事に出かけたのだ。そうでなかったらどうにかして休みをもぎ取ってきたことだろう。
柚姫が見ても何か問題があって訪ねてきたわけではないことがありありとわかる。幸せオーラとでも言えばいいのだろうか。
だが、注意を受けてなおバイクに乗る利保は妊婦としての自覚にかけているのは確かである。
「ここに来たのは内緒にしたほうがいい?」
「さすが柚!話がわかるわね」
「でも、なるべく控えたほうがいいかもね。お腹が出てなくても中身はどうなってるかわからないから」
交通事故など歩いていてもバイクに乗っていても遭うときは遭うので、大部分は時の運だと柚姫は思っている。
ただ運転技術にも左右されることもあるので、せめて妊娠中は控えたほうがいいのかもしれないとも思い、柚姫も一言だけ注意した。
わざわざ母に告げ口する気もないが、怒られてすぐこれなのだからあまり意味がなさそうだからだ。
「帰りは私バスで帰るよ」
「えーなんで?」
「今更だけど、二人乗りは余計な危険が増えそうだから避けたほうがいいと思う。それに妊婦のお腹に腕を回すのはちょっとストレスだわ。行きもうっかり押しつぶしそうだったから」
柚姫は率直な感想を述べた。お腹が出ていないからこそ、どこまで負荷をかけて良いのかわからない。行きに乗っていたときも手の置き所に困った。
柚姫がきっぱりとストレスと言い切ったが、それは柚姫なりの気遣いであると理解したようで、利保はそれ以上を異論を唱えなかった。
「うーん、そっかぁ。じゃあ先に帰るよ。でもその前に買い物したいなぁ」
「いいよ。でも嵩張るもの買ったら私が持って帰るから、あまりたくさん買わないでね」
柚姫は釘を指す。バイクで大荷物を運んだら一人で帰らせる意味がない。
「うん!了解!」
直ぐに上機嫌で良い返事が返ってきた。
平静を取り戻した柚姫の言いようは完全に姉、もしくは母のものだった。