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変わりゆく思い6

 リルはフレイルのあとについて、花畑を後にした。そして先ほど出てきた神殿の奥の方へと足を進める。 

 神殿は外から見るとその名にそぐわない簡素な石壁の建物である。この神殿は礼拝などの目的はなく、重要なのはその機能だとフレイルは言う。


 あくまで二つに分たれたヒイル・エアリアと、この世界をつなぐために魔法が施された場所で、重要なものは全て地下の空間にあるそうで、神殿の一階部分はほぼエルダの住まいといっても過言ではないそうである。


 そのエルダがどうしたかといえば、まるで起きそうにないのでフレイルの寝所まで運んで貰うことになった。

 そのためウィリアは一時離脱し、エルダを寝かせ次第合流することになった。


“高齢だから仕方ない”というのがフレイルの弁である。先程も似たような事を言っていたが、だいぶ失礼な発言のように思える。

 ただ本人に面と向かって言ったわけではないのでリルも深く追求する気はない。

 そんなこともあって、現在リルと共にいるのは目の前にいるフレイルだけである。


 薄暗い廊下を通り、今度は長い螺旋階段を下りて地下へと進んでいく。明かりは壁に備え付けられてちいさな明かりばかりである。

 階段を降りきると、そこには王族の部屋と同じ仕組みの鍵付きの扉が存在した。フレイルは首にぶら下げていた紐を引き出し、その先にある銀の鍵をその鍵穴に差し込む。そうすれば銀の光が集まり耳に響く音とともに扉が解放される。


 扉をくぐり抜けたその先もまた薄暗く、そこに響く足音から広い空間であることだけは察せられる。


「暗いわね」


「ちょっと待ってな」


 リルの問いにフレイルはそのまま足を進めていく。

 しばらくすると部屋がぼんやりと明るくなり、リルは辺りを見回す。


 そこは学院のホールの倍はありそうな広い空間で、中央あたりを見ると不自然に二つの太い柱が伸びている。その丁度真ん中にフレイルは立っていた。


 リルは柱を見上げながらフレイルのもとに近づいた。太さはリルの両手を広げた幅の有に3倍はありそうな太さでそれが天井まで伸びている。


「これは何なの?」


 リルはフレイルの手元を覗き込む。それこのは高さ1メートルの円柱。触ってみたところ素材はガラスのようだ。


 ガラスは魔力を吸収しやすい。リルの予想では何らかの魔法の媒体ではないかと思う。だがさすが用途はわからない。


「これはこの世界と俺らの世界をつなぐ魔法装置だ。この制御盤に命令文を刻んで仮想の世界の魔力を操作するんだ」


 そう言うとおもむろにフレイルがガラス版にその指で文字を刻む。

 すると文字が輝きだし、それまで静かだった空間がかすかに揺れるのを感じた。


「ほれ、見てみろ」


 フレイルはリルにそう言いながら視線を柱に移す。


 左側の柱の上の方が光った。総認識した瞬間、柱の中を通り、上から下に向かって膨大な魔力が降り注いだ。


 それはまるで魔力の滝のようで、まばゆい光にリルが驚いて目を奪われてた。だが今度は後方から嫌な気配を感じた。


 思わず振り返ると、そこには今見たものと真逆後景が広がっている。 


 黒く重い魔力の塊が柱の下から吹き出し、留まる事なく天井へ向かう。

 多分柱越の壁越しだから直接の影響はないのだろう。だが見ているだけで少し気分が悪くなるものだった。

 唖然と下リルは搾り出すように口にする。


「もしかして・・・これが“穢れ”?」


「そうだ。ここでは天地に溜まった“穢れ”を抽出して、この神殿に蓄えられた純粋な魔力を放出する。そうやって天地を保ってるのさ。あっちにいる分には俺たちは感じないが、こうやって一つに固められると危険なもんだってのがわかるだろ」


 リルは無言で頷いた。見た目以上に感覚的にあれは良くないものであるとわかる。


「結局のところ天地は全部が魔法で出来てる。魔法を使えば“穢れ”を生む。あそこが仮想世界だろうその事実はどうあがこうと変わらない。この装置はあの世界を存続させるための命綱だ。これがなかったら天地は遅かれ早かれ自滅する。王ってのは、この装置を操作して浄化を行う役割も担ってる」


「この装置は王以外使えないの?」


『そうですよ!だってこれは僕たちだけが使うことを想定して作ったものですからね!』


 答えたのはフレイルではない。突然聞えた声にリルは辺りを見回した。

 だが、その視界にはフレイル以外見当たらない。


 少し身構えたリルをフレイルが落ち着かせるようにポンポンと肩を叩く。そしてどこか呆れたように声の持ち主に語りかけた。


「おい、声だけはやめろ。心臓に悪いだろ」


『いいじゃないですか。もとより僕は実態なんて持ってないし、大気みたいなもんだから慣れてくださいよ』


 ちょっと不貞腐れた声が子どもっぽくリルの肩の力も自然に向けていく。


「ええと、どちら様ですか?」


 リルが問いかけると声持ち主は楽しげに語りかけてきた。


「ふふ、僕?僕は僕ですよ?僕以外の何者でもありません」


 まるで答える気もない返答にリルが戸惑っていると、入口からまた別の声が聞こえた。


「フィリア様。おふざけはその辺にしてください」


「ウィリアさん!」


 入ってきたのはウィリアだった。エルダを寝かせてきたのだろう。一人静かにこちらに向かって歩いてるる。


「お待たせしました」


 ウィリアはリルたちの下まで来て小さく笑みを見せた。それを見てリルがホッと息を吐く。

 声の主の笑い声が再び響く。


『いやですね!ふざけてませんよ?今の僕は誰でもないのは本当です。まぁ、話しにくいというなら仕方なです。君たちに合わせてあげますよ』


 その言葉の直後、あたりの魔力がざわめく。そしてそれは次第に一箇所に収束し上空に舞い上がる。その魔力が収束し人の形を作り出す。


 その魔力の収束が止まると、それはふわりと浮かぶそれは静か降りてくる。


 そこにはリルとはあまり変わらな背丈の少年がいた。エルダと同じ赤い髪に猛禽の瞳。だがその瞳の色は見たこともない銀色に輝いている。鋭い瞳はその浮かべられた柔らかい笑みは、吊り上り気味の目も相まって猫のように人懐こい印象を受ける。


『これでいいかな?』


「おう」


「はい」


 手を広げて姿を見せる少年に二人が頷くと少年は満足げに微笑んだ。


『ふふ、それにしても最近はお客さんが多いですね!まぁ、暇を持て余した僕は大歓迎ですけどね!』


 そう言いながらリルの方へ歩み寄ってくる。


『僕はフィリア・デ・ヒイル・エアリア。生前は王様やってました!よろしくね!』


 呆然とするリルに、少年は満面の笑みで片手を差し出した。


「え、ええ?よ、よろしくお願いします?え?おうさま?」


 盛大に混乱していると勝手に手を取られて握手をされた。突然現れた人物に握手した手をブンブンと振られて戸惑い、思わずウィリアとフレイルを振り返る。

 するとウィリアは苦笑を浮かべた。


「フィリア様は核だけで存在しているので、まぁ有り体にいると幽霊みたいなものです」


 そんなことを言われて思わず、再びフィリアの方に向き直る。

 驚くリルが思わず手を放すと、フィリアはきにした様子はなくニンマリと笑みを浮かべた。


『僕としては幽霊よりも亡霊の方が格好いいんじゃないかと思いますけどねー』


「黙れや、お化けめ」 


 半眼でフレイルがそう言うと、フィリアは大げさに嘆くよう手で顔を伏せる。


『フレイル君!僕は体はないけど心があるんですよ!ガラスでできた脆いハートが!』


「ほんとに、あんたが王様やってたってのが信じられないよな」


『残念でした、信じなくてもそれは紛れもない現実です!』


 ポンポンと交わされる軽口の間でリルは思考を巡らせる。そして再び混乱した様子で誰にともなく呟く。


「フィリア・・・フィリア・ディ・ヒイル・エアリア・・・初代国王様?」


『おお!ちゃんと知ってるじゃないですか!フレイル君!この間僕の名前は歴史にもう残ってないとか言ったの嘘なんじゃないですか!』


「嘘は言ってねーよ。記録が残ってないからフィリア説とかウィリア説とか色々あって正しくは伝わってないって言ったんだっつうの」


「屁理屈です!」


「お前が話を聞かないからだろ」


 突然言い合いが始まった。本気で怒っているわけではないのはわかるがどうしたものかと思って、ウィリアの方に避難する。


「あの、結局あの方は本当に初代地王様なんですか?もしかして最初に言ってたあの方って」


「そうですあの方です。エルダさんと同じで2000年以上前から存在し続けてるから世界の実情については誰よりも詳しいです」


「2000年ですか。エルダさんと同じ、ではないですね」


生きてるか死んでいるかでは同じとは言えないだろう。だが死んで2000年というのは生きているよりも想像がつかいない気がする。


「そうは見えませんが、一応亡くなっていますからね。マオと同様核の一部によって存在しているそうですが、2000年と言う長い年月核だけ存在できたのは、あの方の膨大な魔力がないと不可能だったしょうね。でもフレイル様が言うには、大層な愉快犯で、気まぐれで天地両王にいたずらを仕掛けては逃げていかれるそうので、お会いできる確率はかなり低いですそうです。話を聞きたいときに限ってなかなか会えないそうで、俺も一昨日初めて会うことができました」


 まさかなかなか会えないというのが、そんな理由とは思わなかったのでリルは何とも言えない顔で首をかしげた。


「ええと・・・どうしていたずらなんてするんですか?」


『それには僕が答えてあげますよ』


「え?」


 いつの間にか言い合いをやめたフィリアが、目の前に来てニンマリと笑う。


『簡単なことです。僕は亡霊。生前に未練があったんです。僕、殺されたんですよ』


「えっ?」


 あっさり暴露された過去にリルが驚く。するとその反応を見て何故か嬉しそうにフィリアは何度も頷いた。


『ええ、僕は殺されたんです。今の世界は当たり前のように子孫を残せましたが昔は違いました。なんでだと思います?」


 唐突に問われてリルは少し考えて答えを導き出す。


「この世界に戻ったとき困るから、ですか?」


 リルの回答にフィリアは満面の笑みを返す。


「正解です!もともと天地はこの世界に戻るまでのつなぎだったのです。僕はそのつもりでいました。だから世界には子どもが生まれない。生まれても元の世界には肉体がないからです。でも当然そんな世界は長くは持ちません。愛する人と結ばれて子どもを授かり、そうやって世界を繋ぐ。そんな当たり前のことが出来ない世界に意味はない。止まった世界を進めようとする人々によって僕は討たれたのです』


 フィリアは両肩をすくめて何でもないことのように口にした。さらに追い打ちをかけるように語り続ける。


『今みたいに忘却魔法なんてものはなかったので、一度付いた勢いは止まらず、結果僕打ち首です。首チョンパってやつです』


「で、でも王がいなくなったら世界そのものが成り立たなくなりますよね」


 リルがそう問えば、フィリアは小首をかしげて困ったように笑う。


『そうですね。あの時、気がついたら僕は大気放たれていました。まるで夢を見ているようなぼんやりとした意識の中で見たのは、僕の子孫と呼ばれる者が王に付いたということです。そして子どもも当たり前のように生まれるようになっていたのです。多分もしもの時のそういう緊急時の救済システムのようなものがあってそれが作動したんではないかと僕は思っています』


「救済システム・・・」


『王が死ぬでも世界がすぐに消滅しませんが不安定になるようで、その時世界を形作る法則も揺らぎます。そこに人々の混在する意思、わかりやすく言うと”願い”のようなものが組み込まれて次の世界が構築されます。ぼくが知る限り2回ほど後継者に引き渡すことなく王が死んでいるので、その度法則が書き換えられてます。今の世界がちょとと変なの大部分ここと言っても過言ではないですね。僕が死んだとき核のほとんどは新しい人間として転生しましたが僕だけは取り残されてしまいました。この世界にも本来の肉体があるのですが肉体にはどうあがいても戻れず今に至ります」


 フィリアが語る出来事とを聞いて、いつの間にか息を止めていたことに気がつき、大きく息を吐いた。

 フィリアの言葉にエルダが言っていた矛盾の話を思い出す。かつてともにあったことを忘れたのにも関わらず、その証拠である資料を残している。

 エルダに聞けずじまいだった矛盾の理由をここで聞くとは思ってもいなかった。

 そして孤独だったエルダのかなしげな顔を思い出す。


「エルダさんには会ったりしていたんですか」


 エルダの話では出てこなかったが2000年という時間があれば機会があったのではないか。そう思うリルは尋ねたがフィリアは首を振った。


『話には聞いています。でも僕はこの2000年、彼女の前に現れたことはありません。彼女はこの地下にはこられません。当時の天地両王は最初の決め事で互いに行き来を禁止したんです。その決め事は今でも僕の核を縛っています。僕が肉体に帰れないのも多分このそのせいですね。僕の体は地上にあるので』


「そう、なんですか」


『ふふ、そうなんですよ。会ってみたいと思いますたがこればかりはどうにもなりません。僕はそのことを理解して初めてもう帰れないんだなって思いました。それからずるずると世界に留まっていて再びはっきりとした自我を持つようになったのは1000年前くらいでしょうかね。王たちの夢枕に立っていろいろしましたが皆あんまり驚いてくれなくてがっかりですよ!なのでどうしたら驚いてくれるか日々試行錯誤していたらつの間にかこんなに時間が経っていました。月日が流れるのは早いものですねぇ』


「そ、そうなんですか」


 深刻な話かと思って聞いていたら、最後は残念そうに何とも言えない感想を述べられリルも返答に困る。


 死んでいるからなのか元の性格なのか、エルダと同じ時間を存在したとは思えないあっけらかんとした明るさである。


 ただ夢枕に立たれた側は大丈夫なのか心配になる。リルが心配そうにフレイルを見れば肩をすくめた。


「フィリアはあまり干渉力が高くないからこうやって話したり、実体化する以外影響する以外は大したことはできない。夢枕に立つといっても特に問題はないさ。ただ気分はよくないな。それよりも見えるやつとそうでない奴がいるから、そう言う奴の前でいたずらを仕掛けられる事の方が腹立たしいがな」


 フレイルは恨めしげな視線をフィリアに向ける。だがフィリアどこ吹く風である。

 確かに見えない人の前ででは困るだろう。何もないところで驚いたり話したりしてれば周りから見てちょっといただけない。


『まぁ、僕は基本で未練で留まってますからね。ちょっかい出さないと意識がぼやけてしまいます』


 ちょっと困ったような顔でフィリアが笑う。


「フィリア様は、その、恨んでいるんですか?」


 リルは思わずそう聞いた。するとフィリアはきょとんとした顔をした。それからくすりと小さく笑う。


『恨んでる、と言いたいところだけどちょっと違いますね。僕は戻りたいんでしょうね。あの頃に。でも僕の求めているものは過去のものであることは理解しています。過去に戻れるというのなら戻りたいですが、それは不可能です。もし肉体に戻れる日が来ても僕の求めるものは帰ってこないでしょう。ですから僕ができる復讐は、後継たちをおちょくって憂さ晴らしをするくらいですから!』


 明るく笑うフィリアは幽霊のようなものだといったが、いっそ清々しいくらいに影がない。ただの強がりなどではなさそうだ。リルがその姿勢に少し感動を覚えるくらいのものだ。


「フィリア様はお強いんですね」


『はは、君は正直者ですね!ほらフレイル君も見習ってください!』


「こら、あんまり調子に乗んなよ」


 楽しげにフィリアがフレイルを振り返れば、呆れた声で返される。

 男の友情というのはリルにはイマイチ理解できない。でもなんだかんだで仲がいいのだろうということはわかった。


 取り残されたリルは隣にいたウィリアを見上げる。ウィリアはその視線に気がついたようでリルの方に首を傾けた。


「はは、また始まってしまいましたね。どうせすぐ終わると思うのでもちょっとだけ放っておきましょうか」


 ウィリアはそう言って珍しくいたずらっぽく笑みを浮かべた。リルはそれを見て少し驚いたが、直ぐにウィリアに笑顔を向けて頷いた。


 ウィリアの笑顔を見ながらリルは先ほどのフィリアの言葉を頭に反芻する。

 フィリアの言葉はリルにも当てはまる。リルの未練も過去のもので、懐かしく愛しいそれはもう戻ってこない。

 でもフィリアのように、戻れると言われたら戻りたいとは今はもう思えない。

 ちょっと前のリルならその質問に答えることすらできなかっただろう

 

 リルの心は前と比べてずっと穏やかだった。

 仲のいい王たちのやりとりを見守りながら、この平和な時がいつまでも続けばいいのにと心の中でほんの少しだけ願っていた。


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