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変わりゆく思い5

 エルダが子どものように泣き出してから少し時間が経ち、当の本人は今は目の前で机に伏せてすやすやと眠っている。その眠るエルダの表情は一言で言うと緩い。


 やはり先ほどの貴族令嬢のような優雅な雰囲気とのギャップが激しくリルはついしげしげとその寝顔を見つめる。

 

「驚きましたか?」


 頭上から問いかけてきたのはウィリアだ。

 リルにしがみついたまま寝息を立て出したエルダを支えて椅子に座らせてくれたので、今はリルの横に佇んでいた。そして少し困った顔で窺うようにリルと見ている。


 ウィリアの言葉にリルは一瞬目を瞬かせたあと、何に対する問なのか気がつきこくりと頷いた。


「驚きました。あの世界がマオベリスタと同じ作られた世界だったなんて今でも実感がないです。でも本当なんですね」


 エルダにはああ言ったが、すべてをすぐ受け入れられるというわけでもない。


“リル”が生きたヒイル・エアリアの全てはマオベリスタと同じ実体のない仮想世界で、あそこで見たもの触れたものすべてが本来のものではない。


 エルダやウィリアの様子を見る限り虚言ではないのだろう。ショックは当然ある。

 けれど、思ったよりも動揺していないのはひとえにウィリアたちのおかげだろう。


「ウィリアさんは知っていたんですよね」


 落ち着いた様子のウィリアを見れば、エルダの語った話を既に知っていたことは一目瞭然である。

 ただリルはそれを咎めるつもりはない。


 ウィリアもそれを察しているようで謝ったりはしない。ただ少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「はい、エルダさんが話したことは、今マオベリスタにいる人間には周知の事実です。この事実を知らない限り現状は理解不可能なことでしょう。なので色々と手順を踏ませてもらいました。ただ本当ならこの話はしなくてもいいんじゃないかとも思っていたんです。あなたは既に転生しているのですからこの事実を暴く必要は本来ないのかもしれないと」

 

 ウィリアの言葉によってふたりの間に少しだけ沈黙がよぎる。

 リルはマオベリスタのことを知りたいといった。


 時間は戻らない。過去をどうすることはできないからせめて大切な人達の命が何故奪われなくてはならなかったのか。それが知りたかった。


 戸惑いも憂いもある。ただの心の整理のために留まっていたリルだったが今はもう違う。

 

「確かにショックではありますけど、私は知れてよかったと思います。それに結局どこであろうと私にとってどれも現実には変わりないってもう分かりました。だから、たとえ転生したとしても部外者でいるのはもう嫌です」


 静かに、そしてまっすぐとウィリアの目を見てリルは吐露した。

 それはリルがずっと抱えていたリルの本心だ。そうすんなりと口から出てきたことは自分でも意外だった。

 その言葉にウィリアは驚いた様子でリルを見ていた。初めて見る顔にリルははっとした。そしてリルは慌てて言葉を訂正した。


「あっ、違うんです!色々してもらっているのはありがたいですよ。本当に感謝してます。ただ自分のことなのに何もできないままなのは嫌というか。だから、ちゃんと自分で考えられるようにしたいんです。・・・ええと、わがまま言ってすみません」


 リルは最初こそ勢いよく否定したが、その後はだんだん言い訳をしているように思えて、尻すぼみになり最後には謝罪の言葉を口にした。


 するとウィリアの目は直ぐに柔らかく細められ、いつもの柔らかい笑みを浮かべていた。


「謝らないでください。前にも言いましたが、これは俺の意思であって誰かに強要されたものではありません。あなたのわがままは全然わがままじゃないですよ。言ってもらえて嬉しいです」


 そんな事を言ってどこか嬉しそうに微笑むウィリアに、リルはなんともこそばゆい気持ちになる。なんだか直視できずに俯いた。顔が熱い。きっと頬がきっと赤くなっているだろう。


 なぜこんなに良くしてくれるのかは未だにわからない。


 最初こそ何か裏あるのかと勘ぐりもしたが、どうにもそう思えない。

 ウィリアとはここに来るまで会ったことがないはずなのにどこか懐かしい雰囲気にリルは安堵を覚えていた。


 アリアやレオ達が協力的なのは現世での利保との関係も理由の一つかもしれないが、これまでの話を聞いているとすべてはウィリアの主導で行われているということはなんとなくわかる。



 どうしてとリルが聞いてもきっとウィリアは答えない。だから今は聞かないことにした。リルはそっと視線を上げれば、柔らかな雰囲気と裏腹に強い意思を持つ青い瞳にぶつかる。


 彼が味方で、本当に心強いと思った。


「なんだか私すごく甘やかされてますね」


 リルが苦笑を浮かべれば、ウィリアは笑みを深めた。


「なら、そのまま甘やかされてくださいね」


 おどけた調子でそう言ったウィリアに、リルはなんだか可笑しくなって笑みをこぼす。


 頑なだった気持ちが少しほぐれていく気がした。

 リルがそんな思いを口にしようとしたその時、あたりの魔力が揺らめくのを感じリルはバッと花畑の方を振り仰ぐ。


 そのまま身構えると、ウィリアが直ぐに「大丈夫ですよ」といってある方向を指さした。

 指を指された方を見ると、花の周りに魔力がまるで引き潮のように向こう側へと引いていき、一瞬にして一箇所に集まった。


 そして、そこ現れたのはリルも見たことのあるものだ。ウィリアやジェイクスが使う空間魔法の扉が花畑の中にぽつんと置かれている。


 だがその扉はふたりのものと違って形が時折歪み、どこか透けているように見えた。


 リルが訝しんでその扉を見つめていると、その扉がキーンと耳鳴りのような音を立てて開く。リルが思わず耳を塞ぎそうになったとき、聞き覚えのある声が聞こえた。


「うおっと、花畑のど真ん中じゃねーか!また座標失敗だな。後で文句を言わねーと」


 声の主は扉をまたいでそういった。現れた青いドラゴンを見てリルは目を見開いた。

 ざあっと風が舞い踊り、ドラゴンの後ろにあった扉は霧散し魔力の粒子が天へと登る。ドラゴンはそのエメラルドの瞳をこちらに向けた。そして片手を上げて陽気に挨拶をした。


「よう、久方ぶりだな!元気にしていたか?」


「フ、フレイル?」


 思わずその名を呼ぶとフレイルはその太い尾をぶんっと縦に振った。


「おうよ!」


 そう軽く肯定されて動揺も冷めやらぬリルのもとへ、フレイルはずんずんと近づき、目の前までやってきて足を止めた。


 リルは呆然とフレイルを上から下まで見下ろした。


 リルより少し小さい背丈の青いドラゴンは見た目はリルの記憶のままのフレイルだ。まるで幽霊でも見たかのようにぼんやりと問いかけた。


「フレイル、生きてたの?」


「生きてちゃ悪いかこのクソガキめ!」


 そう言いながらわしゃわしゃとなでられる。

 乱暴だがちゃんと手加減をされていて、怒っているわけではないことはすぐわかる。固くてまるで暖かくのない手の感触が記憶の中のそれと合致する。


 マオベリスタであったフレイルにも頭をなぜられたがその時とはまた違う懐かしさを感じた。

 同時に困惑を覚えて、撫でられた頭を押さえンがらフレイルを見つめた。するとフレイルが呆れたように鼻を鳴らす。


「言っとくが俺は死んだ覚えはないからな。今お前のいたヒイル・エアリアで生きている」


 リルの疑問を先回りして答えられた瞬間リルは泣きそうになった。だが必死でその涙をこらえる。


 自分の周りの人間の死や転生を伝えられてきたが、生きて会えたのはこれが初めてだったからだ。だからこそ何とも言えない感動がリルの中に沸き起こていたのだが、それはすぐに霧散する。


「ぶっさいくな顔だな!ほら、ウィリア見てみろ」


 笑い声を挙げてウィリアにそんなことを言う。リル思わずカチンと来てぶんっとフレイルに頭の上に腕を振り上げた。

 だがその腕は虚しく空を切る。


「避けるな!」


「避けるに決まってるだろ。なんだ、随分乱暴になったな。虫もたたけない箱入り娘だったのに」


 横に素早く避け他フレイルが首をすくめながら言った。


 そんな箱なんてもう壊れてぐちゃぐちゃだ。でも外に出ているかと言われれば微妙なところだ。

 挑発するような事を言うフレイルだったがそれがわざとなんだということはすぐにわかる。


 フレイルらしい気使いに、頭に登った血がすっと引いていくのを感じふっと小さく息をつく。そしてそっと笑みを浮かべた。


「元気そうね」


「おう。今年で丁度200歳だ。そんでこいつはなんで寝てんだ?」


 フレイルの視線は机に伏せるエルダに注がれている。その問いに答えたのはウィリアだ。


「2000年前の話をして貰ったんです。それでちょっと泣き疲れて寝てしまったんです」


「ははん。まぁ、こいつはこの見かけで結構な歳だからな。涙もろくもなんだろ」


 ウィリアの簡素な説明にフレイルは特に追求することなく頷いた。


「そういえばフレイルはなんでここに?」


 リルは首をかしげた。まだ分からないことはたくさんあるがこの土地は軽々しく来られる場所ではないのは確かだろう。


「お前さんはどこまで聞いたんだ?天地とここの関係は聞いてないのか?」


「どういうこと?」


 リルが答えに窮していると隣から再びウィリアの助け舟が出された。


「天地が分かれてエルダさんがここに残ったことまでしか話してません。でも天地創造の詳しいところはエルダさんよりあなたから聞いたほうが良いと思うもでちょうど良かったと思いますよ」


 ウィリアの言葉を受けて、フレイルは顎に手を当てて考える素振りをした。そしてすぐにリルの方に視線を戻す。


「そうか、なら最初に言っておくか。お前さんが生きたヒイル・エアリアは王の箱庭って言われてたりしただろ。あれはそのまんまの意味で世界は王によって形作られている。そんで世界の成り立ちを伝えられるのは最初の王の血を引くものだけで、ここに来られるのは王だけだ。例外もあるがそれがそれが最初に決められた決定事項であってそれを破る今のところ不可能だ」


「え?」


「つまりここに来られる俺は王。天王ってことだ。ちなみにお前さんとあった頃には次期王としての留学みたいなもんだったぞ」


 リルはぽかんと口を開けてフレイルを見た。だが直ぐに疑問に首をかしげる。


「でも、フレイルいつも料理ばっかりしてなかった?」


 留学というイメージから程遠い生活ぶりだった気がする。


 フレイルが王であることに少なからずは驚いたが、人の城に滞在している事実があったのでそこまで意外なことではない。


 ただ王になる人間が料理ばかりしているという方が心配になる。そう思って尋ねたリルだったが、フレイルは悪びれることなく全面的に肯定した。


「確かにほとんど料理してたな。だが、あれでも結構動いている方だぞ。俺たちドラゴンは全体的に寿命が長い分のんびりしているし、俺らの方の王ってのは地上の王よりも象徴的な意味合いが強い。まぁ、今はそれが覆されて、ここ50年は馬車馬のように働いてるがな。思えば本当にいろいろあったなぁ」


 ドラゴンに表情はない。フレイルの瞳はどこか遠くを見つめていた。

 その視線の先にをリルは見据えた。


「フレイル、ここに至るまでのすべて、聞かせてくれる?」


 それはリルのいなくなったあとのヒイル・エアリア。


 それは今のマオベリスタ誕生につながるもの。


 その過去を知ることでリルはやっと当事者として、ウィリアたちの隣に立つことができる。リルは決意を胸にそう告げた。


どうにも10月中には終われません。

話数自体は増やす気はないので、今年中にエンディングを迎えられるよう頑張ります。

汗)

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