変わりゆく思い3
2000年前、世界の有り様はもっと単純なものだった。
エルダの語るかつてのヒイル・エアリアにリルはただ驚いた。
「世界はわかれていなかったってどういうことですか?」
リルの問いにエルダは真剣な面持ちで応える。
「そのままの意味ですわ。”ヒイル・エアリアは王の魔法によって支えられている“。外界の方はそれを当然としていると聞きましたが、考えても見てくださいな。それはとてもおかしなことですわ」
「どうしてですか?」
「二つの国は王の魔法によって完全に分たれており、王の許しなく行き来することはできません。交易も一切していないのはご存じですわよね?」
「はい、条約に定められた禁止事項ですよね。“いかなる場合においても国家の枠を超えた資源の流出を禁止する”でしたか?」
「ええ、これは最初から決まられていたことで2000年前から変わっておりません。創世当初こそここで審判を行い許されたものしか天地の行き来には許されませんでしたし、その後も王の采配と移行しましたがなりましたがやることは変わりませんでしたわ。国にとってその必要があると判断された者だけをそれぞれ互いの城に送るのです。それを踏まえて考えるとドラゴンに関する情報量が明らかにおかしいのに気づくでしょう」
問われてリルは瞠目する。エルダの指摘はリルの考えたこともなかったことだ。リルは身近にフレイルという存在がいたから必然的に知識を得るに至ったが考えて見ればおかしいことがある。
「・・・文献や資料が多すぎる」
リルの脳裏に浮かぶのはついこの間まで通い続けた図書閲覧室だ。あそこに置かれたに本を思い出す。図鑑やちょっと特殊なものまで書架に並んでいる。
あそこでさえ、ひとつの分野として扱われるくらいには文献が存在しているのだ。
普通の図書室にはもっとあるはずである。
「そうです。実際見たこともない完全に隔てられた地の生き物のことにしては異様な数です。想像が生んだ物語ならまだしも、ドラゴンの実態に関する文献が普通にあれほど存在しているというのはおかしなことです。けれど誰見それに何も言わないというのはもっと異常なことと言えますわね」
「そうですね。条例違反と言われてもおかしくない・・・でもなんで?」
「実際に条例違反ではないからですわ。かつて二つは同じ大地の上にあったのですから、文献が残っていてもおかしくありません」
「でも、それなら天地が別れていたなんてことこそ伝わっていておかしくないことではないですか?」
リルの考えはもっともなことだ。それこそおとぎ話で伝わっていてもいいし、知恵ある人ならばこのことに気がつくのではないだろうか。
その矛盾にエルダはその問いにすぐ答えてはくれなかった。
「そこが今のこの世界に有り様を語るのに一番重要なことですわ。ですが、結論だけ言うと混乱されるでしょうから順序建てて説明させていただきますわ」
エルダの言葉にリルは頷いた。エルダはその様子に満足げに微笑み話を始めた。
「今から2000年以上昔、天地がともにあった頃、人とドラゴンは同じ大地の下に生きていたました。言葉を理解するただ二つの種族の間には暗黙の了解として天はドラゴン、地は人という棲み分けをして争うことなく暮らしていたのです。魔法という存在は主にドラゴンのもので、人の中にはごく希にいるといったくらいでしたわ」
「そうなんですか?じゃあ、魔法を使える人は貴重だったんですね」
リルが言うとエルダが困ったように笑う。
「魔法といっても正確に言うと今の世のような意識的に目に見えた変化を起こすことはできませんでした。ただ魔力の存在を認識することができたのでエアリアの花の存在に気づいて、煎じて薬を作っていたり、魔力の動きから天気を当てたりとそういった能力がありました。魔法使いというより呪い師のような扱いでした。一部では重宝はされましたが、感覚のずれからか受け入れられずに人の輪から外れていったのですわ。結果迫害されないものの、異端視はされていましたね」
意外な回答にリルは少しばかり意外に思った。リルの知るヒイル・エアリアと真逆といってもいい。
「それでも薬はやはり他の物よりも優れた効果があったので、一部では“魔女の秘薬”などと言われて一部で取引されていたりしましたの。お出ししたお茶もエアリアの花で入れたのでこれも“魔女の秘薬”といってもいいかもしれませんわね」
そう言ってエルダは自分の前に置いたコップを小さく上げてみせる。
リルは自分の前にあるコップを手にとって覗き込む。確かにカップの中にあるのは花と同じ透き通る赤だ。
「せっかくなので召し上がってください。今はここでしか飲めませんのよ?」
そう催促されてリル立ちはカップを傾けた。
こくりと一口飲むと、すっきりとしながらもほのかに甘い香りが口に広がった。
鼻に抜ける香りがどこか覚えのあるもので、なんだかホッとする。そして体の中にすっと染み込むような不思議な感覚だ。
「飲みやすくておいしい。それになんだか体がものすごく軽いです」
リルが素直な感想を述べるとエルダの顔がほころぶ。
今まで味わったことのない感覚に、リルが手の中のコップをまじまじと見ていると、あまり口を挟まなかったウィリアがリルと同様にコップを傾けている。
そして一口飲んでエルダに尋ねた。
「シヨルの葉は、エアリアの花と自然交配した結果生まれたんでしたよね」
「シヨル・・・ああ、地上で主流な薬の原料でしたわね。ええ、確か偶発的に生命力の強い雑種と混じったようで長い年月を経てその数を増えていったそうですわ」
「そうか、嗅いだことがあると思ったらシヨルの葉とそっくりなんですね。言われてみれば味もちょっと似ています。色はだいぶ違いますけど」
馴染んだと茶の味を思い出しながらリルは再びカップに視線を注ぐ。
匂いだけなら遜色ない。
だがシヨルの葉はそのままだと濃緑色で煮出して出る色は茶色だ。味に至っては煎じるとほのかに甘いが、今飲んだエアリアの花には遠く及ばない。
「わたくしは地上に降りたことがないので、味や色は存じませんが、効果としてはやはりエアリアの花と比べれば格段に薄いと思いますわ」
エルダの言っていることは正しのだろう。リルはエアリアの効果を肌で感じていた。
再びカップに口をつけてひとある言葉が思い浮かぶ。
「そういえば食事の時に“天と地の恵みに感謝します”って言いますがそれこそいうおかしいですよね。天からの恩恵なんて受けてないのに」
「そうですね。それこそ天と地が一緒だった頃の名残じゃないでしょうか」
リルが今更ながらに気がついてことにウィリアは袖にすることなく同意してくれのですこしばかりほっとする。
ヒイル・エアリアでいう”天”は空のことではなくドラゴンのいる天上界のことを指す。今考えてもレバ違和感しかない。
「でもさっきドラゴンも人もみんなこの魔法を使っていたって言いましたよね。それはひと握りの人以外も使えるようになったっていうことですか?」
「ええ、人はそのひと握りの人間異端視していてもドラゴンの持つ魔法にはあこがれを抱いていました。そのあこがれを実現しようとしたのがいました。名をマルセオ・ダークといい、人が魔術を使える可能性を見出した人です」
エルダはどこか懐かしげにその名を口にする。
出された名前にリルは数度瞬きをしエルダと同じ赤い髪と一族を思い出す。
「ダークということはもしかして身内の方ですか?」
「ええ、わたくしの兄ですわ」
「ということはお兄さんも竜人族ですか?」
「いいえ、まだその頃には竜人族というものはおらず、この髪も目も後天的なもなのです。その昔はあなたと同じく黒髪黒目のでしたのよ」
エルダは自分の髪にそっと触れた。ふわりと揺れる髪は美しい。
初めからその身に宿していたかのようにエルダの髪も瞳もどこにも違和感はない。ただ黒目黒髪でも美人だったんだろうなとは思った。
「竜人族は人為的に生まれたものです。全ては作り変えられたのですわ」
「作り替えた?」
不穏な言葉にリルは眉をひそめる。竜人族というものを知っているからだろうか。
「その経緯位をお話するのはまずわたくしの出自の話をしなくてはなりません。だいぶ長くい話になりますがよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」
断るという選択肢などない。リルは深く頷いた。
エルダはそれを見て幼き頃の自分を語り始めた。




