変わりゆく思い2
遅くなりました。汗)久しぶりの投稿です。
踏み込んだ先に広がるのは白い石づくりの廊下。明かりは高い天井に等間隔に空いたガラスのない窓ばかりで少し薄暗い。
「こっちです」
ウィリアががあらわれ先導する。リルは借りた本を両手で抱えながらウィリアの後に続く。あたりを見回すと壁には蔦がびっしりと張り付いているところを見ると、人の出入りはほとんどないようである。廃墟というにはどこか神聖な雰囲気だった。
「随分古い建物ですね。ここはどこなんですか?」
「ここは神殿と呼ばれる場所です。今でこそ天地の行き来は王の許可のもと行われていますが、その昔はここで審判を行い、そこで許される以外の通行手段はなかったそうです。“天地を繋ぐ神の庭”や“御柱の地”はこの神殿をもとに伝えられたものだと思います」
告げられた内容にリルは少しばかり目を見張る。
ウィリアの上げたものは有名なおとぎ話である。後者はあまり良く知らないが前者は地上で広く知られている。
天と地の狭間に王の祖先である神が住む庭が有り、人は死後に記憶のみでそこに訪れ、善なるものは再び地上に生を受け、悪しきものは大気に溶けて長い時間をかけて浄化されるという話である。
もともと常識レベルで知られている話だったが、大気中に核が放たれて浄化するということが判明したことによって信憑性の高まった話である。あると信じるものは多く、またそれ以外もないと言い切るものもリルの周りにはいなかったくらいである。
裏付けるような事実を聞かされリルは少しばかり好奇心が沸き立つ。
「あの話はどれくらい本当なんでしょうか?」
「どれくらいというと難しですね。それはこれから会う方に聞いたほうがいいかもしれません。あの方は俺なんかよりずっと詳しいですから」
リルは無意識に少し顔をしかめた。”あの方”とはさきほど言っていた滅多に会えない人のことだろうか。
リルはなんだか落ち着かずそわそわする内心を押し隠してウィリアの後に続いて足を進めた。
すると、ほんの少し歩いたところで壁の途切れ目を見つけて右手から光が見える。
光が差すところまで進んで右を覗きリルは立ち止まった。
「きれい」
リルは思わず感嘆の声を上げる。
そこは一面に淡く輝く美しい庭だった。ただの庭ではないのだろう。風に揺れる真紅の花の周りには銀色の光に包まれて一層美しく咲き誇る。
そこは地上でも天上でも感じたことのない澄んだ魔力に満ちていた。
リルがその幻想的な光景に目を奪われていると、その庭の中央に誰かいるのを見つけた。リルが見つめていると向こうも気が付いてようでこちらを見た。
ふわりとなびく赤く長い髪。そこにいたのはゆったりとした白い衣装に身を包む神聖な雰囲気の少女だ。 少女は笑顔でこちらに近づいてくる。そして目の前までやってきて優雅にお辞儀をした。
「ようこそお越しくださいました。わたくしはエルダ・ダークといいます。この神殿の神官を務めさせていただいておりますわ」
さながら貴族の令嬢のような所作につられてリルもしっかりとお辞儀をした。
「はじめまして、リル・リトルです、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。ウィリアさんもようこそ」
エルダはリルに微笑み、視線を宙に浮かんだウィリアの方にずらす。するとウィリアは小鳥の姿で少し首をかしげていた。
「先日はありがとうございました。でもどうしてあなたが?あの方はどちらに?」
「ウィリアさんが言っていたのはエルダさんじゃないんですか?」
リルは思わずエルダが答える前にそう尋ねた。するとエルダは悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふ、それはあってからのお楽しみですわ。少し遅れるそうですので、それまではわたくしがお相手させていただきますわ。立ち話もなんですのであちらのテラスに参りましょう?お二人に美味しいお茶をご馳走致しますわ」
リルの質問はエルダにもやんわりと躱された。
エルダの視線の先には東屋のような場所があった。
エルダに促され足を進る。たどり着いた先の東屋の屋根の下には、掘り出された彫刻のような椅子とテーブルがある。
そしてその上には準備万端といった様子で茶器が備えられていた。
エルダに勧められて椅子に座ると、ウィリアも机の上に着地した。手に持っていた本はそのまま膝の上に乗せておいた。
それから流れる動きでエルダが茶を入れる。それを見ながらリルは先程から湧いていた疑問を口にした。
「あの、エルダさんは竜人族ですよね?」
切り揃えられた赤い前髪の下にはジェミクスとそっくりな黄金に輝く猛禽に瞳がある。ただジェミクスと違って落ち着いた年上の雰囲気がある。
同じ色合いだがジェミクスはどちらかというと可愛い顔立ちだが目の前の少女は美金と形容できる顔立ちをしている。そして極めつけはダークという姓である。
リルの予想通りエルダはやわらかな笑顔で肯定する。
「ええ、わたくしは竜人族ですわ。ただ、私は一世代目なので地上の竜人族とはだいぶ異なるかもしれません」
少しばかり首をかしげて答えるエルダにリルもつられて尋ねた。
「一世代目?」
「ええ、わたくしの体は竜人族よりもずっとドラゴンに近いのですわ」
「そうなんですか?見た目はそんなに変わりませんよね?」
リルはエルダを頭の先からつま先まで凝視した。
「ふふ、これでも2000年ほど生きておりますのよ」
そう言って悪戯っぽく笑うエルダに驚いて、リルもうその姿を一度見返す。
エルダの外見年齢は多く見積もっても14、5歳程度だった。
魔力の高さは寿命に比例するが、青年期までは基本普通に成長する。成人後くらいからは魔力に応じて体内の時間の流れが個々で変わるのだ。竜人族もその例にもれない。
エルダは完全に例外といっていいだろう。
驚いているリルをよそにエルダは注いだお茶をそっと二人の前に差し出す。するとエルダは突然なにか思い出したようにと声をあげる。
「そうですわ!ウィリアさんはそのままではお茶を召し上がれませんわね」
視線は机の上に置かれたコップの前にちょこんと乗っているウィリアだ。エルダが前置きなく指を掲げる。
するとどこからともなく魔力が集まってくる。エルダの魔力の粒子を集めた指先でそっと小鳥の小さな頭上に触れる。
不意に光が弾けリルが思わず目をつぶると、リルの隣にいたのは小鳥ではなかった。そこにいたのは一目度だけ見たことのある青年姿のウィリアだった。ウィリアは小さく頭を下げた。
「わざわざお手をわずらわせてすみません」
「いいえ、気がづかなくてすみませんでした。あと、先日お会いした時に姿を見せていただいたばかりなので、相違ないと思うのですが違和感はありませんか?」
「ありません。何度見てもすごい魔法ですね」
ウィリアはエルダに感心した様子でそう言った。エルダリルは目の前で起きた光景に違和感を覚える。
二人の会話にではない。詳しく言えば今の魔法についてだ。
投影魔法かと思ったのだがどうも違う。
これはリルの知っている魔法ではない。直感的にそう感じた。
ただ今のウィリアが先日自分で施したもののように透けてはおらず、実体と遜色ない完成度だと思う。
リルがウィリアの姿をまじまじと凝視していると、それに気がついたウィリアがくすりと笑い、エルダはきょとんとした顔をする。
「なんとなく気がつきましたか?エルダさんの魔法は俺たちの使うものとは違うんですよ」
「ああ!そういえば地上にはないのでしたね。失念しておりましたわ」
ウィリアの言葉にエルダは口元に手を当てて得心が言ったといった様子を見せる。ふたりの言葉にリルはまたまた首をかしげると、ウィリアが説明して入れる。
「地上では自分の体内にある魔力を変換して魔法を発動しますが、エルダさんは大気中の魔力を利用することが可能で、俺たちの使っている魔法よりも効率よく強く高度な魔法が使えるんですよ。実際俺にかかっているのも投影魔法に似ていますが実体がちゃんとあります。わかりやすく言うとあの鳥の道標を俺の姿に変化させたようなものです」
そう言って目の前のカップを手に取って持ち上げた。
確かに今のウィリアは実体としてそこにいた。リルはなんだか感動を覚えた。
「便宜上、古代魔法と呼んでおります。けれど、実際この魔法はわたくしの力だけでは発動できるものではないのです。この神殿内ではこの庭に咲くエアリアの花によって浄化された魔力があって、初めてこの魔法が使えるのですわ」
ウィリアの解説にエルダが補足を加える。
リルは庭に目を移す。銀の輝きをまとう美しい赤い花。今一度見るとエルダの方を見れば、それは彼女の髪の色にとても良く似ていた。
「この花は特別な花なんですね」
「確かに特別ですわ。けれどその昔はこのエアリアの花は世界中に咲き誇り、人もドラゴンも今の私と同じ方法で術を行使していました」
「そうなんですか?でもエアリアの花なんて聞いたことも見たこともありません」
リルは自分の中の記憶を掘り返しながら問い返す。
ヒイル・エアリアと呼ばれる世界。その一部を取って付けられたかのような花の名前だ。そんな花は現実どころかおとぎ話にすら出てきたことはない。リルが知らないだけなのだろうか。
「ふふ、随分昔のことですからね。遠く忘れられてもおかしくありません」
エルダは悲しげに目を伏せてそうつぶやいた。それを聞いてリルはその花のことが酷く気になった。
「どうしてなくなってしまったのですか?」
「どうして、ですか。一言で言えば戦争です。かつて世界が争いに満ちていた時代がありました。世界中にある花を二つの種族が奪い合い、時には焼き払ってしまった愚かな時代です。その時代の因果が今ここに来て大きな波紋を呼んでいます。今のヒイル・エアリア、ひいてはそれを模して作られたマオベリスタは無関係ではありません。むしろ根源といってもいいかもしれませんわ。なぜこんなことになってしまったのでしょう」
「・・・どういうことですか?」
次第に暗くなるエルダの表情がにリルの表情にも緊張が走る。
ただならぬ様子に戸惑っていると、となりに座っていたウィリアが落ち着いた声で宥めるように声をかけた。
「焦らないでも大丈夫ですよ。時間はまだありますから」
その声にリルはふっと肩の力が抜ける。そしてエルダの表情にも笑みが戻った。
「すみません。ちょっと感傷的になってしまいましたわね。では、少しばかり昔話をしましょうか」
エルダは語り始めた。それは今よりずっと昔、まだ王が王でなかった時代の話である。




