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変わりゆく思い1

 ウィリアに本心を口にしたその日から4日経ち、リルはビルズ邸にやってきた。


 今いるのは前に一度招かれた客室ではなく、薄暗い書庫である。目の前の机の上には向こう側が見えなくなるほどの冊子が積み重ねられている。

 

 リルは目を皿のようにして、それに一冊ずつ目を通していく。

 そんな最中どさっと重そうな音とともに新たな冊子が机の上に乗せられた。


「おらよ、これでほぼ全部だ。あと細けぇのはジェミクスが持ってくる」


「ありがとうございます、ダイランさん」


 小さくお辞儀をすると、ダイランはどこか呆れたように持ってきた冊子をペラペラめくる。


「しっかし、よくこんなの見る気になったな。俺だったらぜってぇ見ねーな」


 そう言いながら子供っぽい渋面をつくりすぐに冊子を閉じた。

“こんなの”と称する冊子の中身は過去36年分の個人の日記または記録である。


 マオベリスタに引き込まれた人間たちはこの世界で生きてそれぞれ記録を残していた。核回収が終わったあとそれらは出来うる限り回収されたものである。


 当時の混乱の渦中にいた人間たちの心情や、その彼らを殺害した記録。肉筆からそれらが当時の凄惨な状況が生々しく伝わって来る。


 なぜこれらの記録を手にとるにいたったのか。


“過去から今までこの世界で起きたことをちゃんと知りたいです。可能な限りの全てを”


 リルはウィリアにそう願った。

 過ぎた時間は戻らない。

 リルは自分の心を納得させるには今知り得る限りの現実を知ることだと思った。


 知れば辛くなるだけかもしれない。でも知らない今こうしてうじうじと悩んでいる時点で答えは出ていたのだ。

 知らないで悩むより知って悩むほうずっといい。このマオベリスタに来他当初に思っていたことだったが色々と発覚していくうちに知りたいけど知りたくないという思いに悩まされ、悩んで悩んで一周回ってやっと元の場所に戻ってきていたといった感じである。


 曖昧で、終わりがが見えない願いにウィルは応えてくれた。


 決意を聞いてウィリアがまず手配してくれたのがこの書庫だった。


 あの後、ウィリアがビルズに交渉してのこの書庫の閲覧の許可を得て今日に至る。この世界の過去の出来事を知るのには一番いいとのことである。


 護られている立場上、本来そんなことは許されないはずなので、ウィリアには頭が上がらない。レオやダイランの気持ちが少しわかったような気がする。


 そしてビルズ邸内なら隠れて監視する必要もないので、手の空いているダイランとジェミクスを手伝いによこしてくれるといういたれりつくせりな状況である。


「あ、あの、これ切れ端を集めたものです」


 呼びかけられて反射的に顔を上げる。

 

 ジェミクスがノート大きな缶の蓋を開けてこちらに見せてくれた。


「ありがとうございます」


 そう言って受け取った缶に入った紙の切れ端はどれも焦げていて、文字はところどころ読めるよといった感じだ。


「ぼろぼろですね」


 リルがそう呟くとジェミクスがその答えをくれる。


「魔法による戦闘で焼けてしまった家などから回収したものです。修復できたら良かったのですが、修復魔法では見たことのないものは想像の範囲でしか直せませんので」


 相変わらずの眉を下げてそう答えるジェミクスにリルも納得した。

 他の冊子も不自然に切れて、薄汚れている。


 核奪還は生易しいものではなかった。リルも数冊読んでそれは察しっていた。


 きっと目を背けたくなるような現実がそこにある。

 けれどリルハ知りたい。知らなくてはいけないと思った。


 本を集め終わるとダイランとジェミクスが出て行った。

 リルは再び煤けた冊子を手にとった。












 はじめこそ普通に読みすすめていたが、量を考えれば時間が足りなくなってしまう。リルは途中からアイシス・アイズの魔法で速読真っ青なスピードで読了した冊子を積み重ねていく。


 読むのは早いが、めくるペースは魔法をかけず手動でパラパラとめくり続けはや2時間。

 あと1冊というところまでやってきた。


 ここまで読んできてリルはある認識の相違に少し驚いていた。


 それは“リル”の記憶するヒイル・エアリアという世界の成り立ちからは考えられないものだ。


 ウィリアに聞いたとおり、それらの書き手は魔力低い層の人間であった。

 

 冊子の中の彼らは誰も王に救いを求めない。


 彼らははじめこそ戸惑ったものの、すぐに環境に順応した、マオベリスタを新天地と呼び、王政から脱却し、自分たちだけの国を作ろうとした。


 アリアが語った事実としては、マオが先導したということだが、すべてが全てマオの思い通りに操作されたとは言い切れないものがある。

 そこには紛れもなく人の意思が感じられた。


 ヒイル・エアリアの人間は王というもの存在価値を感覚的に理解している。

 それは人間が世界を包む王の魔力を通して、その力によって生かされているということをその身で感じることができるからである。

 そして魔力を感知する能力が高いほどより王が世界を支えていることを理解し、王に絶対的な忠誠心を掲げる。

 ヒイル・エアリアという世界はそういうふうにできていたはずだ。マオベリスタに呼び込まれてもそれはかわらない。

 本物ではなくともリル自身、今ここにいて王の間力をその身で感じている。


 だが今読ん出来た冊子の数々はそれを覆す力を持っている。


 この世界のこともそうだがリルの知識は一点にばかり力を注いできたので若干偏っていることは自覚している。

 リルは大きな思い違いをしているのかもしれない。

 

 ふと思い浮かんだ思考はすぐに霧散する。

 リルは自分の周囲の魔力が揺らぐのを感じた。最近慣れてきた感覚で驚くことなく今手に取っている冊子を読み終えてぱたんと閉じる。


『こんにちは、読めましたか?』


 声の主はウィリアである。ただし声だけで姿は見えない。


「ウィリアさん、お疲れ様です。おかげさまであと1冊です。今日は忙しいってレオさんに聞いたんですが、何かあったんですか?」


 ここ数日はリルの願いのために色々と手はずを整えるため、ウィリア本人はあちらこちら飛び回っているというのをレオから聞いている。


『休む間がないほどではないですよ。ただ次に許可を取るのに少々手がかかったのは確かですね』


「ここの他に記録があるところですよね」


『ここと違って一箇所にまとめられているわけではないので探すに骨が折れました』


「すみません、面倒なことを頼んでしまって」


 少しうつむき加減でそう言う。今は電話のしているような状況なので互いに表情は見えない。


『俺が自分からやるといったんですから構いませんよ』


 低く通る落ち着いた声で返された言葉に、リルは先日初めて見た表情を思い出す。

 リルはそれ以上は言わずただ礼を言うとウィリアがどこか楽しげに笑う気配がした。


『それに、今回の件でなかなか会えない方にも会えたので、俺のほうが感謝しなくてはいけないかもしれません』


 その言葉に首をかしげて尋ねようとすれば「会ってからのお楽しみですよ」とウィリアはそれ以上は教えてくれない。


 そしてそれには時間厳守でこれからすぐ行かないといけないらしい。ここからそのままそこに空間を繋げるとのことである。


「あと一冊なんですけど、時間まったくないですか?」


『一冊くらいならば借りていけばいいのでは?ジェミクスさん、いいですか?』


 ウィリアが呼びかければジェミクスも声だけで答えた。


『は、はい!なんでしょうか!?』


『一冊お借りしますとビルズ隊長に伝言お願いします。読了しだい外部には漏らさないように注意してダイランさんかジェミクスさんに返却しに行きます』


『・・・・あ、はい!大丈夫だそうです。よろしくお願いします』


『ありがとうござます』


「ジェミクスさん、ありがとうございます。あとダイランさんやビルズ隊長にもありがとうございましたと伝えていただけますか?」


『わ、わかりました。あと本はそのままで構いません。では、ど、道中お気をつけて』


 そこで話は終わる。

 それからリルは一冊の本を抱え立ち上がる。

 その合間にウィリアは書庫の入口に空間魔法で扉を出現させた。空間魔法の扉は何もないところよりも既にある扉を媒体にするほうが楽らしい。


『では行きましょうか』


 そしてウィリアに促されリルは足を踏み出した。古びた扉の取っ手をひねりカチャリと扉を開けた。

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