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思い出に変わる日常8

 あの後そのまま授業を迎え、レオと続きを話すことはできず放課後を迎えた。そしてそのあともルーディはキーラと共に校門で分かれることとなった。


 リルは不安を抱えながら帰路に着いた。

 いつも通り自分の部屋のついてベッドの上に倒れこむ。時間を追うごとに不安は膨らみリルは再び身を起こして呼びかけた。


「ウィリアさん」


「どうしましたか?」


 呼びかければいつもどおりに姿を現す。基本的に無闇に呼ばないため、ウィリアも呼ばれたときは何かしらあると察しているようで呼びかけにはいつもそう尋ねてくる。

 毛布の上にちょこんと乗ったウィリアに向かい合うようにしてリルは話す。


「忘却魔法について聞きたことがあるんです」


「俺に分かることであれば」


「今、王の忘却魔法はどの程度の効果があるんですか」


「忘却魔法ですか。はっきりとは言えませんが、現在マオベリスタ内で展開されているものは以前と同等といっていいと思います」


「他は?他はどうなっていますか?」


 リルは身をのり出すようにして早口でそう尋ねた。切羽詰まったような雰囲気にウィリアは少しリルの様子を見て静かに声をかけた。


「落ち着いてください。どうしてそれが知りたいんですか?教えてもらえれば俺ももっとちゃんと答えることが出来ると思うのですが」


 そう宥められてリルもはっと気が付き少し気お落ち着けて言葉を紡ぎだした。


「今日、レオさんが忘却魔法は絶対ではなくなったと聞きました。それからレオさんがかけてもらったものはマオベリスタ内での効果が弱いとも。もしそうなら私が儀式の報酬にかけてもらった忘却魔法がどうなったのか気になって」


「存在抹消の忘却魔法ですか」


 ウィリアの言葉にリルは静かに頷く。それを見てウィリアが少し間を置いてから答えた。


「忘却魔法の強制力自体は何も変わっていません。ただ前提として王の忘却魔法は世界を越えることができません。マオベリスタは想定外の世界であり、ヒイル・エアリアとは似て非なる世界です。マオベリスタに展開されているのは、もとからこの世界のこの時間軸までに施されていたものだけです。ビルズ隊長達の場合は創世魔法と併用してマオベリスタ用に組み上げたものなので例外として効果が発揮されていますが、あくまで無理やりねじ込んだようなものです。あなた施されたものは現在のヒイル・エリア内では今でも一応効果が続いていると思いますが、オベリスタでは効果はないでしょう」


 その答えを聞くうちにリルはだんだんと血の気が引いていくのを感じた。

 そして浮かんだままに質問をした。


「マオベリスタができたのはいつですか」


 今更の質問だった。だがウィリアは律儀に答える。


「マオベリスタの存在が明らかになったのは儀式の14年後です。ヒイル・エアリアでいうと36年前になりますね」


 計算すればリルが死んでから50年の月日が流れているということだ。5つ年下だったウィリアが柚姫の祖父と同じくらいの年だと言っていたので、おおよそ予想していた。そのためさほど驚くことでもなかった。

 ただ明確な数字を聞くと現実感が強くなる。


「じゃあ、36年前の既にこの世界生まれていた人は全員呼び込まれたんですか?」


「全員ではありません。基本的に呼び込まれたのは魔力の低い層と催眠魔法に対する抵抗の低い人間ですね。ですがレオさんたちのように例外もあるので一概に言えませんね」


「転生者のことですか」


「そうです。転生者に至ってはその他大勢にかけて催眠魔法ではなく、特定の人間の核だけ奪う強力なものだったようなので抵抗出来た人はいなかったようです」


「記録とかは残っていないんですか?」


「当時は混乱を極めていたらしいですからね。状況が立て直されて生存者の確認がすんだのは10年前で、その時不審死した人は核喪失者と呼ばれてひとくくりしされました。その後の核の行方は記録されていません。俺も転生者のうち幾人かは面識がありませんが全て知っているわけではありません」


 リルはそのまま黙って俯いた。そんなリルにウィリアは問いかけた。


「ご両親のことですか?」


 リルは身を固くした。リルが本当に聞きたいのはまさしくそこだった。けれどどうにも決心がつかず遠回りな質問ばかりをしていた。


「知るのは怖いですか?」


 ウィリアの問いに身を固くしたままリルはだだ頷く。


「何が怖いですか?」


 何が怖いのか。確かにリルは恐れている。


「ゆっくりでいいです。まとめようとしなくてもいい。今思っていることをそのまま口に出してみてください」


 そう促されてリルは少し息を吐く。そして思うままに言葉を紡ぎ出す。


「みなさんはお父様とお母様のこと口にしないから・・・何となくそうなのかなと思っていたんです。そうなら理由を知りたいと思うと同時に、やっぱりどこかで生きてることを期待している自分がいるんです。でも頭ではわかっているんです。みなさんは私が自分の口から尋ねるまで言わないでいてくれるているんだって。でもいま怖いのはきっと違うんです。私はどこかでそのことが自分に関係ないものだと思っていたんです。自分ではどうしようもなかったこととしてそのまま忘れようとしていたんです」


 両親から記憶を奪った自分はもはや彼らにとってはいない存在だ。そしてそれらはリルの死後に起こった手の自分にとって関与不可能な出来事だ。でもそうではないかも知れない。


「キーラの死を聞いてレオさんとダイランさんを見ていて思ったんです。もういなくても私は覚えてる。だからちゃんと受け止めるべきだと・・・。でも優しい人たちだったんです。だから私がいなくても悲しくないように記憶を消したのに、もしお父様とお母様がマオベリスタに呼び込まれていて、私のことを思い出していたらと思うと胸が苦しいんです」


「今もまだ真実は聞きたくありませんか?」


 リルは静かに首を振った。


「わかりません。分からなくなってしまいました。この期に及んで見苦しいとは思います。でもどうしたらいいかわからないんです」


 胸を押さえながらそう吐き出す。出口が見えず息が苦しい。


「俺にも大切な家族がいました」


 唐突に語られて言葉にリルは少しばかり目を見開く。その家族とはアリアのことか聞こうとしたが、ウィリアは合間をおかずに淡々とした調子で言葉を続けた。


「その人たちも優しかった。けれど彼らは俺が研究院に入るとき、俺の記憶を封じました。俺が思い出したのは一連の事件で昏睡に陥って目が覚めた時です」


 リルはウィリアの告白に目を見開いた。どこか悲しげな余韻に酷く胸が締め付けられる。


「記憶を奪われた事を・・・どう思いましたか?」


 鼓動が早まるのを感じながらそう問いかける。リルはウィリアの答えを待った。


「あなたとは事情が違ったので最初はただ恨みました。でも少し時間が経って少し違う感情を抱くようになりました。そう思ったのは俺が彼らが心の底から好きだったからだと。そう思うと恨むよりただ悲しかった。胸にポッカリと穴があいて、彼らの世界に自分は必要なかったのかとそう感じました」


「そんなことっ」


「もちろんこれは俺の思ったことで、あなたのご両親がどうであったかはわかりません。ただ記憶というのはその人を形作るのにとって、とても重要なものです。特に長いあいだ心を通わせた存在についての記憶があるのとないのでは、人生が大きく変わる可能性があります。大切な人の死は辛い。けれどその思い出をなくしてしまうのは辛いし同時にとても恐ろしいことです」


 ウィリアは静かにそう言った。何を思っているのかわからない。あまり感情の乗らない声音だ。リルは口を開いた。だがその先の言葉を紡ぐことができなかった。


「これは俺の考えです。否定しても構いません。けれどあなたは揺らいでいる。過去の決断を後悔しているのですか?」


 ウィリアの問いにリルは頭を激しく打ち付けられてような衝撃を受けた。そしてその直後、胸の奥に押し込めていたものが爆発した。


「なら、なら!どうすればよかったんですか!?」


 リルは叫んだ。止めないといけない。そう思っても止めることは叶わなかった。


「エリー様はいないと世界がなくなってしまう!エリー様は生きないといけないの!だから私は死んだのよ!後悔なんてしないわ!あの人たちが泣くのは嫌よ!優し人たちなの!私のせいで苦しむならいっそ私なんかはじめからなかったほうがいいじゃない!」


 呼吸を荒くしながらリルはそう言い放つ。もう誰に向かって言っているのかわからない。それはリルの心の叫びだった。


 どうすればよかったのか。誰も悲しまないのがよかった。ただそれだけのことを考えて選択した答えにリルは今ひどく乱された。

 思い出すかも知れないなど微塵も疑うことはなかった。

 部屋がしんと静まり返る。けれどその沈黙は長くは続かず小さなため息が響く。


「すみません。ちょっとやりすぎましたね。泣かないでください。今の俺では拭うことができません」


 優しく少し困った声音でそう言われた。

 ウィリアの言葉にリルは手で頬に触れる。濡れていた。取り乱していて泣いていることにも気づかなかった。


 でも気づいてとめることはできない。慰めるような優く声をかけられる。それを聞いてますます涙だが溢れる。


 泣き続けているとリルの前にいたウィリアがなだめるのをやめて突然ふわりと舞い上がる。ベットの脇に魔力の収束を感じる。リルは涙を流したまま無意識にそこに視線を向けた。


 だが魔力が完全に一つに集まった後、リルが驚きに目を見開いた。

 目の前には二十歳半ばほどの青年がいた。綺麗な夕日色の髪に青い瞳。珍しい容姿に目を奪われる。

 リルの知らない青年だ。だがどこか懐かしい。


「珍しいですか?」


 そう言ってウィリアが髪をひと房つまんで笑った。そしてそのまま少し近くにやって来て頭を下げられた。


「急にすみません。鳥の姿だとどうにも上手くいかないなと思ったので」


「・・・ウィリアさんですか?」


 リルが問えば少しだけ微笑んでこちらを見た。そう言われれば同じ声だ。だが印象がだいぶ違う。色は似ていても鳥と人なのだから当然かも知れない。


 リルはその顔に困惑の色を浮かべる。


「でも、ウィリアさんはここにきちゃいけないんじゃ」


「もちろん本体ではありません。投影魔法です。あまり得意じゃないのでよく見るとちょっと透けて見えるでしょう?」


 少し苦笑しながら両手を広げて見せた。言われたとおりその手に目をやれば指先の方が透けていた。


 そしているうちにリルのいつの間にか涙は止まり、頭も次第に冷えていく。そしてリルは自分の先ほどの発言を思い出して頬がかっと熱くなるのを感じた。


「ごっ、ごめんなさい八つ当たりでした」


 そう完全に八つ当たりだった。しかもどうしようもないことを、まるで関係のないむしろ助けてくれているウィリアにだ。穴があったら入りたくなった。


 こうして誰かに対して声を荒らげたこと自体ほとんどなかったので、それもひどく恥ずかしい。

 縮こまりながらリルにウィリ少し眉を下げた。


「謝らなくてもいいですよ。挑発したのは俺の方ですから。今までかなり振り回されてきているのに、全く文句も言わないので逆に大丈夫かなと心配で。ちょっとおせっかいしました」


 そう言われてなんだか少しほっとしたがやはりとんでもなく恥ずかしく、もはや顔どころか体中が熱かった。


 生まれた年はリルのほうが先であるが、生きた時間を見ればウィリアの方が完全に上である。

 リルの葛藤はウィリアにお見通しなのだろうか。

 むしろリルの気付いていない感情まで見透かされていそうで酷く落ち着かない。


「ええと、ご心配おかけしました。もう大丈夫です」


「そうですか。良かったです」


 おずおずと頭を下げればウィリアが柔らかく笑った。


 今まで鳥の姿だった故に表情がわからなかったが、こうして対面すると随分雰囲気が柔らかい。


 そんな事を思っているとウィリアはリルの目を見た。リルは青い瞳を見つめ返せば静かに問われた。


「考えることは大切です。でもどんなに悲しくても終わったことは変えられません。どうしようもないことなんて世の中にはたくさんあります。けれどその過去をどう捉えるかは人それぞれで違っていいと思います。忘れることで救われるならそれでもいいです。でもそうでないなら別の選択が必要です。選択肢は一つではありません。その気さえあればいくらでも道はつくれます。それに、一人で無理ならば俺や他の人にも頼っていいんです」


「でも、もう迷惑ばかりかけてます。ここにいるのだって私のわがままです」


 リルが俯いてそういえばため息が聞こえる。

 びくついてウィリアのほうを見れば困った顔でしょうがないと言わんばかりに苦笑された。


「あなたは本当に頑なですね。ここまでくれば遠慮は要りませんよ。俺はそのためにここにいます。なので、言ってくれた方が嬉しいです」


「・・・本当に?」


「本当ですよ。言ってください」

 

「どうしてそこまでしてくれるんですか?」


 なぜここまでしてくれるのか。

 リルはずっと疑問だった。けれど、なんとなく聞けずにここまで来てしまった。


 するとウィリアはただ苦笑を浮かべた。


「ただ俺がそうしたいからです」


 それは答えにならない答えだ。はぐらかすような答えでもそこにあるのは好意であることはわかる。どういうたぐいの好意かはわからない。

 けれどそう言われて安堵を覚える自分に少し驚く。


 前にもこんなことがあった気がする。

 そんな既視感を覚えてただウィリアをジッと見つめる。

 ウィリアは黙り込むリルの問いかけた。


「だから教えて欲しいんです。あなたはどうしたいですか?」


 まっすぐ問われた言葉を心の中で反芻する。

 自分はどうしたいのか。

 リルは自問した。

 キーラの死にレオとダイランはそれぞれの決着をつけた。死者は何も言わない。決めるのは生きている人たち。そして誰が正解なわけでも間違っているわけでもない。


 リルは目を閉じた。目に浮かぶのは両親の笑顔。そしてそれ以外にも馴染みの顔ぶれを思い出す。


 忘れたくない大切な思い出だ。

 特に両親は大切にされていたからこそ悲しんで欲しくなかった。でも同時にリルを苛むものがあった。

 それは記憶を奪ったことへも罪悪感だ。

 リルの行いはただの自己満足かもしれない。


 でも、もう一度過去をやり直せるとしてもきっとリルは同じことをする。後悔をしていないというのは嘘じゃない。


 もうそろそろ認めななくてはいけないのかもしれない。


 心を決めてまぶたを開いてウィリアを見る。

 リルが口からこぼれた言葉にウィリアは少し目を見開いたあと可笑しそうに笑う。


「これは忙しくなりそうですね」


 リルの決意をウィリアが受け取った。リルは肩の力が抜けた。

 リルが決めた悔いのない選択。

 この決意はそのための第一歩だった。

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