思い出に変わる日常2
ウィリアとレオ、そしてダイランと話をしたあの日からマオとの接触は一度もない。
リルはマオベリスタに来てからの最初の5日間が嘘のように、日々穏やかに学院生活を過ごしていた。
教室のひな壇の中程に席を取ったリルの目の前には教本がある。現在魔法史の授業であり生徒たちは教壇に立つジルドの話に静かに耳を傾けていた。
「今から800年前は、物質系魔法が主流で、精神系魔法は上流階級の一部の人間にのみ現れる血統魔法という位置づけでした。その血統魔法というのは今でいう固有魔法のことです。当時の人間からすれば一般人による血統魔法の行使は不可能だと思われていました。では質問です。ユーン・ウォルク」
ジルドが名前を呼ぶと少年が手を上げて返事をした。クラスで一番小さい大人しい少年である。
ジルドはユーンを目視してから質問をした。
「当時の人間の魔法に対する認識がどのようなものだったかを具体的に説明しなさい」
先ほどか何人か当てられているが、ジルドは単語一言で答えられるような質問はしてくれない。それはこの授業が前回の復習のために授業であるから当然といえば当然である。
だが教室内はどこかピリっとした緊張感が漂っている。
中には普段こんなに喋らないであろう人物が、ここまで詳しく言わないといけないのであろうかと思うほど長々と回答していたりする。
当てられたユーンは真剣な表情で少し間を置いてからすぐに回答する。
「当時の魔法は一般的には魔力の放出という単純な魔力操作によって成り立っていました。血統魔法は他者の肉体に自身の魔力を埋め込むことによって作用する魔法であり、支配階級である一部の貴族にのみ許された魔法であるという考えが主流でした」
答えたユーンにジルドは顎に手を当てた「まぁ、よろしいでしょう」とひとこと言った。ユーンはあからさまにほっとした様子を見せる。周りも一瞬そんな雰囲気が漂い、ジルドが再び口を開くと同時にまた緊張が走る。
「当時魔法は血統主義。とても単純なものでした。貴族以外でもまれに血統魔法を持って生まれた物もいましたが制御できず怪我を負い死に至ることという場合もあり、その考えが常識として広く浸透していたというのもあります」
ジルドそう言ったあと教壇の上から細いペンライトを手に取り後ろにあるパネルに向けた。映画のスクリーン並みの大きなパネルに大きな図が描かれている。ライトの先には魔法分類表と書いてある。
「みなさんもこの分類表は見たことがあるでしょう。左が800年前、右が現在における魔法の分類です。現在、物質系は放出魔法と具現魔法。精神系は補助魔法と干渉魔法の各2種類に分類されています。当時は魔力の物質系放出魔法の破壊と精神系補助魔法の魔法薬のみでした。固有魔法はそのどちらにも含まれない魔法能力として分類されていました。物質系魔法分類が細分化したのは、ダーク家の5代目当主の娘ニコラ・ダークの功績です。では、エルシー・ジオラルド」
長い髪の少女が返事をして手を挙げた。クラスの代表、つまるところ学級委員のような役割を務めるしっかり者の少女である。
「ニコラ・ダークの功績について説明しなさい」
「魔法に必要なのは“精神力”で当時は集中力を高めることで魔力を放出し物質の破壊を可能にするとうい考え方でした。ニコラ・ダークはその集中力に加え想像力によって放出魔法に変化を加えることが可能であると唱え、具現魔法というものを編み出しました。具現魔法は自身の魔力をより具体的な事象と重ね合わせて想像することで生み出す魔法で、主に自然現象に準ずるものを引き起こすことが可能です。ニコラ・ダークは市民街の子どもを集めて“想像教室”というものを行い、子どもたちに目の前にないものを想像する訓練を行ったところ、操作能力が向上しました」
エルシーの言葉にジルドが頷いた。
「そうです。ニコラ・ダークの一番の功績は魔法が想像力によって進化することを証明したことです。放出魔法と具現魔法の差はそのまま想像力の差といっても過言ではありません。今ならばたくさんの書物がありますが昔はそのようなものはありませんから、子どもたちは手に届く範囲の大人の話や身近な出来事以外知ることができませんでした。そういった点で今あなたたちがこうして学べるのは彼女のおかげと言っても過言ではありません」
再びジルドがライトで分類表の一部を指す。
「操作能力が向上したことで子どもたちの魔法にも変化をもたらします。ニコラ・ダークによって想像力を備えた子どもたちは新たな魔法の開発に乗り出します。そこで生まれたのが干渉魔法です。それによって精神系魔法の革命期が始まります」
ジルドはそこで言葉を切った。すると、就業のベルの音が聞こえた。
「次回からこの革命期について詳しく見ていきます。今日はここで終わりとします」
ジルドの言葉で皆立ち上がる。そして、クラス代表のエルシーが「礼」の合図で「ありがとうございました」と一同揃えて礼をした。
午前中の授業はそこで終了した。
授業が終われば自然と皆賑やかに喋り始める。
大人しいクラスでも教師がいなければ、それなりに騒がしくなるものである。
「あー、終わった!」
清々しい表情で伸びをしたキーラにリルはくすりと笑う。
「キーラはジルド先生がそんなに怖いの?」
「ジルド先生自体は好きだけど授業はいつでもドキドキだよ。1度は許してくれるけど2度目はないからね。みんな命は惜しいからさ」
かつてないほど真剣な顔でそんな事を言うキーラにリルはそれなりの制裁が加えられることを察した。
そんなことを話していると黙ってカバンに教本をしまっていたルーディは「じゃ、行くから」といって
早々に教室から出て行く姿が見えた。
朝のうちに「昼は用事があるから」といっていたのでキーラは呼び止めとはしなかった。だがどこか不満げにその背を見送っていた。だが、姿が見えなくなればぱっと切り替えリルのほうを向いた。
「よっし!休憩時間は何しよっか?カフェテリア行く?それとも図書閲覧室?」
食事の必要性の低いので昼に食事という図式はない。いつもならそのどちらかで時間を過ごすが今回は別の提案を口にした。
「今日ホールで物質系魔法の公開対戦訓練があるそうよ。せっかくだから見に行かない?」
キーラは数度またたきをしたあと、目を輝かせた。
「そうなの?知らなかった!行きたい!」
「じゃあ、決まりね。行きましょう」
二人は立ち上がり教室を後にした。
リルは知っている。ルーディの用事がなんなのか。はしゃぐキーラに複雑な思いを抱きながらリルはホールに向かった。




