夢と現を繋ぐもの5
リルは自分の置かれた状況に対して自問する。なぜこんなことになったのだろうか、と。
こだまする爆音と魔法によってはじけ飛ぶがれきから逃れて、教室の隅の机の後ろに隠れながら教室の中央を盗み見る。
何か叫び途切れることなく魔法を繰り出す灰色の髪の少年と、魔法でできた盾のようなものでそれを受け流す銀髪の少年。どちらもリルの知った顔である。
けれど、こうそうなったのか、その理由はいまいちわからない。だが、笑えない状況であることは確かである。攻防が激しすぎて声が届く気がしない。もし割って入るなら力ずくでどうにかしないといけないのだろう。
けれど、この状況はリルが持つ精神系魔法ではどうにもならない。だが、悲しいことにリルの使える物質系の魔法の中で攻撃系統の魔法は察してくれとしか言いようのない実力だ。
そんなリルがこの喧嘩なのだかよくわからない現状に割って入れる訳もない。
リルは役割上物質系魔法を全く求められていなかったし、自信も必要性を感じていなかった。だが一連の出来事とさらに今現在置かれた状況にいたりそのことを少し後悔した。
事の始まりは、ほんの数分前のことである。
今日も学校に来てキーラたちと挨拶を交わし、授業を普通に受けて、休み時間クラスメイトと普通に会話しまた授業を受ける。それを繰り返して何事もなく穏やかに時間は過ぎ、放課後を迎えたところで問題が向こうからやってきた。
授業の終わりのクラスメイトのほとんどが帰ったあとの教室でキーラが満面の笑顔で別れを告げる。
「わたし特別講座だから、また明日ね!」
「うん、また明日ね」
「転ぶなよ!」
走りながら後ろに手を振るキーラを見送った。キーラはクラスメイトと数人とそのまま教室を出ていった。
放課後には授業とは別に特別講座というものが開催されている。今日は治癒魔法の特別講座だ。
精神系魔法では固有魔法の分類ごとに行われるものであり、リルたち3人は固有魔法の種類が全く違うので同じ講座を受けることはない。
キーラは固有魔法を精神系と物質系それぞれひとつずつ持っており、前者が治癒魔法である。
治癒魔法は比較的素質があるものが多いので週に2度の開講でだいぶ賑わっているらしい。
物質系の固有魔法ははとても珍しいので物質系魔法学科の授業などにも時々参加していたりする。
逆にルーディの催眠魔法は少ないため月に一度ほどしかない。
さらにリルに至っては表向きの固有魔法は自身の肉体の能力を上げる強化魔法のみということになっており、それは集団より個人で極めるほうが効率のいい魔法とされているので講座自体が開かれていない。
唯一の講座参加者であるキーラはこの話をしたら、「同じ系統なら良かったのに」と残念そうにしていた。こればかりは仕方のないことである。
今この教室に残されたのはリルとルーディである。
ルーディとはキーラをはさんでの会話が基本なので二人だけで話したことはない。まだあって数日なのだから当然といえば当然かも知れない。
昨日のルーディは中身がレオだったので、今日はどうなのかと思って一日こっそりと観察していた。今のところ“ルーディ“としての違和感はなかったように思う。
けれど、もしレオだとしてもキーラの手前もあるし、結構面の皮が厚そうに見えたので本気でとぼけられたら分からないかもしれない。
今都合よく二人になったので、ここにいるのがレオだったら声をかけてくるだろう。そうでなければ普通に話せばいい。
リルが様子を覗っていると、ルーディはこちらを見下ろしてちょっと笑って、それから何かを口にしようとしたとき、後方から大声で名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ルーディ・オルス!ちょっとツラかせ!」
声のする方を見やれば教室の入口にダイラン・フォルトが仁王立ちしていた。
ダイランのきつい眼差しに、少し身を引いたリルに対しルーディは呆れたような顔で嘆息した。
「ダイラン君。今の俺はルーディ・オルスじゃなくて、佐々倉レオなんで。そこのところよろしく」
どこかからかう調子でルーディなら言わないであろうと思われる返事を返す。名乗らなくてもそこにいるのがレオだということがリルにもわかった。
リルにはいつからレオにとって変わったのかはわからないがダイランは違うらしい。
「うっさい!ササクレだろうとササキラだろうとそんなことどうでもいい!その体はルーディ・オルスなんだから俺は間違ってねーよ」
「まぁ、いいけど。それよりこんなとこまで何の用?勝手な単独行動とるとまたビルズ隊長に怒られるよ?」
「リル・リトルの安全確保しろとしか言われてねーんだから、それ以外は俺が何しようが勝手だ。それよりオメーのことだ。もうこことは縁を切った癖になんでその体を使ってやがる」
低く唸るようにルーディを睨めつけた。けれどレオは意に介さず、冷めた視線を送る。ひな壇になった教室なのでまるで見下しているかのように見える。
「それこそあなたの関係ないでしょ。もういい歳なんだから落ち着いたらどうですか?いつまでたっても大人げない。年下のウィリアの方がよっぽど大人にみえるよ」
「チビ助2号を引き合いに出すんじゃねーよ、アイツは規格外なんだよ!このクソガキが!テメーだって年上のくせにあいつの金魚のフンみたいにちょろちょろしてたじぇあねーか」
黒い笑顔のレオと青筋を浮かべたダイラン。二人の毒を多分に含んだ言葉の応酬。
これがいわゆる犬猿の仲といえばいいのだろうか。レオに至っては相手にしていないのかと思いきや思っていたよりも辛辣な態度である。
会話の内容だけ聞けば子どもの喧嘩のようだがそこに声と表情と更に刺々しい魔力がつくと血を見そうな緊迫感が漂う。
ただそれはあくまで互いに向けられているので、リルは蚊帳の外だった。
居心地の悪い空気に困惑していた。またしてもおいてけぼりな気配である。最近こんなのばかりな気がする。
止めるべきだろうが、どう声を掛けようかと迷っているうちに、先にダイラン堪忍袋の緒が切れた。
「やっぱりテメーはぶっ殺す!!」
「やってみればいいよ。どうせ殺せないんだから」
罵声と挑発。気が短すぎる。そしてそこでなぜで煽る。精神年齢的にはいい大人のはずなのになんでそうなるのか。
そんなリルの心の叫びは二人に届くことはない。
ダイランが掲げた腕に魔力が集まるのを察知したリルは、反射的に近く机の下に潜り込む。
次の瞬間カッと眩しい光が部屋を包み、その後爆音が教室内に響く。リルはマオに放ったあの雷の魔法だと思った。
音に遅れてリルの足元には多分椅子であったであろうものが飛んできた。
わけのわからないまま唐突に戦いの火蓋が落とされた。
一向に収まらない争いにリルどうしたものかと思いながらかがみ込んでいた。
教室でこれほど騒いでいて誰も駆けつけてこない事や、レオが魔法を使っていることを疑問に思いながら状況を打破する方法を考える。
その結果、今頼れる存在はどう考えてもひとりだった。
リルは魔力を込めてその名前を呼んだ。
「ウィリアさん!聞こえますか?」
『騒がしいことになってますね。ダイランですか。あの人も相変わらずですね』
タイムラグもなく直ぐに返答が返ってきた。姿はないがその声音には幾分か呆れが含まれているのがわかった。
先ほどの会話や今の発言からして二人とはそれなりに親しい関係なのだろう。
ダイランの方はイマイチわからないがレオの方は仲が良さそうである。この諍いをとめる何かいい方法を知っているかもしれない。
ウィリアの存在に少し安堵しながら指示を仰ぐ。
「どうしたらいいでしょうか?」
『とりあえず魔石のペンダントの効果であなたの周囲は保護されています。俺以上の魔力でなければ魔法も物理も効かないようになっているので安心していいですよ。ちょっと待っていてください』
そう言ってリルの体から小鳥の姿のウィリアが現れる。
宙を舞いそのまままっすぐ魔法飛び交う教室の中央に向かって飛んでいく。
何をするのかとそっと机の隙間から窺う。小さな小鳥が上空で大きく羽ばたいた瞬間、周辺に魔力が集まり、雪のように魔力の粒子が降り注きはじめた。
キラキラ輝く魔法の粒子。リルが幻想的な光景に目を奪われていると、なぜかその下にいた二人が青くなって叫び声をあげた。
多分催眠魔法の幻覚なのだろう。魔法の干渉外らしいリルには二人に何が見えているのかはわからないが争いを止めることは成功したようだ。
すると魔法の粒子はすっと消え、ウィリアがふたりの真ん中に残っていた机の残骸にちょこんと舞い降りる。そして淡々とした調子で宣告した。
『頭を冷やしてください。これでもやめないなら今度は黒くてつやつやしてすばしっこいやつを大量に降らせますよ』
その言葉でリルもどんな幻覚だったのかなんとなく察した。次元や名前が違っても存在する生命力の強い生き物。 見えなくても想像しただけで鳥肌が立つ。ひどい脅しである。
見えていたレオとダイランはそれ以上の効果をもたらし、青い顔の二人して速攻で謝罪をした。
誰も怪我をせずある意味平和的な解決だったが、その方法は何よりもえげつないとリルは思った。




