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夢と現を繋ぐもの4

 頭の中に数式がめぐる。先程まで解いていた計算の名残だ。

 けれど目を覚ませばそれは自然とそれは霧散する。そして視界には見慣れた高い天井が写り、リルの思考は一気に切り替わる。


 起き上がってあたりを覗うがそこには誰もいない。でも実際はそうでないはずだ。

 リルは誰もいない空間に向かってそっと声をかけた。


「すみません。ウィリアさんいますか?」


 返答を待ってみたが部屋はしんと静まり返り、いないのだろうかと不安がよぎる。リルの声が静まり返る一室に響く。


 レオがウィリアは隠れて護衛すると言っていたから目に見えないだけかと思ったのだが、リルの問い掛けに答えるものはなかった。


 不安に思ってもう一度呼びかけようか、それともジェミクスに呼びかけたほうがいいにだろうかと考える。


 そんな時、室内の魔力のゆらぎを感じ夕日色がふわりと視界によぎる。

 驚いているとリルの道標であるウィルが膝の上にふわりと舞い降りた。


『聞こえますか?今、あなたの道標の魔法に割り込んで声を届けています。聞こえたら返答ください』


 そのウィルの口から紡がれたのはリルの知るウィルの声ではなかった。電話越しに聞こえる声のような響きを持つ低い男性の声。リルは少し警戒しつつ静かに尋ね返す。


「誰ですか?」


『はじめまして、ウィリア・テイルといいます』


 声の正体を知りリルは目を見開いた。予想していた人物であったがその声は随分低かった。この世界のウィリアはまだ10歳のはずなので予想外だ。もともと低い声の子もいるかもしれないが聞こえた声は明らかに成人男性の声であった。


「でも、ウィリアさんって、今10歳ですか?」


 困惑したリルに口から思わず変な問い掛けが飛び出した。するとウィリアはしばしの沈黙の後、リルの疑問を正しく察したようで静かに言葉を紡ぎ出す。


『何か誤解があるようですが、俺はオベリスタの肉体に宿っているわけではありません。ちなみに転生者でもないので今の肉体年齢は地球で言えばあなたのお祖父さんくらいだと思います』


 静かにそう言われリル自分の勘違いしていたことに気がついた。レオやアリアが転生者だからウィリアもそうだと思い込んでいたがそうではなかった。


「ええと、じゃあ、ウィリアさんはヒイル・エアリアの?」


『肉体はヒイル・エアリア産ですね。魔力は高い方なので外見年齢は若い方ですが確実に子どもには見えませんね』


 淡々としている割には意外におちゃめなのだろうか。そんな風に返された。


「じゃあ、肉体ごとこっちに来ているということですか?」


 アリアたちもビルズたちは外部からマオベリスタの肉体に干渉していると言っていたので、肉体ごとマオベリスタに来ることはできないのだと思っていたのだが違うのだろうか。そう思って尋ねるとウィリアはそれを否定した。


『今のところそれは無理です。昔ならいざ知らず今のこの世界は外部干渉を最低限に抑えられていますからね。肉体を持ち込めば無事ではすまないでしょう』


 そう返されて眉をひそめた。なんだか混乱してた。こちらの質問に丁寧に答えてくてるが親切とはまた違う気がする。ウィリアの性格が良くわからない。

 だが、今はそんなことより心配するべき点があった。


「でも、それじゃあどうやって護衛を?」


 護衛してもらう立場で文句を言うのはどうかと思うが不安なのは変わりない。リルはためらいながらも不安を素直に言葉にして尋ねる。


『俺の空間魔法は俺の魔力を宿した物がそこにあれば距離はあまり関係ないのです。魔石のペンダントは緊急時の脱出用の魔法以外にも色々な空間魔法が組み込んであるので、こうやって道標を介して話したり、俺がこの道標を使って間接的に魔法を行使したりすることが可能です。しっかり護衛するので安心してください』


 リルの疑問にウィリアは気分を害した様子もなく、淡々と冷静に言葉を返してきた。


 揺るぎない口調に頼もしさを感じ少し安堵を覚える。それは地球でレオから受け取ったペンダントのことを知っていたということも大きな要因と言えるだろう。

 疑り深い性格はそうそう変わらない。

 リルは一応納得してその言葉に頷いた。


「わかりました。よろしくお願いします」


『じゃあ、まずそのペンダントのことを説明します。そのペンダントの本体は地球にあるので触ったりできませんし、ほかの人からも見えません。向こうで外さない限りはそこにあり続けます』


 リルは自分の胸もとに視線をずらした。確かに首元には地球で付けたペンダントが存在していることに少し驚いたが、そこまで不思議なことでもない。付けている感覚はなく、触れようとしても指はすり抜ける。

 正しく魔法のかかったアイテムで、リルはなくす心配はなくていいと思った。


 ただ地球では気をつける必要がありそうだ。普段装飾品など付けないのでうっかり髪に引っ掛けたりして細いチェーンを千切ってしまいそうだ。

 けれどそんな心配よりも今はこのペンタントの使用法を聞いておくべきだろう。リルはレオの言葉を思い出しながらウィリアの尋ねた。


「レオさんがこのペンダントがあれば自分の意志でマオベリスタから出られると言っていたんですが、具体的にどうやって使うんですか?」


『簡単ですよ。地球にいる近しい人の名前を呼んでください。そうすれば、空間魔法が発動してマオベリスタと地球の間に一時だけ通路がでるので、そこを通ってください。次に目が覚めたときは地球にいますよ』


「誰でもいいって、本当に誰でもいいんですか?」


『架空の人物や死人でなければ誰でも大丈夫です。けれど、一番いいのは身内や友など自分と縁の深いひとですね。通路が安定しやすくなります』


 随分簡単なことで拍子抜けした。けれど使い方が簡単な分仕組みは複雑なのだろう。


 空間魔法というのは希少な魔法能力であり、能力だけで言えば創世魔法に次ぐものがあるといわれている。

 空間魔法はリルの魔法能力と同様に先天的な素質が必要なので、一般の人には使えない。

 そのため学院の授業では大まかな理論のみの学習で終わるのでリルも詳しくは分かっていない。知られているのはほんの一部だけで謎の多い魔法能力でもある。


 魔力で言えば大きく下回るジェミクスであっても、空間魔法で扉で空間を繋いだり声を届けたりということができるのだから、非常に有用な魔法能力である。


 マオが初めに作った擬似空間や縁切り魔法などに至っては現在のリルの知識など及びも付かない次元のものである。


 いろいろ聞きたいことはたくさんあったがウィリアはそこで話を区切った。


『とりあえず今はこのくらいにしておきましょう。今日は学院があるのでしょうし』


 ウィリアにそう言われて時計を見やれば授業開始一時間前である。昨日はうまい具合に週に一度の休日だったが、今日は普通に授業がある。

 そろそろ準備をしないといけない時間である。着替えようと思って立ち上がり、リルは今更ながらにあることに気がついた。


「えっと、ひとつだけ聞いてもいいですか?」


『何ですか?』


「道標を通して会話ができるのはいいんですが・・・常にこっちが見えていたりしますか?」


 寝間着姿のリルは年頃の少女らしくその質問をした。ウィリアはすぐに察して返答が返してくる。


『道標を具現化させない限り、視覚は共有できないようになっています。それ以外は魔力の変化を拾っているので、用があるときは魔力を込めて呼んでください』


 言い終わるやいなや夕日色の鳥はふわりと舞い上がりリルの中に戻っていった。


 レオのウィリアのことを無愛想だけどいいやつと言っていたのでどんな人かと思っていたが、たぶん言葉通りの人のなのだろう。 


 能力値的にはマオに近い気がするが、人間性としては比較的まっとうな部類の人間な気がする。

 そしてどこか独特の雰囲気を持っていたようにも感じた。

  まだ声しか聞いていないが第一印象はそんな感じである。


 ベッドを抜けて着なれたワインレッドの制服に袖を通し、鏡に映る自分の姿を見た。黒目黒髪のリル・リトル。


 数日前にこの世界に降り立ったときと姿は変わっていないはずだが、その表情はだいぶ柔らかい。

 今思えばあの時の自分は平静を装おうとして、どこか硬い表情をしていたと思う。どこもかしこも無駄な力が入っていいた気がする。



 リルには猶予が与えられた。期限付きであっても、過去にこの世界に呼ばれた大勢の人間には与えられることのなかったものである。

 その点リルにとって幸運と言えるだろう。


 与えられた時間でリルは覚悟を決めなくてはならない。もう自分の境遇を嘆く暇はない。

 リルは自分の頬を少し強めにパチン叩く。「よっし!」と小さく気合を入れて鏡に背を向けて部屋の扉に手をかけた。


 本来は与えられるはずのない懐かしい日常にリルは再び足を踏み出した。



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