夢と現を繋ぐもの3
夜になり、ダイニングテーブルを囲むのは3人だ。今日は珍しく百華や良朋の仕事が早く終わり夕食をともにとることになった。
今日の食卓のメインは百華の得意料理の一つであるビーフシチュー。それから近所で人気のパン屋の白パンとシーザーサラダとフルーツの折合わせが並んでいる。
百華は普段忙しいので、料理を作る機会が少ないが下手というわけではない。レパートリーは少ないがその一つ一つは手が込んでいる。目の前にあるビーフシチューも牛肉やじゃがいも、人参がごろりとはいって生クリームが浮かんでいる。味も目には見えない煮込んだ野菜のエキスが溶け出し、身内贔屓でもなんでもなく店で食べるそれと遜色ない味である。
それを食べた良朋がにこやかな笑顔で「君のビーフシチューは世界一だよ」と言い百華は「やだ、あなたったら!」とやたら嬉しそうに笑うのはいつものお決まりのパターンだ。
結婚16年目にして付き合いたてのカップルのようなやり取りをする両親である。娘の前でこれはどうなのかと思いつつもいつものことなので柚姫は何事もなかったかのように食事を続ける。
仲がいいことはいいことだ。ただ、これをほかの人の前でやられたら赤面ものであることは間違いない。外で柚姫と一緒にいるときには絶対にやらないでほしいと切実に思っている。
テオとサラサも仲は良かったが、どちらも研究者だったせいか、お互い研究第一で割と夫婦間のやりとりはあっさりとしていた気がする。
前世の両親の姿を思いう浮かべた柚姫は、今夜また引き込まれるであろうマオベリスタに思いを馳せる。
テオとサラサ、その他の人たちもは本物でないことが一昨日から分かって、寂しく思ったが今はそのほうがよかったのかもしれないと柚姫は思う。
本物ならきっともっと辛い。
過去にまつわる出来事についてはまだ柚姫の知らない何かがあるのは確かだが、結論としてどうあがこうとマオベリスタにもヒイル・エアリアにもリルの未来はない。
マオベリスタにいるあいだに納得できる答えが見つかればいい。
レオは疑問はウィリアに聞くといいと言っていた。縁切り魔法や、いま柚姫に胸元に隠れているペンダントの事を考えるとウィリアの魔法は王の領域に達するものだと考えられる。
ウィリアは柚姫の抱える疑問をすべて解き明かしてくれるのだろうか。
まだ見ぬ少年のことを考えていると、百華がから声がかかる。
「柚、今日どうかしたの?」
心配そうにまっすぐこちらを見る百華に柚姫はどきりとした。普段から物思いにふけることはことが多い柚姫だったが、どうやら思考に耽りすぎて、初めに口にした一口目をから食事の手が止まっていたようである。
百華たちの皿はほぼ空だというのに柚姫はあまり減ってない。内心の動揺を抑えて口の中に僅かに残るビーフシチューのじゃがいもを咀嚼して飲み込んでから答えた。
「なにもないよ?どうして?」
「食べるペースがだいぶ遅いから何かあるのかと思って」
「ううん、ちょっと、ぼーっとしてただけだよ」
とぼける柚姫に良朋が続いて声をかける。
「そういえば百華さんが随分早くから寝ていたって聞いたけどもしかして具合が悪いのかい?」
良朋が穏やかに、そして心配の色をにじませてそう聞いてきた。百華も同じ事を思っていたのか良朋と似たような視線を送ってくる。柚姫は思い切り首を振った。
「具合は悪くないよ。昨日はたまたま早寝だっただけだし。今日は杏里と宿題したりおば様たちが来たりしてちょっとはしゃいじゃったからちょっと疲れただけだよ」
なんだか苦しい言い訳に様になってしまったが、「確かあの子はに規格外に騒がしいから、気力を絞りとられるわよね。あまりひどいなら怒ってやっていいのよ?」と百華が柔らかく笑う。それから良朋は「頑張るのもほどほどにね」と微笑んだ。
自分で言うのもなんだが柚姫は両親の前ではひたすらいい子で特にわがままも言わないし、怒られるようなこともしない。
それはひとえに前世の記憶を有するがゆえの行動なのだが、両親としては我慢しているのではないかという心配になるらしい。
ふたりは「頑張りすぎなくてもいい」「もっとわがままを言ってもいいのよ」というようなことをよく言う。
無理をしているつもりはないのだがあまりに手がかからないのでそう見えるらしい。特に百華の中では比較対象としてそれは利保の存在があるから余計のそう見えるのかもしれない。
どうしようもないがそれを言われてほっとする自分がいるのを柚姫は知っている。だから両親の言葉は素直に受け取っている。
ただ余計な心配をかけて申し訳ないとも思っている。
食べ終わったあとは百華と一緒に食器を洗い、そのあとは利保のお土産を出して百華たちにすすめ、自分はもう食べてしまったからと洗面所で歯を磨いて自室に戻る。
扉を開けて昼間の熱がまだ残る部屋に足を踏み入れる。直ぐに冷房を入れるがすぐには涼しくならない。風呂には入ってしまったのあとは寝るだけだが、寝るのにはまだまだ早い。
柚姫は静かに勉強机に向かった。
どんなに気になることがあっても夏休みは待ってくれない。できることからコツコツと。それが柚姫のポリシーでもある。
マオベリスタのことは寝てから考えることにして柚姫は数学のテキストを開くことにした。




