”世界”の法則12
思いのほか今回の早く書き終わり、三話連続投稿となりました。
さんざん泣いたリルはアリアが貸してくれたハンカチで目元を拭う。瞼がはれぼったく鼻も痛い。多分ひどい顔になっていることだろう。そう思いながらもゆっくりと顔を上げる。
「すっきりしたかしら?」
「はい、もう大丈夫です」
リルがそう言うとアリアとレオが少しほっとしたように微笑んだ。それがひどくこそばゆく頬が熱くなる。マオの目的は結局分かっていないが、何も知らない時より心は穏やかだった。
「ふふ、じゃあ、まだ時間もあるし今のうちに聞きたいことがあれば聞いてちょうだい。私とレオ君が答えられる範囲なら答えるわ」
そう言われてリルは少し考える。まだいくつか疑問が残っていたけれど、泣いたせいで頭が重くて思考がうまくまとまらない。
辛抱強く待ってくれているアリアを見ていてそのとき思いついた疑問をひとつ口にした。
「そういえば縁を切るまでの間は地球には帰れないんですか?」
「そんなことはないわ。リルちゃんはマオ博士の催眠魔法が深くかかりすぎて、一時的にマオベリスタに拘束されていただけよ。もう一度寝て起きた時には向こうに戻れるし、眠ればこっちに来られるわよ」
そう言われてどこかホッとする自分がいることにリルは気が付く。
過去に未練が大きいせいであまり意識していなかったが、地球での暮らしもヒイル・エアリアでの時間と同じくらいには大事だった。
素直に認めるとあれほどウジウジしていた自分がなんだか馬鹿みたいにおもえる。
「アリアさんもそうなんですよね」
「そうよ。でも向こうの私はちょっと職業上、睡眠時間が不規則だから変な時間にこっちへ来ちゃうことがあるけどね」
「アリアさんは向こうでは社会人なんですか?」
「社会人って言えばそうね」
頬に手を当てて首をかしげ気味にアリアが答えるとレオがからかい気味に言う。
「向こうのアリアさんは“社会人”っていうよりは“自由人”っていうのが似合うよね」
「それ、ちょっとかっこいいわね」
聞き用によっては悪口だがアリアは思いのほか食い付きがよく楽しげに目を輝かせた。
「なんのお仕事ですか?」
レオのことは利保の話で便利屋であることは分かっているのでアリアに向かって尋ねた。
「一応小説家よ」
その返答にリルはちょっと驚く。そして同時に脳裏に引っかかるものがあった。そこで昨日のあの児童書のことを思い出した。
「昨日本屋で『王女とドラゴンの最後の魔法』という本を買ったんですがそれってもしかして」
「あら、お買い上げありがとう!やっぱり同郷の人は世界観でわかっちゃうわよね。でも設定はオリジナルだから過去とは別物よ。どうせだから自分をヒロインにしてみようと思って」
そう言ってアリアは満面の笑みを浮かべた。リルはただ驚いていた。
小説家という人種に合うのは初めてだ。自分の昨日読んだ本を書いた人が目の前にいるというのはなんとも不思議なものである。
「夢羅隆史というから男の人だと思いました」
リルがそう言うとアリアはきょとんとした顔をした。その顔を見てリルも同じ顔になる。するとレオが苦笑を浮かべながら説明してくれた。
「柚姫ちゃん。この人こっちでもあっちでもこんな感じだけど一応地球での性別は男だよ」
レオがそんなことを口にした。そしてアリアは閃いたように手を叩いた。
「ああ、そういうこと!でも男とか女とか些細なことよ。でも一応リルちゃんのは改めて自己紹介するわね。前世はアリア・テイル!今世はミステリー作家・夢羅隆史!本名、吉村隆史、永遠の20歳!吉村栄史のお兄ちゃんでーす!」
アイドルの自己紹介張りにノリノリに告げら事実にリルはぽかんと口を開けた。そんなリルを見ていたずらが成功したかのようにアリアがウインクをした。
突っ込むものは誰もいなかった。
ある意味本日一番の大きな爆弾が投下され、リルは思わずあいた口がふさがらない。
そんな対照的な様子の二人にレオは慣れている様子でただただ苦笑いを浮かべるばかりである。
どこかしんみりした空気は一瞬にして消え失せた。それがアリアの狙いだったことをリルが知るのはもう少しだけ後のことである。
ただ暴露された衝撃で、リルの抱いていた疑問まで吹っ飛んでしまったのは思いもよらない誤算だったという。
リルが衝撃から立ち直ったところで、レオがここにいられるタイムリミットがきてしまった。仕方なくリルはレオに連れられてアリアの家を後にした。
去り際にふたりの子ドラゴンには「ルーディ兄ちゃん、キーラ姉ちゃんまたね!」と言われた。やはり変な感じである。
レオの話によると地上とここが違うのは、最初にマオが作ったのは地上だけで、後から創った天上世界はあくまでおまけだったからだそうである。
だから、あまりいじられないまま記録としての世界が存在していて、変化にとても敏感で記録を逸脱しすぎると、それこそゲームのバグのように世界が一時停止してしまったりするそうである。
そういう性質を利用してマオの監視から逃れ、アリアはこの町を拠点としてウィリアと共に迷い込んだ人間の救助を行っていたそうだ。創世魔法は念のための用心と、この天上世界を安全に保つために使っているとのことである。
それを聞いて余計にマオとアリアの関係がよくわからなくなった。
この世界の時間軸を考えればアリアがマオベリスタを創った子どもというのは辻褄があう。そうであれば育ての親と袂を分かったとも言える行動だ。
アリアの語るマオは縁切り魔法を使ってないというのに他人のようである。
けれど、そうではない可能性もある。
ここが記録をもとにしているのであればヒイル・エアリアにもアリアがいたはずだ。
そのアリアは創世魔法を持っていた可能性は低いが否定はできない。
結局どちらだと判断できる材料がない。
ルーディにしてもそうだ。縁切り魔法をかけたからルーディのことを第三者目線で話すというのはわかるが、ルーディが具体的にどの立場のたっていたかは語られなかった。
レオもアリアもあからさまにそのことについては触れようとしない。
何かあることを隠そうという様子も見られない。
語らないのは今のリルには知る必要がなく、また踏み入るべきことではないというかもしれない。
そうこうしているうちに町の外に着き、青空は次第に暗くなってきた。雲の上なので空は赤らむことはない。
レオが呼びかければそこに扉が現れる。
「じゃあ、柚姫ちゃん俺はここでお別れだ。記録上フィフィリのところに行かないといけないんでね」
「わかりました。それと、今日はありがとうございました」
リルはレオに礼を言ってお辞儀をした。レオはどういたしまして言って笑ってくれた。
「マオ博士も今日は来ないと思うけど、念のためすぐに寝て向こうに戻ったほうがいい。一応ビルズさんたちが警戒しているから何かあればダイランあたりが特攻するよ」
レオは小さく声を上げて笑う。ちょっと安心できるようなそうでないような微妙な情報にリルが笑うとレオも肩をすくめた。
「明日からはウィリアが警護につくけど、あいつは空間魔法が得意で隠れて見守るつもりみたいだから、聞きたいことがあれば声かけてやってね。無愛想だけどいいやつだから大抵のことは答えてくれるよ」
そう言われてまだリルの中で固まっていなかったウィリアの人物像ぼんやりと浮かんでくる。不意に思い浮かんだのは吉村の顔だった。
「やっぱり吉村さんの前世はウィリアさんだったりするんですか?」
流れ的に当然導きだされる答えだった。するとレオはなんだかおかしな顔をした。その顔のままレオは否定した。
「俺が言えるのは栄史の前世はウィリアじゃないってことかな。うーん。まぁ、これは本人に聞いたほうがいいね。答えてくれるかはわからないけど」
なんだかよくわからないが複雑な事情がありそうだ。リルとしてはかなりの確率でそうだと思っていたので少し肩透かしを食らった気がした。
でもよくよく考えるとアリアとウィリアがこっちでもあっちでも兄弟というのは出来過ぎな話かも知れない。
柚姫がウィリアの現世と会ったことのある人かくらい聞いてみたかったが、レオ自体向こうであったことがないのでそれを聞いても仕方がないだろう。
そんな会話を断ち切るように弱々しい声が聞こえる。
『す、すみません早めに通っていただけるとありがたいのですがっ』
ジェミクスの声にハッとする。つい話し込んで忘れていた。魔法の維持を労力が要るのだ。ジェミクスに謝ってリルはレオと分かれを告げてそうそうに扉をくぐる。
帰り着いた部屋はもう暗いかった。どうやら扉のコチラと向こう側ではいくらか時間差があるようだ。
リルはとりあえず忠告通りに早々に着替えて布団にもぐることにした。ベッドに体を鎮めると、体が弛緩する。泣いたせいだろうか。とても疲れていたリルはあっさりと意識を手放した。
夢の中で誰かがリルの頭を撫ぜる。それが擽ったくてとても気持ちがいい。リルはその日は久しぶりに心地よい眠りに落ちていった。
やっとひと段落です。(汗




