”世界”の法則11
リルの反応にアリアは首をかしげた。
「あら。リルちゃんとは面識がないはずだけど?」
「あ、研究所で教えてもらって・・・でも弟って」
話に出てくる創世魔法の使い手がアリアだと思っていただが、弟が居るというと辻褄が合わない。アリアは無関係でないと思うがその子どもではないのだろうか。そんなことを考を読まれたらしくアリアが大雑把に説明してくれた。
「義理の弟なの。あの子は赤ん坊の時に王都の外れの森に置き去りにされていたの。それを私が拾って育てて5年後には研究所に保護されることになった。そんな感じよ。じゃレオ君続けて」
リルが質問を返すまもなく、そう促されてレオは再び口を開く。
「派遣されてのはいいけれど、二人がたどり着いた時にはもうマオ博士は息絶えていた。自殺だったがそんな可愛いものじゃなかったんだ。マオ博士はえげつない魔法を残していった。自分の核を砕いてそのかけらを催眠魔法の媒体として世界中にばらまいたんだ」
リルは自分の身にかかっている魔法を思い出し、無意識に自分の腕を抱いた。マオが何を企んでいるのかという不安が入り混じった声でリルはそう問い掛けた。
「どうなったんですか?」
「砕いた核のうちのひとつはマオベリスタ内のマオの肉体に宿り、他は核は世界中に飛び散って他人の核に入り込んだ。催眠魔法の応用で体を乗っ取ったんだ。操られたものはマオベリスタ核だけ持って行かれた。マオベリスタは現実に近くても人間たちの核の結局は作り物だ。その作り物を本物にするためにヒイル・エアリアの人間の核が必要だったんだ。マオ博士が引き込んだ核は皆マオベリスタに過去の肉体のあるものだけで、その核はそれぞれ自分の過去の肉体が宿った。それによってとんでもない事態が起きた」
レオはそこで言葉を切った。リルが今の話を飲み込み先の話を聞く心構えができるよう待ってくれている。
「・・・どうなったんですか?」
不安を感じながらもその先を問う。さっきから同じようなことしか言ってないが、それ以外の言葉が浮かばない。
「マオベリスタの肉体に定着した人間たちの、ヒイル・エアリアでの肉体は核を失って死んでいった。マオベリスタの人間はもうそこで生きていくしかなくなった。そして王たちができる選択は世界の穴を閉じる安定を図ることに力を注ぐことだけだった。でもマオの催眠魔法にかからない実力者やあちらに肉体がない子どもたちは核を持っていかれずヒイル・エアリアに残されていたからその行動は間違っていなかったんじゃないかな」
「マオベリスタの連れて行かれた人たちはどうなったんですか?」
「わけが分からず混乱を生んだが、マオ博士それを予測して自分に有利な情報を流した。マオベリスタの肉体は過去のものであっても自分のものには変わりない。しかも魔力はヒイル・エアリアより豊潤。差し迫った危険がないとわかると、人々は諦め次第にその状況に適応していった。マオ博士は誰も殺さず、世界を作り変えた。俺から言わせると何様だって感じだけどね」
少しふざけた調子でレオが肩をすくめた。リルとしては軽口をたたける心境ではなかった。リルはその先を追求した。
「エミリア様たちはその後どうしたんですか?」
レオの話はこの現状にまだ繋がらない。魔力の総量は常に一定。世界を支える役割を担う王たちがその一部を強制的に奪われたままでいるわけがない。そのあとにまだ何かあったはずである。
レオは少し迷うように視線を泳がせる。そして口を開く前にアリアが制した。
「ここからはだいぶひどい話になるわ。心して聞いて頂戴」
そう言われてリルは小さくつばを飲み込んで頷いた。
「エミリア王と天王は協力してマオベリスタを創造魔法で包囲して、ヒイル・エアリアに残った騎士と実力ある魔法使いに王の魔力を与えマオベリスタに送り込んだわ。行った作戦は核の奪還。マオベリスタの肉体に宿った核を強制的に取り出しヒイル・エアリアに持ちかえるというものだったわ」
リルはその言葉を聞いて血の気が段々と引いていくのを感じた。
「でも、ヒイル・エアリアにはもう肉体がないって」
「そうよ。核をヒイル・エアリアに戻せば宿る肉体がなく大気に溶けてしまう。核を奪還するというのはその人を殺すことと変わらないわ」
リルは呆然とアリアをみた。アリアは表情を変えないままリルを見ていた。
「マオ博士はそこは予測できなかったみたいで、奇襲のように行われたその作戦は成功し、マオベリスタに連れて行かれた人間の核はほぼ全てヒイル・エアリアに放たれた。でもマオ博士は諦めなかった。ヒイル・エアリアが完全なものにならないように選別しておいた一部の核を王たちの手の届かない地球へと送ったの。その結果生まれたのが私たちのような転生者よ」
「アリアさんは創世魔法を持っているのに地球に送られたんですか?」
「世界を跨いでも核はそのままなら魔法の保持だけは可能だからね。他から手出しできないようにできるし、こっちの魔法を封じることもできて一石二鳥だったんじゃないかしら。それからマオ博士は私たちの前世の記憶を呼び水にして、ここに呼び戻して利用し続けたわ。その時はヒイル・エアリアの騎士たちと敵対関係に陥ったりして大変だったのよね」
そう言ってアリアはレオの方を見た。だいぶうんざりした様子でため息を吐く
「大変どころじゃないよ。いきなり異世界に召喚されて生きるか死ぬかの魔法バトルとかラノベか!って叫んだ俺は悪くないと思う」
ひどく疲れたようにレオが言う。どうやら、一言では語れないようなできごとがあったらしい。告げられて事実に半ば呆然としていたリルだったがレオの言葉に少し気が抜けてふと思った疑問を口にした。
「その時戦ったのはビルズ隊長達だったんですか?」
「そうだよ。あの頃はマオ博士が細工してヒイル・エアリア側からこっちに侵入できる人間が限られていてね。少数精鋭って感じだった。何度死にかけてことか」
遠い目をしたレオにリルは内心少しだけ首をかしげる。ビルズはわかるが他は精鋭というにはちょっと疑問が残る。
ダイランの攻撃魔法もジェミクスの空間魔法も凄いが性格的に向いていない気がした。
「そういえば前にダイランさんとルーディが口論になったのはそのせいですか?」
「あー、あの時ね。試験的にルーディの体に入ったら鉢合わせちゃってね。あれは誤算だったよ。まぁ、俺としてはもう関係ないけど向こうとしては複雑みたいだね」
レオは肩をすくめてそういった。死にかけたという割には特別な感情は抱いていない様子だ。
話に聞いた通りダイランが一方的にレオを敵視しているようだ。
キーラのこともある。リルはそれ以上そのことには触れずに話を変えた。
「関係ないというのは縁を切るというのと関係あるんですよね。結局、縁を切るってどういうことなんですか?」
ヒイル・エアリア側からすると殺す以外の選択肢がなさそうである。
けれど、さっきのジェミクスもといビルズとレオの会話を聞く限り問答無用というわけではなさそうに見えた。しない理由に縁を切るという話が大きく関係していそうだ。
リルの問いにレオが口を開く。
「ウィリアの固有の空間魔法で核にある魔力とそれ以外を分離させるんだよ。魔法名を付けるのが面倒だったそうで本人は縁切り魔法って呼んでいでる」
「縁切り魔法・・・」
そのまんまのネーミングをリルが反芻するとアリアが笑い、レオも苦笑する。
「でもこの方法は地球産の肉体を持つ人間にしか有効じゃないらしい。地球の肉体はこっちの核と違い魔力とは無関係の魂が宿っていて、肉体を生かしているのはその魂。マオベリスタやヒイル・エアリアでは魔力が肉体を生かしているから核と魔力を切り離せないんだ。ヒイル・エアリア側が必要なのは魔力だからね。俺たちは交渉して魔力だけ渡して向こうに帰ったんだ。魔力以外はただの記録のようなものみたいで、俺が縁を切って地球の肉体に戻ったあとは、前世の自分がまるで他人の記憶みたいに感じるようになったよ」
レオの言葉にリルは沈黙した。レオの口調はだいぶ軽かった。簡単にレオは語るがそれは単純なことではない。
自分の記憶だと思っていたものがだだの記録になるという。レオがルーディの経験を語るときは他人事のように語っていた。
今それを自分ができるかというとすぐに首を縦には触れない。変わってしまうかもしれないと思うと怖い。それをするには相当な決意が必要だと思う。レオはそれをしたのだ。
アリアもそうなのだろうか。そう思って視線を向けると困ったようにアリアは笑う。
「私はまだ縁を切っていないわ。でも性格のせいかしらね?結構割り切って振る舞えるからあまり問題はないわ。でも覚悟は出来ているの。ただ、私にとってマオベリスタと、ヒイル・エアリアどちらも大切な世界には変わりないわ。今は王たちもそれを分かってくれているし、ビルズたちも私を一人の王として認め、この世界を最後まで見守ることを許してくれた。そして今、私以外に転生して縁を切っていない人間はあなただけになった」
アリアの真剣な目がリルに向けられる。リルはただ静かに言葉の続きを待った。
「マオ博士が具体的に何をしようとしているのかはわからない。けれど、あなたを利用してなにか画策しているのは確かよ。ビルズたちはそれを警戒しているわ。あなたが縁を切らなければ強制的に核を取り出すつもりだったでしょうね。だから、私たちはあなたに必ず縁きり魔法を使うという約束で待ってもらうことにしたの。だからこれはあなたが生きるためには避けて通れない道よ。勝手に決めて申し訳ないけれど、あなたをみすみす死なせたくはないの」
リルはそう言われてゆるゆると首を振った。
「勝手なんてことはないです。むしろお礼を言うべきことです。ありがとうございます」
やっとリルの中で一連の出来事がつながった。悲しいかな事実を知ってもリルには選択の余地のない状況だ。
王の忘却魔法がなかったとしてもビルズたちが語ることはなかっただろう。一歩間違えればあのビルズの屋敷でリルは殺されていたかもしれない。 王に忠誠を誓ったあの騎士は命が下れば一切のためらいもなく遂行するだろう。
そう思って再びアリアとレオを見た。二人は心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫です。すごく驚いたけれどすっきりしました」
歪みそうになる顔をどうにかこらえて笑おうとした。でもうまくいかないようでアリアは苦笑を浮かべた。
「リルちゃん。すぐには無理ならそれでもいいわ」
「でも」
「縁を切るのは絶対だけどそれがいつかまでは約束していないの。もしリルちゃんがここにもう少しいたいのであれば構わないわ。ただし条件があるの」
「条件?」
突然出された提案にリルは瞬きを繰り返す。
「必ずウィリアをそばに置いて頂戴。もし何かあった時のためには縁切り魔法はウィリアしか使えないからね。何かあったら即縁切り魔法を使わせるから。でも、マオ博士自身は儀式で会いましょうって言ったからそれまでに接触はしてこないと思うの。だから儀式の前日までならこの世界にいることは可能よ。だから、リルちゃんは今の自分に正直にいきましょうね」
最後に茶目っ気たっぷりにウインクしたアリアの言葉にリルは瞬きを繰り返す。けれど意外な程にリルの口から自然と言葉がこぼれた。
「まだ・・・ここで生きいたいです」
そう言った瞬間リルの目から涙がこぼれた。リルはその言葉に自分で驚いた。けれどそれは今のリルの確かな本音だった。
本当はあまり良いことではないはずだ。けれど目の前にいるアリアとレオは否定しなかった。
レオはリルの頭を優しく撫ぜた、アリアはそれを見守るように微笑んだ。 そのせいでまた涙がこぼれた。
使命だと納得した。でもそんなのはただの誤魔化しだった。この世界に来て始め夢でもいいからと思っていた。それはリルの確かな願い。前世への未練はとても単純な理由だ。
“リル”はただ生きたかったのだ。
それだけのことだ。死が怖く悲しくて辛い。それを認めていたのに死にたくないという思いだけはずっと認められなかった。
この涙は生きたかった“リル”の涙だ。
リルは二人に見守られながら子どものように泣き続けた。
また長くなりました。アリアとの話はもう一話続くので早めに投稿できるようにしたいと思います。




