”世界”の法則10
アリアと名乗った女性はにこりと微笑んだ。リルは小さく頭を下げて名前を名乗った。
「アリアさん、ですか。私はリル・リトルです」
さっきはエミリアと瓜二つだと思った。けれどよく見るとアリアはエミリアよりもいくらか年上で、病弱なエミリアと違い肌が少し焼けていて健康的な印象だ。
似ているだけの別人だ。ただ、創世魔法を使ったということは王家の血を引いていることは確かである。けれど、リルはエミリアと同年代にその使い手はなかったと記憶していた。
しかもドラゴンの領域で診療所を開いている。そしてレオが言っていた転生者というのも気になるところである。
「よろしくね、リルちゃん。まず言っておくわ。今ここは私の創世魔法でこの部屋だけは私だけの世界になっているわ。長時間は持たないけど話し終わるまでくらいは持つから安心しておしゃべりしてね」
少し弾んだ調子でアリアはウインクした。その言葉をきいて思わずレオの方を見る。すると突っ伏したまま親指を立てた。どうやら大丈夫ということのようだ。
リルは肩の力を向いてかぶったままだったフードを外した。それをみて、アリアは柔らかく微笑みを浮かべた。
「転生者と言っていましたけれど地球ですか?」
「そうよ。でもちょっと時間がないから私のことは追々ね。リルちゃんの置かれている状況は大体は把握しているつもり。でも一応確認ね。リルちゃんは数日前にマオベリスタに迷い込んできた。それで何も知らされずに争いの渦中に放り込まれた。わけがわからない。現状打破する方法が知りたい。こんな感じでいいのかしら?」
リルが振り回されたここ数日の出来事が驚く程サラっとまとめられた。瞬きを繰り返し何とも言えない気分になったが実際にそうなので反論する部分もない。
「はい、それでできれば何が起こっているのかも知りたいです」
リルが頷くとアリアの優しい表情に真剣な色を浮かべた。
「もう気がついていると思うけどこの世界とあなたは無関係じゃない。あなたはもう今回の騒動の中心にいる。そしてそれははあなたにはとても酷な話かもしれない。ただそれはあなたに責任を負う必要はない問題だから、全て無視してこのままこの世界から抜け出すという選択肢もあるわ。それを踏まえて今ここで起きていること聞くか聞かないかはあなたに一任するわ」
暗にどうするかと問われリルは不安が胸によぎった。あえて聞かないという選択肢を提示するということは、それだけリルにとっては聞かないほうがいいと思える内容なのだろう。
リルは少しためらったあと首を縦に振った。何も知らないのはもう嫌だ。
「聞きたいです」
リルがそう答えるとアリアは少し困ったように息を吐いて微笑む。
「そう、わかったわ。疑問はたくさんあると思うけど順を追って話すわ。なるべく簡潔に話すつもりではいるけどだいぶ長くなるからちょっと辛抱してね。まず、ここができたのはリルちゃんが儀式を行ってエミリア王が即位してから十年後、王立研究所に配属されたマオ・アーベンズ博士が自身の理論を実証するために作られた実験場よ」
マオの名前が出てきてリルはぴくりと眉を上げる。博士と呼ばれているのは研究員だったからということで納得したが、リルは実験場という言葉に言葉以上の不穏なものを感じた。アリアはそのまま話を続けた。
「創世魔法の使い手の出現率がどのくらいかリルちゃんは知っているかしら?」
リルは少し考えてからそれに答える。
「100年に1人いればいいくらいだと教わりました」
「そうね。その出現率はとても低いわ。しかも王家の血筋にしか生まれない。長い歴史で王家の血を引く家系は増えたけれどその分、個々の魔力は低く、創世魔法を持っていても世界を支えるのには足りないこともある。そのせいで一人の王の治世は長くならざるを得ず、王のために様々な延命法や健康管理について長年研究されてきたわ。王立研究所の第一研究室がその最たる機関ね」
アリアにそう言われてテオとサラサの顔を思い出す。
王の延命と姫の体調維持のために日夜研究を繰り返す日々を送るいつも忙しい人たちだった。
そして第一研究室の設備や待遇を考えると他の研究室よりもかなり重要視されていたといえる。
「でもマオ博士の従来の研究と別の視点で研究を行っていたわ。博士は延命でなく出生率を上げようとしたのよ」
それを聞いてリルは眉をひそめて首をかしげた。
「でも確か500年前にもそういう研究がされたけれど、世界中の魔力の総量の関係で空気中の魔力が減ると人体に悪影響が出るという結果が出ていますよね?」
人は死ぬと核が肉体から離れて大気中に拡散することで浄化され、再び時間をかけて収束して新たな肉体に宿るという性質がある。
魔力というのは空気と同じで形を変えても増やすことはできない。大きな魔力を持つ者が増えると大気中の魔力が減り、その浄化作用が薄まる。そのせいで子どもが生まれにくくなり、病気をしやすくなるということらしい。
それがまだそれが分かっていなかった時代に行われた研究は今から考えると大変の愚かで、同時に大きな発見とも言えるものだった。
当時、創世魔法を持つ王族の子どもが一人いた。けれどその子どものその魔法に見合う魔力を持っておらず王となるには力が足りなかった。
そこで考えられたのが、大気中の魔力を圧縮し肉体に治めるという方法だった。
初めは魔力の少ない一般の人間に協力を仰いで事件が行われた。当時の技術を駆使して行われた研究で魔力の増大は成功し次の段階では他の王家からだいぶ離れたの血筋の人間達に試された。
そこでも魔力の増強には成功したが、不幸なことにその魔力に肉体が持たず弱体化してしまった。けれど問題はそれだけではなかった。
その実験が繰り返されるうちに各地で異変が起き始めた。そこかしこで死産や子どもの病が相次ぎ、以後数10年の出生率は過去最低のものとなり、のちに第2次暗黒時代などとまで呼ばれるほどにひどい時代となった。
その後その原因がその実験であったことが発覚したところで研究は中止、その研究関係者の一部はその命で責任を取ることになった。
そして実験を受けた人間のうち、魔力が規格以上に高い何人かはそのまま魔力に耐え切れず死んだという。残った人間は弱体化したままどうにかその後も血を繋ぎ続けた。
その子孫が実はエミリアだという。血筋としては昔よりかなり薄く、一般家庭と変わらない家で育ったエミリアは5歳の時の魔力測定で創世魔法の資質の発現が確認された。当時は大騒ぎで、500年前の話が再び話題に上った。
けれど、詳しい検査の結果、創世魔法とその研究には何の因果性は認められなかった。
この件でその研究に対する最悪な評価は決定的なものになり、同時に声高に口にしないものの病弱なエミリアが次期王であるということに不安を抱く者もいた。
リルはそれがひどく不快だったのを覚えている。
アリアはリルの言いたいことは分かっているようで苦笑を浮かべて頷いた。
「そうね。500年前のあの研究によって、その発想は人々にとって禁忌と呼べるものになった。あなたはエミリア王を大切に思っているのは聞いているから、あまり肯定的に捉えられないのはよくわかるわ。でも、マオ博士はそれを踏まえたうえで別の方法を考えたの。彼は他の世界に目を向けたのよ」
「他の・・・世界?」
「そう。他の世界。私たちの今世の世界よ」
「まさか地球ですか?」
リルが目を開いて驚いた。アリアは静かに頷いた。
「地球の人間には魔力を感じる器官が体になからわからないけれど、ヒイル・エアリアの何十倍の総量があるの」
「そうなんですか?」
「このマオベリスタがその証拠よ。ここは地球の魔力でできているわ。マオは博士この魔力を利用して核の浄化を早めることにしたの。でもヒイル・エアリアに穴を開けて直接呼び込むにはリスクが高いから、マオ博士は代わりとしてヒイル・エアリアの1兆分の1の大きさの擬似世界を空間魔法でつくり、王の記憶を投影しそこに魔力を呼び込むことようにした」
なんだか飛躍した思考にリルは眉根を寄せた。そしてそれはもの創世魔法と同等の魔力が必要で、王でもそんなことはできるのか疑問だ。
そして、そんなことを王以外の人間が出来たとしたらとんでもないことだ。
それにマオが異世界の存在とそこに大量の魔力が存在するという事実をどうやって知ったのだろうか。それを尋ねるとアリアもわからないという。
「でもそんな突拍子もない研究に許可が下りたんですか?」
「いいえ。というより許可を求めなかったというのが正しいかしら。その研究はマオ博士の独断で秘密裏に行われたものだったわ。前王は随分衰えていたからマオ博士は催眠魔法で操ることが可能だった。結果として、第一段階は誰にも気づかれず何の問題なく成功したわ。そして第二段階では前王と王の血筋のうち死期の近い人間をその世界に送られた。王家のものがそこで死ねば核がそこで通常の数倍の速さで浄化される。結果として数年で1人の創世魔法の使い手が擬似世界でのある赤子の肉体に宿った」
アリアは淡々とそう語る。なんと言葉を返していいかわからない話だ。ただマオという存在に対する得体の知れぬ恐ろしさが前よりもさらに強くなったのは確かだった。
その時レオがここに来る前に言った言葉を思い出す。
”この世界の始まりの人”
「もしかしてアリアさんは・・・」
リルは言葉をそこでやめた。目の前のアリアはどこか悲しげに微笑んでいる。リルはそれ以上聞いていいのか分からず、アリアもその先の言葉に多分気がついているようだが答えることはなかった。
「その子は5つになる前に親を亡くしたの。でも記録ではその子から創世魔法は見つかるはずはない。ゲームで言えば重大なバグかしら。でもマオ博士にとってそれは成功だったわ。親戚に引き取られるはずだったその子をマオ博士は自身の手で育てることにしたの。でもそこからマオ博士の目的は変わっていった。ヒイル・エアリアではなく自身の作った世界を本物にしようとしたの」
そう言葉を区切ってアリアは再び語りだす。
「その子は10歳になるころ、マオ博士の指示のもと、ただの擬似空間だった場所を子どもは創世魔法で現実に限りなく近いものに完成させたわ。そして今のマオベリスタが生まれた。でもそうすればもう隠れることはできなかった。ヒイル・エアリアの二人の王たちはマオ博士の不穏な動きを知ってまず使者を派遣したの。で、その一人が隣にいるレオ君の前世のルーディくんと私の弟よ!ほら、出番よ、レオ君!」
前半の悲しげな雰囲気は一転してアリアは華やかに微笑んだ。そしてうつぶせになっているレオの背中を叩いた。
するとレオは顔を上げて苦笑を浮かべた。その顔色はだいぶ良くなったがまだだるそうだ。
「マオ博士とルーディは同じ研究員で、かつ昔あったフィアーメルンの誘拐事件で一緒の部屋に閉じ込められていたんだ。二人は一応友人だった」
レオがそう言うとその言葉にアリアが続く。
「ちなみに弟の名前はウィリア・テイルよ。マオ博士がその事件解決後に入った研究所で同じ時期に訓練を受けていた幼馴染なの。二人ともマオ博士を知っているし、お互いに面識もあったから実力もあったからふたりが選ばれたの」
ウィリア・テイル。
テイル診療所と聞いて少しひっかかるものがあったが、その名前を聞いて思い出した。マオを調べていた時に一緒に出てきた10歳の少年の名前だ。
長いので区切りました。次話は今日中に投稿します。




