”世界”の法則8
扉をくぐって最初に目に入ってきたのは雲の上に広がる青空だった。
そこはリルの知るどの場所より魔力の濃度が高いのか、魔力の粒子がキラキラと舞っているのが見える。リルはその光景目を奪われているとレオがくすくす笑う。
「とりあえず着いてきて」
そう声をかけてレオが歩きだしたのでリルは慌てて後を追いかけた。
しばらく歩くと大きな門が見える。
門自体はそう高くないが、膨大な魔力が壁となって立ちはだかっているようで中は見えない。そこに建つ門番はドラゴンだった。
レオがなにか差し出すと敬礼され「ご苦労様」と返事が返ってきた。リルも思わずお辞儀を返し迷いなく進むレオに続く。
門に入るとそこは大きな木が真っ直ぐ天に伸びるように立っていた。
それを見てリルはここが天王の治める領域であることを確信した。
天と地は影響し合っているが、支えている人間が違うので全く別の世界とも言える。王に認めがないものは足を踏み入れることはできない。
天と地の行き来は自由ではないのだ。
役割上”リル”は地上から離れてことは有り得なかった。だからまさかこんな簡単に足を踏み入れることになるとは思ってもいなかった。
物珍しくてついあたりをキョロキョロと見回した。あたりはドラゴンだらけで木に向かう通路の両サイドには露天が並んでいる。服装も並ぶ商品も地上よりも素朴な雰囲気だ。よく見れば人もちらほらいたがやはりほぼドラゴンだった。
売っているもののサイズからして2メートル以上の中型、10メートル以上の大型のドラゴンはこの土地にはいないようだ。
どのドラゴンも皆比較的小さくフレイルと同じか少し大きいくらいである。
そして目がクリッとして愛らしい外見をしていたことから同系統の種族の集まった土地なのだろうことが窺える。フレイル以外のドラゴンは本でしか見た事がなかったリル少し不思議な気分だった。
「すみません、そのローブで一番大きいサイズください」
リルが辺りを見回しているとレオが硬貨を差し出し露天の女性に声をかけた。
女性のドラゴンが愛想の良い声で「まいどあり!」と言ってレオにローブを手渡した。それは変哲もない白いローブだった。
「着替える時間をあげられたらよかったんだけど、ないよりましだと思うから」
そう言われて昨日学校から帰ってきてから制服を着たきりだったことを思い出す。ほかのドラゴンたちのフ大人しい色合いの服の中ではワインレッドの制服はそれなりに目立っていた。
レオから受け取ったローブは縁に蔓を模した緑色の刺繍があって作りもしっかりとしていた。いかにもドラゴン向けといったものだ。
サイズが合うのだろうかと思ったが、先ほどの忠告を思い出し言われた通りにローブを着込む。
やはり対象はここに住むドラゴンのものなのだ。
一番大きいサイズと言っていたが袖と裾が短い。
そして代わりに頭の部分が大きく作ってあり目元まですっぽり覆われて足元しか見えない。ひどく不格好だった。
目を覆う布を少し押し上げて前を向くとレオが苦笑を浮かべた。
「あはは、やっぱりドラゴンの頭は大きいね。でもフードはそのままにしてなるだけ顔を隠しておいて。目的地までそう遠くないからちょっとだけ我慢してね」
どうやら制服が目立つという理由だけではないらしい。リルは素直に頷いた。
「大丈夫です」
「ちょっと混んでるからはぐれそうになったらルーディの魔力を感知して付いてきてね。多分漏れてると思うから」
そう言って笑う気配がしたかと思うとレオの足がリルに背を向けた。
リルも置いていかれることのないように追ってついていく。やはり前が見えないのでルーディの魔力の気配を追うことにした。すると、先程は気がつかなかったが魔力の小さなゆらぎを感じた。
魔法使いは魔力の制御を覚えると魔力の無駄をなくすため体外にもれないようにする。小さいうちは未熟だが10歳にもなればたいていの子どもはそれを習得する。
それが早くできればできるほど大人だという共通の認識が子どもの間にある。
だから、魔力をその身から放つのは魔法を使うか、本人が意図的に放たない限り基本的には感知できない。
けれどレオの場合は違う。
レオのそれはどう見ても制御出来ていない子どものそれに似ている。それもいつ魔力が氾濫してもおかしくないのに、何かがものすごい力で無理やり押し込めているような感じだった。
まさに無理やりといった言葉がしっくりくる。
このギリギリの均衡を保つことに精神力を注いでいるから”魔法が使えない”のだろう。
目の前でせめぎ合う魔力をその身に感じてしまうと変なドキドキ感が胸に去来する。
爆発しないことを祈りながらドラゴンたちの隙間を縫ってルーディの魔力を追う。少しして曲がり角を曲がるとレオが足をとめた。
着いたのかと思ってリルも足を止めると前方から耳に響く間延びした声が聞こえてきた。
「あんれぇ?その丸めがね・・・もしかしてルーディですかぁ?」
「10年ぶりだな、フィフィリ。というか、お前は俺をメガネだけで判断してたのか?」
レオは呆れた声でそう言うと、キキキッと甲高い声がする。不思議な音だが声の調子からして多分笑い声だ。
「じょーだんですよぉ。ルーディはあのころから全く雰囲気変わってないのですぐ分かりました」
レオの雰囲気が少し変わる。気安いやりとりに少しだけ目線を上げて盗み見る。
レオの前には小さくて愛らしい外見の白いドラゴンが淡い魔力をまとって宙に浮いていた。
その肩の部分にはその身の3倍ほどありそうなカバンをかけている。とてもバランスが悪いが背中に生えた羽でなく魔法で浮いているので全く問題はない。
リルは小さなドラゴン凝視する。記憶に間違いがなければ目の前にいるドラゴンはつい最近、特別図書閲覧室で見た、外見にそぐわぬアグレッシブな性質のフェイルドラゴン族の特徴を有していた。
よく見ると体に比べて左太ももの部分の色が明らかに白く艶がいい。そこはあえて見なかったことにした。
静かに驚きながら事の成り行きを見守っているとフィフィリと呼ばれたドラゴンは首をかしげる。
「君こそよく僕がわかりましたねぇ。人からすれば僕らってすごく見分けつきにくいそうですし」
「確かに同種族で一斉にこられたら見分けが付かなそうだが、俺が顔見知りのドラゴンでそのサイズはお前だけだからすぐわかるさ」
レオが肩をすくめると、フィフィリは納得した様子で大きく数回頷いた。
「なるほどですねぇ。それで今日はどうしたんですか?ビルズ隊長の話には人間の王都に住んでると聞いた気がしたような?ここから結構遠いですよねー?ん?あんれれ?後ろにいるのはもしかしてキーラですか?」
リルがぎくりとしてフードを深くかぶるとレオが慌てることなくそのまま肯定した。
「うん、そうなんだけどここの魔力に酔ったみたいなんだ。今しゃべるのも苦しらしいからちょっと急いでるんだ。また後で寄るからもう俺たちは行くよ」
レオのあまりに堂々とした嘘に、リルがハラハラしながら様子を見守っているフィフィリは全く疑る素振りは見せなかった。
「そうなんすかぁ。殺しても死ななそうなキーラがこんなに大人しいなんて一大事ですねぇ!じゃ、いいものをあげますよ」
楽しそうに失礼なことを言いながらカバンをゴソゴソ漁りだす。そこから取り出されたのは無色透明の玉。
「天然魔石です。一回こっきり使いきりの移動魔法が封じてあります。この街の中なら場所を言えばどこでもいけますよ。使い終わったらどこでもいいので町の回収ボックスに入れておいてください。再利用は大事ですからねー」
キキキッとフィフィリが笑う。レオはそれに礼を言って魔石を受け取る。 リルはお辞儀しようと思ったが、今はキーラを名乗っているので思いとどまりただ黙っていた。
フィフィリは手を振って早々にその場を立ち去っっていった。
「柚姫ちゃん、申し訳ないんだけどお願いしてもいいかな?」
そう言ってレオはリルの魔石を差し出した。一瞬なんのことかと思ったがすぐに気が付く。レオは魔力が使えないのである。
「どこに行けばいいですか?」
そう問えばレオが場所を言いリルは目を見張る。そして問い返すのを我慢してリルがレオの言葉を反芻すれば魔石は輝く。人工のものと明らかに違う魔力の収束率にリルは目を見張る。
さすが天然物だなと全く関係ない思考に気を取られながら移動魔法に包まれる。
行き先は“テイル診療所”。
レオは言う。”そこにはこの世界の始まりの人がいる”と




